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覇権国家計画  作者: 納豆
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第41話:難民キャンプ

読んでくださり、ありがとうございました。


『西部治安維持作戦』開始から三か月後。


特別監察室に届く情報は、ただの記号に等しい。


――敵側前線部隊、帝国砲兵隊の継続砲撃により後退開始。

――帝国快速銃騎兵隊、敵補給線を遮断。西側補給大隊壊滅。

――敵側死傷者推定七百二十六。捕虜百四。

――轍コンクリート街道、軽微な損耗のみ。補修隊による現地修復完了。

――西部占領地内の避難民集積所にて、食糧配給開始。暴動・感染症の予兆なし。


――帝国側後方輸送、遅延なし。



報告を確認している最中、俺の異常な稼働率に常に同期してくれている護衛分隊の分隊長が、規則正しい足取りで近づいてきた。中尉から執務室へ来るようにとの伝言だ。


「すまない、曹長。伝達感謝する。それと『高効率戦闘糧食』の試食にも協力してもらって助かっている。」


「少尉。糧食は隊の皆にも非常に好評です」


曹長は、無機質な軍人としての顔の裏に、わずかな満足感を滲ませた。


『高効率戦闘糧食』。一見すれば、焼き菓子に過ぎない。だが、その中身は計算し尽くされた現代知識の塊だ。ブドウ糖による即効性の覚醒、バターの脂質による持久力、そしてドライフルーツが提供するビタミンとミネラル。


これらは単なる栄養素ではなく、兵士の精神的疲労を削り取る。過酷な戦場、あるいは張り詰めた警備任務において「甘み」は最強の娯楽であり、生存率を底上げする最高のご馳走なのだ。


先行量産品を『試食』という名目で、あえて俺の護衛分隊に優先配備している。これは単なる情報収集ではない。俺という「資産」を守るために常時張り付いている彼らへの、実益を兼ねた信頼関係の構築なのだ。



参謀本部、中尉の執務室の前に差し掛かったとき、中から見覚えのある人物が出てきた。


整った顔立ち、長い金髪、そして鋭角的な耳。エルフの少女だ。


かつての帝国の『勇者』――この世界をゲームだと誤認していた、あの「ガキ」のパーティメンバー。(第7話)


白い部屋で「死んでも世界を救いたい」と願い、その力の対価が自身の寿命であることに気がつかず、帝国内の大型魔物を駆逐しまくり、生態系の頂点を消去した環境破壊者。


勇者の残り寿命は僅かだった、しかし寿命が尽きる直前に隣国のドラゴンすら絶滅寸前に追い込み、東部の軍事均衡まで破壊しようとした。そして、参謀本部は勇者の寿命を使い切る作戦を決行した。(第27話)


俺はエルフの少女から、恨み言の一言でも言われるのではないかと身構えた。


「少尉さん。何度か顔は合わせているけれど、こうして話すのは初めてかしら。……勇者の件は助かったわ」


(……感謝?)


「でも、今回の任務は非常に困難。……お互い生きていたら、今度は食事でもしましょう」


彼女は世間話でも終えたかのような軽い口調で言い残し、手を振って、そのまま廊下の彼方へと消えていった。



執務室に入ると、そこには、俺が次に選ぶ「面白いこと」を待つような無表情な期待で見つめている中尉がいた。


「少尉。参謀本部より、下命かめいが出ています」


東部隣国にあの『勇者』のような規格外インチキの異世界人が潜んでいる可能性。そして帝国の『勇者』の元パーティメンバー。これだけ揃えば予想が付く。


「難民キャンプ設営に付いてください。名目上は教導補佐です」


「……今度は、難民キャンプですか」


予想は外れたようだ。しかし毎度のことだが、特別監察官という職務領域から大きく逸脱している。俺の本来の任務は「避難所の管理人」ではないはずだ。



中尉から手渡された、東部国境監視隊の報告書を受け取り内容を精査した。


――東部国境線難民集積状況


東部隣国との国境線に、約千名規模の難民集団が集結している。構成は、村落単位の家族群、農民、職人、老人、子供が中心。いずれも「東部軍の前進に伴い、居住地を喪失した者」と推定される。


――栄養状態の悪化

――小型魔物による負傷者の増加

――帝国領への強い流入意欲

――東部軍の追撃は確認されず

――難民の“誘導”を示唆する痕跡あり

難民の規模は、今後さらに増加する可能性が高い。


……難民を無制限に受け入れれば、食糧・医療・治安維持の原価が跳ね上がり、帝国軍の兵站が分散される。さらに魔物被害が帝国領内に波及する可能性もある。その結果、国境線の治安維持に余計な兵力を割かざるを得なくなる。



「中尉。東の赤旗国せっきこくは『難民を大量発生させ、帝国に押し付ける』という“非軍事的攻撃”を実行している可能性が高い」


「少尉。参謀本部は難民の受け入れを決定しました。帝国は、極めて『人道的』ですので」



『帝国は人道的』。いや、今の俺が帝国の政治的判定する必要はない。命令は難民キャンプ設営だ。


「少尉。たとえ難民が東の赤旗国へ帰りたいと願っても、帝国軍が護衛・移送できるのは国境線までです」


つまり、参謀本部の方針は、受け入れる一方で「難民の帰国」も一切制限しないということか。



難民は現在約千名規模。今後、さらに増加する可能性がある。食料、疫病を防ぐための消毒剤、高性能湯沸かし窯と燃料の薪、そして苗と農具。……大量の備品が必要だ。


建設工兵大隊と共同開発した『麻布プレハブ仮設住居』の量産化は完了しているが、西側の戦線でも消費されている。東部用にさらなる増産が必要だろう。あとは、新兵器開発部が試作中の『特別仕様護身用具』も、実地試験の名目で供給させるか。



三週間後。

俺は東部難民キャンプへと足を踏み入れた。『麻布プレハブ仮設住居』の設置は順調なようだ。


木枠を立て、そこに乾性油を染み込ませた麻布を打ち付ける、屋根も油引き麻布だ。多少の隙間風を容認し中央に簡易ストーブ置いて終了だ。熟練の大工数名でも仮設住居を建てるのに数日かかる、それを兵士数人で数時間で完成させる“現代的なインチキ”だ。


難民たちの大半の健康状態が悪い。この状況も東の赤旗国が作ったものだろう。現在の帝国の食料、医薬品の生産体制、保有在庫は千名程度の難民なら影響しない。

だが早急に「健康な個体」を増やし、自分たちで開墾が実行可能な状態にまで引き上げる必要がある。


難民たちは複数の集団に分け。近隣の開拓団(屯田兵)の町から、兵五百名を中隊単位に再編成し、営農指導と治安維持に当たらせた。


俺は、「難民キャンプ設営教導補佐」として工兵大隊長に作戦趣旨を説明した。



「少尉。難民キャンプの治安維持のため、東超大型星型要塞より二個中隊が着任予定です」


「運用経費がかさみますね」


しかし難民が健康状態を取り戻し、自ら開墾できるようになれば食糧問題は、ある程度解決する。彼らは帝国に税を納める義務はないが、当然、給与という報酬も発生しない。

いずれは、「帰化希望組」と「故郷奪還組」に別れるだろう、その比率と今後の難民流入数……その予測が、ある程度分からないと、『次の仕様書』が完成しない。



二か月後。

難民は二千名を超えたところで、流入が止まった。


人口規模だけを見れば、周辺の開拓団の町を凌駕している。「帰化希望組」と「故郷奪還組」の比率はほぼ一対一。すでに一つの「村」として機能する規模にまで成長した。


俺は『自衛用農具・護身用具 貸与目録』という名の公文書を大量に生成し、全難民に署名させた。農業経験者が中心となり畑を作り、職人たちが日用品を作っている。

帝国の開拓団(屯田兵)と難民も打ち解けている。難民は、さまざな技能を吸収中だ。


東の赤旗国の規格外インチキの異世界人と思われる個体の確認情報は、二カ月以上前から無くなった。単に移動したのか、潜伏中なのかは不明だ。また、懸念されていた小型魔物の侵入も今のところ発生していない。



難民キャンプ治安維持隊によると、「故郷奪還組」の熱意は日々高まっている。『自衛用農具・護身用具 貸与目録』の更新申請は、今月だけで三度目だった。



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