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覇権国家計画  作者: 納豆
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第46話:甘い果実



『試作実験難民都市計画』が次の段階へ移行して間もなく、建設中の城壁北側区画が一部崩落し、さらに難民キャンプへ向かっていた民間商隊が所属不明の集団に襲撃され、荷馬車六台が焼失した。



城壁崩落と商隊襲撃。

二つの事案は表面上は別々に見えるが、目的は同じだ。

――難民都市計画の“機能”を止めること。



「少尉。どう思いますか」


「難民キャンプ設営を継続します」



難民都市の計画・運営・物流・財務・管理の五つの部門で組織を再構成し、一人の指揮官の下で動かす。


指揮命令系統を明確にし、情報を俺の机に集約する。

災害対応用の標準化された管理方式――インシデント・コマンド・システム(ICS)だ。



「少尉。犯人の特定を急がせますか」


「中尉。必要ないです」



俺は地図上の補給線を指でなぞった。

難民都市計画は、“城壁”ではなく“物流”で成立している。

食料、建材、医薬品――その循環が止まれば都市機能は死ぬ。



「少尉。輸送路の警備強化ですか」


「非効率です」



物流ルートの二重化を行う。

東の超大型星型要塞経由のルートを追加する。

輸送効率は落ちるが、機能停止は回避できる。



三週間後、難民キャンプで難民過激派が逮捕された。

――『故郷奪還組』。

城壁を「守り」ではなく「監禁」と捉え、帝国への不信を煽り、『帰化希望組』を『故郷奪還組』へと変えることを目的とした集団だ。



二日後、民間商隊を襲撃した赤旗国の特殊工作部隊は壊滅した。

俺は物流ルートの二重化だけをしたわけではない。

既存のルートには毒餌も混ぜている。

民間商隊に偽装した『帝国軍快速銃騎兵隊』――逃げ切れるわけがない。



以前、敵国異世界人のインフラ攻撃を受けたことがある。(第16話)

道の駅(PA/SA)各所の受付に対し、同時刻に人を集めるという『過負荷による論理的自壊(DoS攻撃)』。

これにより定期馬車運行は完全に麻痺した。


それに比較すれば、今回の不具合の対応は容易だった。


そして、あの時の敵国異世界人の攻撃である可能性は低い。

敵が現代知識を持つ異世界人や、仕様に落とせない規格外インチキ異世界人以外なら、今回の妨害は些細な誤差に過ぎない。



「少尉。例の難民過激派ですが、見せしめのために公開処刑としますか?」


「中尉。『帝国は人道的』ですよ。すべて帝国法に則って淡々と処置します」



公開処刑による恐怖や群衆統制、思想矯正といった感情操作は不要だ。

重要なのは都市機能の維持。

感情という不安定な部品を仕様に組み込めば、システムは正常に稼働しない。


難民キャンプの掲示板には、過激派の名前と罪状、法に基づいた厳正な処分内容が淡々と開示された。

同時に、事件に関与した者の血縁には、配置転換や予備兵資格の停止といった事務的な不利益が静かに通知された。



その上で、俺は「故郷へ帰りたい者には、『森の小国』で『集団帰宅』が始まっている」とだけ伝えるよう指示を出した。

恐怖から解放され、希望を提示された難民キャンプからは、五百名ほどの『故郷奪還組』が自発的に『森の小国』へ移動を開始した。


東の赤旗国は、前線の維持だけでなく、この五百名の『集団帰宅』という余計な処理に追われることになるだろう。



「少尉。あなたは、人の感情を操るのが恐ろしくお上手ですね」


「中尉。俺はただ、最も合理的な選択肢を提示しているだけです」



――それから二か月後、国境警備隊から冷たい報告書が届いた。


赤旗国軍の死者は一万二千以上。

森林地帯に生息していた大型魔物を含むすべての障壁が、彼らの手によって駆逐される見込みだという。

現兵力は残り五千。後方からの物資輸送には致命的な遅延が発生している。


赤旗国軍は無理な増援を繰り返したが、進軍速度は想定を大きく下回っていた。

おそらく最前線の指揮官が、自らの保身のために「作戦は順調」と中央へ虚偽の報告を上げていたのだろう。

その結果、補給なき泥沼の戦いを強いられ、勝手に兵力をすり潰した。



生き残った兵五千は、帝国基準でいえば二個連隊相当。

彼らが死に体で森を抜け、帝国の『超大型星型要塞』に牙を剥こうとも、待ち受ける長距離要塞砲の火力がその歩みを完全に停止させる。


仮に迂回しようとしても、彼らの前に立ちはだかる難民キャンプは、俺の提案した『試作実験難民都市計画』によって強固な自衛力を備えた要塞都市へと変貌している。

常駐砲兵大隊の高性能野戦砲が、その足を確実に止めるはずだ。



あとは要塞から出撃した歩兵大隊と快速銃騎兵隊で包囲すれば終わる。

だが、どれほど局地戦で完全な敗北を喫しようとも、あの『赤旗国軍』というシステムは止まらないだろう。

帝国の兵站が先に尽きるとは思えないが、絶対にないとは言い切れない。



「少尉。難民キャンプからさらに三百名ほどの『故郷奪還組』が『森の小国』へ移動したそうです」


「中尉。『帝国は人道的』配慮から難民制限はしていません」



俺は何もしていない。

ただ難民キャンプに対し、赤旗国軍が帝国国境近くの森林地帯に多くの兵を集めているという、一般公開しても問題のない事実を伝えただけだ。

それを“今なら帰れる”と判断するかどうかは、難民たち自身の選択だ。


しかし赤旗国軍は、帝国への進軍と難民の『集団帰宅』の処理を、その圧倒的物量で同時に行うことができる。



「少尉。この難局を覆す、さらなる戦略はありますか」


中尉が探るような視線を向けてくる。

俺はペンを置き、静かに告げた。



「中尉。俺は特別監察官です」



俺は帝国の政治や参謀本部の戦略に口を挟むつもりはない。

そもそも軍事知識も実戦経験もない。


俺は快適で安全な隠居生活を得るために軍にいる。

そして幸運なことに、帝国の覇権国家計画と俺の目指す終着点は、今のところ完全に一致している。



……例えば、「参謀本部の合理的」。

それゆえに思いつかない、あるいは思いついても実行できないことは無いだろうか。


地図を机に広げ、帝国と赤旗国を指でなぞり、周辺国も順に確認する。

深い呼吸の後、椅子に座り、ゆっくりと目を閉じた。



今まで食料を作り、鉄を鍛え、道を切り拓いてきた。

それらは常に誰かの戦争に使われた。

俺自身も後方で補給部隊の輜重しちょう車に手を貸した。

すべては、俺のために。



――心から一切の雑音が消えた。

脳からすべての感情を排し、目標を屠るための最適解の構築を始める。

伝統的な騎士道にも軍事教本にも存在しない、合理的な設計図。

そして存在しない“悪魔の声”を、正確に書き写すことができた。



俺はその“悪魔の声”を元に、ひとつの仕様書を書き上げた。



――赤旗国軍が絶対に止まらないというなら、その速度を落とせばいいだけだ。



仕様書を読み進める中尉の顔に、計算が狂いなく合致した瞬間特有の、精密機械じみた深い充足感が浮かんだ。



「少尉。これでは……『森の小国』が完全に戦場になりますよ」


「戦後の復興はすべて帝国が責任を持ちます。

結果として『森の小国』のインフラは、すべて帝国基準に塗り替えられますね」



中尉は満足げな笑みを深めて言った。



「少尉。これは覇権国家計画として極めて強力な大義名分です。

参謀本部は、おそらくこの仕様書を採用するでしょう」


「中尉。俺は最も合理的な選択肢を提示しただけです。

それを選び、実行するかどうかは参謀本部の責任です」



後日、俺が提示した仕様書は異例の速さで実行されることとなった。

作戦名は『甘い果実』。


作戦が始まっても、俺がやるべきことは少ない。

ただ一つ、実験農場から誰も口にしたことのない『特級の果実』を取り寄せるだけだった。



一か月後。

『森の小国』に隣接する帝国の特別農地で、他国の要人が逮捕された。

ただの要人ではない。

王の嫡男、王位を継ぐべき正当な跡取り――第一王子だ。


その国は、『森の小国』の裏手に位置する、高い伝統と武勇を誇る複数貴族からなる集合国家――通称『騎士王国』。



第一王子の罪状は密入国。



「少尉。『騎士王国』の王子は、自分が捕らえられた理由を本気で理解していないようですね」


王子は取り調べに対し、終始協力的だった。

供述によれば、帝国商人から「特級の果実は摘みたてだけ別格」と聞かされ、自ら収穫したいと望んだらしい。

また、王族である以上、帝国も最終的には外交問題化を避け、秘密裏に送還すると考えていたようだ。



「中尉。王子は“密入国で逮捕される”という経験がないのでしょう」


帝国側が「正式な入国記録が存在しない以上、不法入国に該当する」と説明した際も、王子は「王族が他国を訪れるのに商人と同じ手続きが必要なのか」と困惑を示したという。


『騎士王国』では、高位貴族による単独巡礼や秘匿視察は武勇と胆力を示す伝統行為として扱われている。

特に若年貴族の間では「危険地帯へ従者を伴わず赴くこと」が勇気の証明とされる傾向があり、今回の密入国もその延長線上にある可能性が高い。



恐らく『騎士王国』では、「高貴な身分」が安全保障そのものなのだろう。

王族を害すること自体が禁忌であり、だからこそ王子は帝国も同じ価値観で動くと誤認した。



「少尉。王子は、その商人に騙されたのでしょうか」


報告書を閉じた中尉が尋ねる。

俺は書類から目を離さずに答えた。



「中尉。この世に存在しない商人に、騙せる人間はいませんよ」


帝国の主要街道にはすべて「道の駅(PA/SA)網」による検問が敷かれている。

王子の入国記録は一切残されていない。

帝国では、記録のない人間は王族であっても不法入国者だ。


帝国政府はこれを「王族による侵略を前提とした密入国であり、宣戦布告と同等である」と断定し、帝国法に従い死罪に処す旨を『騎士王国』へ通達した。


『騎士王国』の王は激昂し、八千の兵を集結させて帝国へ兵を向けた。



読んでくださり、ありがとうございました。

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