第45話:異世界人誘導係
帝都帝国軍参謀本部、特別監察室。
俺の手元に、極めて短い――だが重い報告が届いた。
『――異世界人誘導係より報告。現在、規格外と共に赤旗国北東国境に潜伏中。
東側国境沿いに南下。最低保証二か月』
約一年ぶりの報告だった。行方不明となっていたあのエルフは、まだ生きていた。
報告書を綴じて席を立つ。仕様書はすでに受理され、実行済みだ。規格外がこちらへ来ない今なら、現地で「動作環境」を確認できる。
向かった先は、赤旗国国境に近い『森の小国』の小さな村。
そこには百五十名ほどの、異様な熱気を孕んだ集団――『故郷奪還組』が集結していた。
難民たちを先導する男が、積み上げられた荷車の上に立ち、広場を埋め尽くす群衆を見渡す。
そこに並ぶのは鍛え上げられた兵士ではない。日に焼けた肌に土で汚れた作業着を纏う農民、木こり、そして幼い子供の手を握る父親たちだ。
彼らの瞳に宿るのは、希望などという温い光ではない。泥を煮詰めたような、濁った「執念」だった。
「……帝国は、俺たちを止めなかった」
男の声は低いが、驚くほど遠くまで響いた。ざわめきが、引き潮のように消える。
「帝国は食い物をくれた。壁も作った。泥を啜らなくて済む仕事もくれた。――だが、奪われた故郷までは取り戻してはくれない」
男は一拍置き、言葉を噛みしめるように続けた。
「なら、自分たちで行くしかない」
誰も声を上げない。ただ、絶望に首を垂れていた者たちが、一人、また一人と顔を上げ、重い視線を男へ返す。
「赤旗国は、俺たちの村を道ごと封鎖した。耕した畑も、水も、墓も、全部向こうに置いてきた。あいつらは、俺たちから“生きる場所”そのものを奪った」
男は傍らに立てかけていた、不揃いな帝国製の魔導銃を掲げた。金属の意匠が夕闇の中で鈍く光る。
「これは軍の武器じゃない。帝国がよこした『自衛用農具』だそうだ」
誰かが鼻で笑い、それが呼び水となって乾いた笑いが広がる。
鋤や鍬を見慣れぬ魔導銃に持ち替えた農夫たちが、自嘲気味に顔を歪めた。
「だったら、自分の村を守るためにこれを使って何が悪い。畑を荒らす害獣を駆除するのと、何が違う」
笑いはすぐに消え、後には氷のような沈黙が残った。
男は最後に短く、突き放すような、けれど確信に満ちた声で告げた。
「……行くぞ。俺たちの家に、帰る時間だ」
自らの軍に村を追われ、帝国に「道具」を与えられた難民たち。
歓声は上がらない。ただ、土に汚れた作業着の男たちが黙って魔導銃を握り直す。
一週間ほど前から『集団帰宅』する難民が確認されているが、動作環境に不具合は確認されなかった。
帝国と『森の小国』を繋ぐ『人道回廊』を使い帝都へ戻る途中、帝国商人の馬車と何度もすれ違った。
護衛分隊が先行して積み荷を確認し、分隊長が報告に来る。
「少尉。積み荷は、狩猟用の弓矢や、防寒用の厚手の革服。いずれも軍用品には該当しないものです」
「曹長。報告は受理した」
目録を流し読みする。
狩猟用弓矢、防寒用具、雨天時も光量が低下しない最新型の高級魔導ランプ、湯を注ぐだけで完成する即席スープ、排煙を極限まで抑えた高性能小型ストーブ――いずれも帝国の大手民間商会が『難民の生活を守る』ために輸出している民間品だ。
帝国は『森の小国』へ移動した難民に対し、人道的観点から食料・衣服・医療物資を無償提供することを決定した。
ただし軍用品、特に武器に関しては厳しい輸出制限を設け、難民からの希望があってもすべて却下している。
帝国は、難民を受け入れている他の周辺諸国へ向けて「軍事品の提供は新たな争いの火種となるため、人道支援に注力する」と声明を出したばかりだ。
帝都に戻って二週間後、異世界人誘導係から新たな報告が届く。
『――異世界人誘導係より報告。現在、規格外と共に赤旗国東国境に潜伏中。
辺境の村にて、横暴な村長の邸宅へ規格外が大型魔物の死骸を投棄、村長を殺害。後日、死骸から疫病が発生し、赤旗国軍は防疫のため村を生存者ごと焼却処分』
「……赤旗国の規格外異世界人、何を考えているのか分からない。仕様に落とすのは無理だ」
その報告をよそに、手に入れた標本の有用性を淡々と、そして誇らしげに語る事務的な口調の中尉から、参謀本部の通達が伝えられた。
「少尉。『試作実験難民都市計画』は次の段階へ移行します」
「難民キャンプの生活環境が良くなりますね」
半年前から開始された『試作実験難民都市計画』。
赤旗国から逃げてきた難民は延べ一万人を超え、半数以上が『森の小国』へ移動した。参謀本部が算出した、帝国の難民キャンプに残る『帰化希望組』の最終見込みは三千五百。
帝国は『人道的施策』として、難民キャンプに「市場」と「仕事」を提供する。
まず市場だ。
東の国境からあふれ出す小型魔物から難民キャンプを守るため、現在の土嚢と木板の囲いを撤去し、コンクリートで補強された分厚い城壁を建設する。
さらに小型魔物を追い払うため、野戦砲を複数持ち込む。
次に仕事だ。
難民キャンプの各集会場に、帝国より通知文が掲示された。
――市民権取得要件
帝国内に滞在する帰化希望の難民各位へ告ぐ。帝国は、誠実なる貢献を志す者を新たな帝国市民として歓迎する。
――帝国軍予備兵として登録すること。
――指定された任務・訓練に五年間従事すること。
帝国は帰化希望の難民に対し、帝国軍予備兵として五年間従軍することを条件に市民権を付与する制度を導入した。多くの難民が志願し、最初の任務は城壁建設となった。
「少尉。これは、難民キャンプなのですか」
「……定義上。難民キャンプです」
「道の駅(PA/SA)網」が難民キャンプに伸びれば、商人やギルドから独立したばかりの職人たちも集まる。宿場や食事処も自然発生する。
元看護士の聖女に「祈りの場が不足している」と伝えれば、善意で教会も作られるだろう。
難民キャンプは、社会に接続された“居場所”へと生まれ変わる。
そうなれば難民たちから「街を軍だけに守らせていいのか」という疑問は消え、自分たちで街を守るという意識が芽生える。
次にこの街へやってくる「敵」がいるとすれば、それは帝国軍や魔物ではない。赤旗国軍だ。
赤旗国の『難民押しつけ』という名の『非軍事的攻撃』も、『森の小国』からの『集団帰宅』と武装難民キャンプによって、近いうちに止まるだろう。
一週間後。
『――異世界人誘導係より報告。現在、規格外と共に赤旗国南東国境に潜伏中。
規格外が騎士団と共に大規模な武装盗賊団を壊滅。余波により付近の穀倉地帯に火災が発生。穀倉地帯一部消滅』
「少尉。赤旗国の規格外は、赤旗国の国力を低下させてますね」
「中尉。それは過程です。仕様に落とせないのは論外です」
直近の問題は赤旗国軍だ。
国境警備隊の報告では、森林地帯に赤旗国軍八千が集結し、進軍を開始したという。
数か月もあれば国境の大型魔物は駆逐されるだろう。
だが引き換えに兵の半分は失うはずだ。こちらから干渉しない限り、積極的に森から出てこない大型魔物相手に、数千の資源を使い捨てることになる。
……合理的ではないが、赤旗国軍の最優先事項が「難民押しつけ」から「森を抜け帝国へ」へと変更されたのだ。「難民押しつけ」が失敗した以上、今度は「兵士の命を計算に入れない」物量の暴力で来る。
帝国が負けるとは思えない。兵器の性能も運用方法も、赤旗国とは次元が違う。
それに参謀本部には、俺の知らない「ガチ専門家の異世界人」が潜んでいるはずだ。
例えば、現代戦の知識を持つ元軍事アナリストや、官僚機構の脆弱性を突く元危機管理コンサルタント。
実戦経験はなくとも、知識量だけなら現役の将官を凌駕する『国家機密の異世界人』たちを秘匿しているに違いない。
一か月後、国境警備隊から報告が届いた。
赤旗国軍の損耗率は六割を超え、兵五千が増援として投入されたという。
計算の不一致を惜しむように、無機質な溜息とともに中尉が語る。
「少尉。報告によると赤旗国軍は矢と槍で大型魔物と戦っているようです」
「そこだけは合理的ですね」
(……中尉も政治・軍事に精通しているが、『国家機密の異世界人』枠ではない。それが参謀本部内に『国家機密の異世界人』存在する証左だ)
恐らく東の超大型星型要塞攻略のため、兵器を温存しているのだろう。
翌日。
『――異世界人誘導係より報告。現在、規格外と共に赤旗国南南東国境に潜伏中。
慢性的な水不足に悩む赤旗国の辺境村に対し、規格外が川の流れを変更。下流の工業都市への入水が遮断され、都市機能が停止』
「帝国の元『勇者』以上の愚者なのか、それともエルフが優秀なのか……」
二週間後の深夜、難民キャンプから緊急報告が届いた。
『――建設中の城壁、北側区画が一部崩落。死傷者なし。原因は不明。施工不良の可能性と、人為的破壊の両面で調査中』
建設が始まったばかりの区画だ。資材の質、施工手順、作業員の配置――どれも軍が監督している。
それでも崩れるということは、偶然か、意図的か、そのどちらかだ。
翌朝、さらに不具合が重なる。
『――難民キャンプへ向かっていた民間商隊が、所属不明の集団に襲撃されました。荷馬車六台が焼失。積み荷は全損。奪取ではなく“使用不能化”が目的と推定されます』
奪うのではなく、燃やす。利益ではなく、機能破壊が目的。
期待に瞳孔を開いた、無邪気な眼差しの中尉が俺に問いかけた。
「少尉。どう思いますか」
「難民キャンプ設営を継続します」
赤旗国軍か難民の特殊工作か。
どちらにせよ、難民都市計画の生命線である物流が止まれば、城壁建設も、食料供給も、治安維持も、すべて瓦解する。
だが、――規格外異世界人以外なら、予測可能だ。
読んでくださり、ありがとうございました。




