第38話:南方債務整理 その二
『南方債務整理計画』の実行されて三カ月。
帝都の一角では、巨大な『複合娯楽施設』の建設が始まった。俺は大手商会や富裕層向けの飲食店、宿場の経営者たちへ、『優先出店枠』という名の参加権を販売することにした。
建設は確かに開始されたが、俺はそれが「計画通りに完成する」とは一言も明言していない。にもかかわらず、枠の残数はすでに僅かだ。
購入者たちは気づいていない。今後、帝都南門の改修が進めば、人の流れ根本から書き換わり、彼らが大金で買い叩いた「一等地の座標」が無価値な座標に変わる可能性があるということに。
さらに、この優先枠には「口コミ格付け評価」による足切りが実装されている。口コミによる格付けが一定値を下回れば、彼らは二度と出店できなくなる。
元トレカ収集家の「異世界人」と共同開発した、希少食材の試食会や限定宿泊を抱き合わせた『抱き合わせ入場券』も、地方貴族向けに飛ぶように売れている。
優先枠を抑えた商会たちは、呪縛に囚われ、もう後戻りはできない。
俺は、決して嘘はついていない。
一方、技術的障壁で遅延しているコーンスターチ(デンプン)生成を後回しにし、俺はトウモロコシを「高機動軍馬」および「強化型農業用役牛」の飼料を改造させる量産施策を開始した。
怪しい薬物などは使用しない、あくまで栄養学に基づいた『規定内の強化策』だ。
粗挽きしたトウモロコシを高性能ストーブの余熱で蒸し、砕いた茎や葉と共にコンクリートサイロへ高密度に強引に詰め込む。密閉による乳酸発酵が保存性を高め、栄養価を高める。
ただし、これのみを給餌すれば血糖値により個体の健康状態に悪影響が出る。そのため、石灰水で処理したトウモロコシに干し草を混ぜ、魚粉と塩を固めた「人工塩なめ石」を併用させる。
ビタミン・ミネラル不足を補完する、“現代的なインチキ”だ。
他国がトウモロコシ飼料を真似したところで、この緻密な配合比率は帝国しか知らない。他国の異世界人が完成品を見て配合比率を予測しても『量産』は帝国にしかできない。
帝国は軍主導という強力な統率力に加え、「それに従えば豊かになれる」という圧倒的な実績を積み上げている。
『覇権国家計画』
たとえそれが、伝統や文化を塗り替える異質な技術であったとしても、自分たちが新しい時代を作っているという強い自負と希望が、社会を前へと進める大きな原動力となっている。
それは過去を否定することではない。先人たちが築き上げた土産の上に、「異世界人の知恵」という名の最新技術を積み重ねていく作業だ。
停滞を打破し、次世代が誇りを持って生きられる豊かな土壌を育んでいくという姿勢は、少なくともこの大陸においては帝国以外の勢力図には存在しないだろう。
合理性と野心が複雑に絡み合うその姿は、周辺諸国から見れば予測不能な脅威でしかない。だが、もはや飢えを知らぬ帝国の民にとって、それは絶対的な正義に他ならないのだ。
特別監察室に、南方からの続報が届いた。
――『水産国』:港の利権争いに起因する、商人連合による大規模な暴動が発生中。
――『資源国』:生産過負荷により労働者が暴徒化。騎士団との戦闘により、労働者側に多数の死傷者が発生。
――『共有街道』:全工程、まもなく終了。開通まで残り一カ月。
報告書を黙読していると、中尉が内容を覗き込んできた。
「少尉。南方の問題は、どうするのですか」
「『共有街道』の構築は仕様通りです。工程上の不具合は確認されていません」
俺の回答を聞いた中尉は、間違った正解を差し出した子供を眺めるような、残酷なほど純粋な笑みを深めた。
『水産国』と『資源国』で起きている些細な事象と、『共有街道』というインフラ構築は論理的に無関係だ。それに他国の些細な不具合に、帝国が介入する国際的な言い訳が無い。
……いつもの中尉なら、俺に「介入のための言い訳」を用意するよう参謀本部から命令が出たと告げに来るはずだ。それがないということは、参謀本部も些細な不具合であり、現時点では静観が最適解だと判断しているのだろう。
数日後。
俺は、新しく編制された『役畜管理大隊』に対し、『強化飼料量産化計画』の草案をまとめ上げ、納品することができた。
不具合が発生すれば教導補佐として呼び出されるだろうが……いや、この任務自体は「特別監察官」の職務領域に深く依存している気がしてならない。
「高機動軍馬」の育成はもちろんだが、「強化型輓牛」の配備は砲兵大隊の戦術において急務だ。帝国軍の『高性能野戦砲』は鋼鉄製で軽量化が進んでいるとはいえ、それでも一・五トンの重量がある。
牛四頭立てであっても、ひとたび雨が降れば泥濘に足を取られ、進軍速度は著しく低下する。
一度制圧してしまえば、轍コンクリート街道というインフラで兵站問題は解決する。だが、その迅速な制圧のために高性能野戦砲が必要という、「鶏と卵」のような兵站の先行投資問題が常につきまとっていた。
そもそも、俺に戦術の適性は無いし、立案する権限もない。インフラ整備の情報を提供し、それを採用するかどうかは、参謀本部が決めることだ。
二週間後。
俺は予想通り、『強化飼料量産化計画』の教導補佐として現場へ呼び出されていた。
懸念されていたのは、カビを回避するための新型サイロの設計、および設置場所の選定だ。各地の農地ではコンクリートサイロと風車による送風でカビを防いでいるが、天候次第では湿った空気を強制吸気することになり、それがかえって腐敗を加速させる原因になっていた。
『快速銃騎兵』という高機動部隊は、高機動軍馬なしでは成立しない。俺は、飼料を守るためのコンクリート製「二重構造・地下サイロ」を提案した。
まず、壁を二重構造にし、その隙間に「焼いた籾殻」や「木炭の粉」を充填する。これで地熱や湿気の侵入を完璧に遮断する。
さらに、高性能ストーブで木炭を不完全燃焼させて生成した「炭酸ガス」を底部から注入し、内部の酸素濃度を低下させることで、カビの増殖を物理的に「停止」させるのだ。
さらに、水車の回転をロープ伝達することで実装した、遠心式送風機による強制排気。
この世界で再現可能な“現代的なインチキ”を詰め込んだ、最新型サイロ。
数年前なら、水車(はずみ車)の加工精度もコンクリートの強度も不足していたが、現在の帝国の技術なら実装可能だ。
もっとも、直径数センチの鋼鉄ワイヤーといった高度な素材は存在せず、ロープの寿命(耐久性)という懸念事項は残る。
これについては、エタノールで溶解させた油脂に麻ロープを浸し、「防腐・潤滑」を強化することで代案とした。
三週間ほど現場で教導補佐を務め、直接的な技能(手作業)を持たない俺は、工程に無理がないことを確認して帝都へと帰還した。
帝都の特別監察室。俺の机の上に南方の報告書が届いていた。日付は数日前だ。
――『水産国』:帝国の大手商会が介入し、「帝国規格木箱」による優先運搬を開始。商人連合は、帝国派と地域派の二大勢力に分断。
――『資源国』:帝国貴族の私兵騎士団が鉱山労働者に加担。武力の均衡が生じたことで暴動は沈静化。
――『共有街道』:工程通り完了。物資運送開始。
『共有街道』は、何も不具合なく開通したようだ。これで、『水産国』と『資源国』の生産力は向上し、債務回収も効率化するだろう。
特別監察室に入ってきた中尉に、『共有街道』が無事に開通したことを伝えた。
「少尉。これで南方債務整理は、次の段階へと進みますね」
“次の段階”という、含みのある言い方が少し気にかかった。だが、南方関連において、俺に対して新たな任務は今のところ割り振られていない。
今後は『水産国』と『資源国』の両国に対し、轍コンクリート街道と運搬馬車の「仕様」をどう展開していくかが焦点になるだろうが、それは西部地方ですでに実装済みの技術だ。俺が現地で直接指導する必要はないはずだ。
『共有街道』が開通した以上、俺の南方に関連する任務は完了したと言ってもいい。
明日以降は、元トレカ収集家の「同郷人」が持ちかけてきた提案を詰める予定だ。各地の「道の駅」で一定数の押印を集めた者に対し、『帝都複合娯楽施設』の優先入場券を提供する施策だ。
入場券の発行権限は軍が握っているため、実質的に無限発行可能だが、供給過多は避けなければならない。一定期間ごとの抽選を数回に分けて実装するのが合理的だろう。
開通したばかりの『共有街道』にも「道の駅(PA/SA)」を建設して利用するのが理想的だな。
それにしても、あの元トレカ収集家は、報酬系の開発思考が俺に近い。実に頼もしい『外注先』だ。
一か月後。
各「道の駅」にて、『帝都複合娯楽施設』の入場券が条件付きで提供される『特別手帳』の販売が開始された。
一定期間内にすべての「道の駅」の押印を集めた者は、先着順で入場券が確約される。
また、押印を十個、あるいは二十個集めた段階で抽選に応募できる権利も付与した。特に二十個集めて応募し、当選した場合には「入場券三枚」という破格の報酬が提供される。
当選確率(当選者数)が非公開であることが、この施策の肝だ。
特別監察室で『特別手帳』の販売実績の数値を確認していると、音もなく入ってきた中尉が俺の前に立った。
「少尉。参謀本部は、『共有街道』の治安維持任務として、二個歩兵大隊(約六百名)の派遣を決定いたしました」
中尉の表情は、まるで次の入力を待つ端末のように無機質で、淡々と確定した工程を説いているようだった。
『共有街道』は何も不具合が無く開通し、運用も始まっていた。俺には、なぜ治安維持任務が必要なのか分からない。
報告によれば『水産国』と『資源国』の両国に大きな問題は無かったはずだ。
読んでくださり、ありがとうございました。




