第43話:特別仕様護身用具
帝都の東、国境付近。
およそ半年前、隣国から逃れてきた難民の集団がこの地に集結した。
東の隣国は、赤い旗を掲げ「畑から兵が取れる」とまで揶揄される物量の大国、通称『赤旗国』。
自国の軍隊に故郷を追われ、帝国を頼って逃げ込んできた難民は二千名にのぼったが、帝国はそのすべてを受け入れ、人道的な支援を開始した。
難民たちは『帰化希望組』と『故郷奪還組』の二派に分かれながらも、帝国兵との共同作業を通じ、キャンプを一つの村と呼べる規模にまで発展させていく。
時を同じくして、赤旗国が抱える「規格外」の異世界人が、国境の森林地帯に出現。直径四十メートル規模の大穴を穿つほどの暴威で大型魔物を駆逐した。
結果、現地の生態系は崩壊し、溢れ出した小型魔物が難民キャンプを襲う事態となる。帝国はキャンプの自衛力を強化すべく、急遽『特別仕様護身用具』の配備を決定した。
だが、それから間もなくのことだ。
『故郷奪還組』の約千名が、あろうことか帝国の備品である『特別仕様護身用具』を強奪。自らの自由意志のもと、怒涛の勢いで『赤旗国』へと向けて進軍を開始したのである。
「少尉。あなたは『特別仕様護身用具』の輸送を、難民キャンプへ赴くより前に開始していましたね。こうなることを、予見していたのですか」
中尉の追及に、俺は短く答えた。
「中尉。俺は『覇権国家計画』に必要なことをしただけです」
『特別仕様護身用具』。
その実態は、焼き戻し不足による金属疲労や、不純物を混入させた火薬を仕込んだ、時限式の擬似兵器である。数回の実戦を経れば、確実に寿命を迎えるよう設計されている。
さらに、修理を試みたところで無駄だ。あえて帝国の標準規格から外れた部品を使用しているため、一度損耗すれば修復は不可能となっている。
あれは武器ではない。あくまで一時的な護身用具だ。キャンプを襲う小型魔物を追い払い、治安維持部隊が到着するまでの時間を稼げればそれでいい。その過程で壊れたなら、また新しいものを支給する予定だった。
もっとも、数回で壊れる代物とはいえ、赤旗国が運用している旧式の魔導銃に比べれば遥かに高性能だ。射程と命中率の圧倒的な差を活かせば、赤旗国の正規軍を退け、故郷の村を奪還することも不可能ではないだろう。
折しも、赤旗国の『規格外』が森林地帯の大型魔物を駆逐したおかげで、『故郷奪還組』の進軍を阻むものは何もない。彼らは赤旗国軍が戦力を集結させるより早く、自分たちの故郷へと辿り着くはずだ。
「少尉。あの『特別仕様護身用具』ですが……五百以上の数を揃えるには、開発も量産も期間が合いません。いつから用意していたのですか」
「中尉。二年くらい前です」
約二年前、俺の書いた論文が端緒となった『国境の落日作戦』。(第33話)帝国の人道的介入の結果、国境線は二十キロほど西へ移動した。そして今、その地では半年前から再戦の火蓋が切られている。
あの時は、復興支援(経済的植民地化)が主眼だったため、これを使う機会はなかった。量産体制もまだ整ってはいなかったのだが。
(……中尉も俺の提案書には目を通しているはずだ。忘れているわけがない)
「少尉。……村を取り戻した『故郷奪還組』は、この先どうなると思いますか」
「赤旗国による帝国への侵攻は遅延しますね」
俺は嘘など言っていない。
『特別仕様』の『特別』とは、高性能化を意味する言葉ではない。特定の状況下で特定の役割を果たし、役目が終われば速やかに沈黙する――ただそれだけの、目的に特化した「仕様」だということだ。
それを「救いの手」や「高性能な武器」と捉えた者がいたしても俺のせいではない。それに、帝国は備品を強奪された被害者なのだ。
『故郷奪還組』が故郷の村を取り戻し。その後、再び難民となり帝国に逃げてくれば、帝国は受け入れる。もし故郷に戻りたいなら帝国は、止もしない。
「少尉。赤旗国は、次にどう動くと思いますか」
俺は軍事戦略の専門家ではない。だが、南部に三個大隊、西部に二個連隊が展開されている現状で、東の赤旗国と全面戦争に陥れば、帝国は文字通りの二正面、あるいは三正面作戦を強いられることになる。
その先に待っているのは、周辺国すべてを敵に回す可能性があることは分かる。
赤旗国は、意図的に難民を発生させて帝国に押し付けるという『非軍事的攻撃』を仕掛けてきた。合理的に考えれば、次に来るのは直接的な武力行使だろう。しかし……
「中尉。合理的に考えれば、直接的な武力行使です」
「少尉。赤旗国は合理的では、ありませんね」
そう中尉のいう通り赤旗国は、合理的ではない。
赤旗国の理屈は単純だ。
一度「難民押しつけ」という方針が国家の最優先事項として決定された以上、それが失敗したと認めることは、立案者だけでなく関わった官僚組織すべての死を意味する。
だから彼らは止まれない。
第一波の難民が『故郷奪還』という想定外の動きを見せたなら、彼らが取るべき正解は一つしかない。
「さらに大量の難民を送り込み、作戦を上書きして完遂すること」だ。
第二陣、第三陣、そして第四陣――。国境の森林地帯には、赤旗国の軍靴に追われた難民が次々と溢れ出すだろう。
しかし、赤旗国の『難民押しつけ』という名の『非軍事的攻撃』には、明確な締め切りが存在する。
一つは、国境の森林地帯に潜む魔物という「天然の障壁」が、あの『規格外』や赤旗国軍によって駆逐し尽くされた時。
赤旗国の『規格外』が、もし国家の完全な支配下にあるなら――。
森林地帯の魔物どころか、帝都の喉元にある東の超大型星型要塞は、とっくに塵となって消えているはずだ。
だが、現実はそうなっていない。
「……異世界人誘導係、か」
報告書にあるその名を、俺は指でなぞる。
ひと月前、あの『規格外』が国境の大型魔物を駆逐し、直径四十メートルの大穴を穿ったあの日から、その誘導係は行方不明のままだ。
あの爆発は、赤旗国軍の計画的な攻撃だったのか。それとも、制御を失った「力」が暴発した結果なのか。
誘導係という観測装置を欠いた『規格外』は、敵にとっても味方にとっても予測不能な「環境災害」でしかない。
俺の『試作実験難民都市計画』において、この「異世界人誘導係」を仕様に含めることはできない。
行方不明になった部品を追いかけても、設計図は完成しないからだ。
「中尉。俺の任務はあくまで『難民キャンプの設営』ですね?」
「少尉。参謀本部からは、新たな命令は下っていません」
ならば、俺にできるのは不確定な奇跡を待つことではない。
次々と溢れ出す難民に対し、ただ『人道的』な対応を貫くのみだ。
『帰化希望組』には、帝国市民としての自立という生存の道を提示する。
『故郷奪還組』には、自らの自由意志に基づく行動を強制しない。
『帝国は人道的である』。
それは、百年以上にわたる異世界人の介入と、帝国が積み上げてきた実績がもたらした、周辺諸国との共通認識だ。
参謀本部が発動した『試作実験難民都市計画』もまた、その系譜に連なる極めて人道的な計画である。
「少尉。『試作実験難民都市計画』は、あなたが提案した計画なのでは」
「中尉。『試作実験難民都市計画』を、発動したのは参謀本部です」
そして、俺の任務はどこまでも『難民キャンプの設営』のまま。他国の領土を侵すことも、軍事的な挑発を行うこともない。
ただ、押し寄せる難民に「衣食住」と「選択肢」を与えているだけだ。
読んでくださり、ありがとうございました。




