第42話:試作実験難民都市
俺が、難民キャンプ設営に付いて、四か月ほど経過した。
難民たちの混乱もなく、懸念されていた隣国からの小型魔物の侵入も確認されることはなく、平穏に過ぎていたある夜のことだった。
突如、東の地平線の一角が、網膜を焼き切るような鋭い光を放った。
『……?』
人々が異変に気づき、東の空を凝視する。静寂が場を支配した。それから三十秒ほど経った頃だろうか。
――ズゥゥーーーン。
地を這うような重い轟音が、鋭い破裂音を伴って難民キャンプに届いた。
国境警備隊と難民キャンプ治安維持隊は、直ちに現場確認のため出動。眠りについていた難民たちも、一斉に『麻布プレハブ仮設住居』から飛び出し、東の空を見つめている。
そこは、彼らの故郷がある方角だった。
難民は、帰るべき故郷の村が軍に砲撃されたのではと。難民キャンプ治安維持隊に詰め寄っていた。
俺は、閃光から音が届くまで、およそ三十秒。距離はここから十キロほどであり国境付近の森林地帯だと告げた。
……音が聞こえる前に光ったんだ。
野戦砲でも、ましてや要塞砲でもありえない。着弾の衝撃波がこれほどの距離を届くなど、物理法則が悲鳴を上げている。
東部国境監視隊からは、東の赤旗国にいる『規格外』の異世界人の情報は、俺が難民キャンプに来たと同時期の四カ月前から途絶えていた。奴が、戻ってきた可能性がある。
俺と中尉は、夜が明けるのを待たずに帝都へ走ることにした。
付近で最も堅固な東の超大型星型要塞。あれが目標にされたなら、この国の防衛線は紙屑同然になる。
護衛の二個分隊に加え、要塞からの追加二個中隊を合流させる。俺たちは宿場ごとに馬を乗り換え、夜明けの光が差し込むまで、東の地平線に背を向けて駆け続けた。
翌日の昼、帝都への帰路にある街で数時間の休息を取ることになった。俺は揺れる馬車の中でも、書き続けていた『試作実験難民都市計画』の最終的なまとめに没頭していた。
あと一か月あれば、より完全な準備を整えられたはずだ。だが、もはや仕様書に落とし込めない「規格外の異世界人」の介入は確実と見ていい。ならば、発生する誤差をその都度修正していくしかないだろう。
「少尉。これでは武装組織を輸出するようなものではありませんか」
計画の草案を黙読した中尉が、嘘を『既知の情報』として受理する際の、あの血の通わない微笑を浮かべた。
「武器の提供など、一切ありませんよ。定義上、非武装組織です」
俺は設計図を引く際、嘘は“ほとんど”混ぜない。
ただ、聞かれなければ答えないし、本人の自由意志のもとで行動している者を止めることもしないだけだ。
三日後の昼。俺たちは帝都の参謀本部へと到着した。
携えてきた『試作実験難民都市計画』は、直ちに参謀本部へ提出された。これを採用するかどうかは謀本部が決めることだ。仮に採用されたとしても、『覇権国家計画』に合わせて、都合よく調整されることになるだろう。
帝都に戻ってから二日後。あの爆発の現場確認報告が届いた。
――東部国境森林地帯にて、閃光を伴う大規模な爆発を確認。
――現場に直径四十メートル規模の大穴を形成。周囲の樹木はすべてなぎ倒されていた。
――付近にて、大型魔物一体の死骸を確認。
――東の隣国、通称『赤旗国』の異世界人による関与を断定。――なお、異世界人誘導係は行方不明。
……やはり赤旗国の規格外の異世界人の仕業だったか。だが、報告書にある聞き慣れない一文が胸に突き刺さる
「中尉。『異世界人誘導係』とは何ですか」
(軍の規格には存在しない役職だ。少なくても俺は、いままで聞いたことが無い)
「少尉。あなたもよく知っているエルフですよ」
中尉が事もなげに告げた。
俺が知っているエルフは一人しかいない。かつて帝国の『勇者』元パーティメンバー。最後に姿を見たのは、中尉の執務室の前だったはずだ。
エルフがいつから『異世界人誘導係』などという役割を担っていたのか。中尉に問えば教えてくれるかもしれないが、確認する必要はないだろう。
「少尉。エルフのことが気になりますか」
「中尉。エルフは『試作実験難民都市計画』の仕様に入っていませんよ」
三日後、『試作実験難民都市計画』は開始された。
東の超大型星型要塞には、先行して大量の土嚢用麻袋と、規格を揃えた木板が搬入されている。難民キャンプ全体を石造りの城壁で囲うのは不可能だが、土嚢と木板を組み合わせれば、短期間で強固な遮蔽物を構築できる。
次いで着手したのは、難民キャンプ内での石膏製作だ。
石膏石を焼いて粉末にし、そこに馬の毛や細かく刻んだ藁、そして水を加える。これだけで石膏泥が完成する。
その後の工程も単純だ。平らな木枠に砂を敷き、その上に布を広げ、石膏泥を流し込む。木の棒で表面を均してからもう一枚の布を被せれば、あとは待つだけだ。
数時間で硬化し、数日もあれば完全に乾燥する。
この世界の技術で再現可能な、現代における石膏ボードの原型。
コンクリートの十倍は早く乾燥し、なおかつ軽い。ただし水には弱いため、製作は晴天時に限られ、当然ながら外壁材には適さない。
だが、難民キャンプの『麻布プレハブ仮設住居』には、すでに雨を凌ぐ機能がある。
この石膏ボードを内壁として組み込めば、断熱性と防火性を備えた破格の快適性を実現できる。それは、帰化を希望する者たちの満足度を、さらに跳ね上げることになるだろう。
これらの作業はすべて、屯田兵と難民の共同作業として進められる
「軍と一緒に作った」という記憶は、難民の中に「この街は自分たちの所有物である」という強烈な当事者意識を植え付ける。
やがて彼らの中から「この街を軍だけに守らせていいのか?」という声が上がれば、それは強制ではなく、抗いがたい『道徳的な義務感』として彼らの心に深く根を張ることになるのだ。
「少尉。これは人道的な支援なのですか」
中尉の静かな声が響く。
「……人道的な支援です」
俺は、決して嘘はついていない。
正確に言えば、俺はただ『環境』と『選択肢』をそこに置いただけに過ぎない。
『軍と一緒に街を作る』という機会を提供し、
『軍だけに守らせていいのか』という疑問が湧く状況を整え、
『自立して納税する』という生存の道を提示した。
「帰化希望組」の難民たちが、その手で壁を築き、農具を取り、納税の義務を受け入れたのだとしたら、それは彼らの自由意志に他ならない。
しかし、俺は今、帝都にいる。
東の難民キャンプまでは、通常なら往復で二十日。夜通し馬を飛ばせば七日まで短縮できるが、何度も使える手段ではない。最短でも往復十五日は見ておく必要がある。
『赤旗国』の異世界人が国境付近に潜伏しているのなら、不用意に近づくわけにはいかない。こちらの戦力を確実に奪いたいのであれば、真っ先に異世界人を殺害するのが最も効率的だからだ。
「少尉。難民の中でも『故郷奪還組』は積極的には協力しないでしょう。彼らをどう扱うのですか」
「中尉。『帝国は人道的』な対応しかしませんよ」
難民たちは自国の軍隊に故郷を追われ、帝国を頼って逃げてきた者たちだ。協力しないからといって、追い出したり配給を減らしたりするような真似はしない。
ただ、難民キャンプには、今後も農地拡大のための農具や、小型魔物から身を守るための護身用具が次々と届けられることになる。
全難民に対し、この『自衛用農具・護身用具 貸与目録』への署名を必須とするだけだ。
十七日後。
難民キャンプから報告が届いた。キャンプ地は予定通り土嚢と木板の壁で囲われ、『麻布プレハブ仮設住居』の内壁設置も滞りなく進行しているという。国境を越えて『赤旗国』側から小型魔物が数匹出現したが、キャンプ側に被害はなかった。
赤旗国の異世界人が不用意に大型魔物を仕留めたせいで、森林地帯の生態系が崩れ始めているのだろう。先行してキャンプを要塞化させた判断は正解だった。
俺は追加の指示を出した。
「帰化希望組」の中から見張り役や、老人・子供の避難誘導係を選任すること。そして、東の超大型星型要塞から難民用の『特別仕様護身用具』を受領し、配備すること。
「……そろそろだな」
それから十二日後。
緊急報告が舞い込んだ。
――『故郷奪還組』の約千名が、貸与されていた『自衛用農具』に加え、配備されたばかりの『特別仕様護身用具』を強奪。そのまま『赤旗国』方面へと逃走した。難民キャンプ治安維持隊が追跡したものの、一団が国境を越えたため、規定に基づき追跡を断念した。
『故郷奪還組』は帝国の備品を奪い、自らの自由意志で行動を開始したのだ。
帝国は難民に対して、一切の強制などしていない。
どこまでも、『人道的』な対応を貫いただけである。
読んでくださり、ありがとうございました。




