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覇権国家計画  作者: 納豆
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第39話:南方債務整理 その三



「少尉。参謀本部は、『共有街道』の治安維持任務として、二個歩兵大隊(約六百名)の派遣を決定いたしました」


『水産国』と『資源国』。共に帝国から食料を輸入し、その対価の支払いは慢性的に遅延。未払いの債務は積み上がり、もはや返済計画は破綻寸前だったはずだ。


『南方債務整理計画』。それは、両国の生産力を強制的に引き上げ、債務回収の効率化を図るための「再建案」ではなかったのか。


俺は、確認印済みの南方報告書を、古い順から再度確認した。



――『水産国』。商人連合の暴動に対し、帝国の大手商会が介入。「帝国規格木箱」による優先運搬の導入で表面上の混乱は収束したが、内部では帝国派と地域派の二大勢力に分断中。


――『資源国』。労働者の暴動を騎士団が鎮圧。そこに帝国貴族の私兵騎士団が労働者側に加担したことで、武力の均衡が生じ、暴動は沈静化。



俺が書き上げた債務整理計画は、表向きは自発的発展を促すものだが、見方を変えれば、両国の利害対立を増加させる計画だ。


『共有街道』の優先権を巡り、あるいは占有を企んで両国が衝突する可能性は、論理的には非合理的だが、感情を優先し行動に出る場合があることは理解できる。


それがいままで顕在化しなかったのは、単に国内の「不具合解消」を優先していただけのこと。


だが、両国でほぼ同時に「不具合」が発生し、ほぼ同時に「帝国」が関与する形で解消されている。


「中尉。二個歩兵大隊(約六百名)の具体的な治安維持任務はなんですか」


「帝国民の保護ですよ。『共有街道』には、「道の駅(PA/SA)」がありますからね」



……合理的ですね。



『共有街道』が開通するまでは、両国を内紛で動けない状態にし、『共有街道』が開通した後は、帝国民保護の名目で軍を『共有街道』に駐留(常駐)させる。


参謀本部は、俺が提出した債務整理計画を元にして『覇権国家計画』用に調整。実行した。


過程は、多少違うが『南方債務整理』という目的は変わっていない。


ならば、何も問題はないはずだ。


中尉は、無機質な顔のままだ。

「少尉。何か問題点でもありましたか」


「中尉。歩兵大隊の後続部隊は、決定していますか?」


参謀本部が、南方の“どこ”までを支配下に置こうとしているのか、その最終的な占有領域は分からない。

だが、『共有街道』の「道の駅(PA/SA)」は、『帝都複合娯楽施設』の入場券が提供される押印集めの対象だ。


「道の駅(PA/SA)」を捨てるなら、押印集めの仕様を緊急変更しなくてはならない。今まで帝国内にしか「道の駅(PA/SA)」が無かったため道の駅が物理的に消滅する可能性を見落としていた。


『共有街道』の押印を既に持っている者には、押印三個分と同等、現在の参加者には押印一個で乗り切れるだろうか。

報酬系の商品において、最も重視すべきは「公平感」という心理だ。実態がどうあれ、不公平を感じさせれば信頼は失墜する。


「少尉。後続部隊の有無、および編成を知る権限は、少尉にはありませんよ」


「……そうでしたね。中尉。」


今回、俺は完全に無関係か。あるいは、あえて俺を帝都に残したのか。……考えすぎだろうか。



翌日。

俺は帝都近郊の「道の駅(PA/SA)」で、砲兵大隊の物資輸送に向けた定期馬車の運行予定を調整していた。

『強化飼料』は量産されていないため、実験農場から直送された「試作先行量産品」が積み込まれた。


目的地は南方国境。その先の設定は、俺には知らされていない。



運用調整を終えて帝都に戻った後は、「帝国規格木箱」の増産体制に追われた。南方の保税倉庫から、木箱の要求が平時の十倍以上に跳ね上がったためだ。


在庫に余裕はあるものの、このままでは一時的に枯渇する恐れがある。各生産拠点への調整は骨が折れたが、それも特別監察室から指示書を飛ばすだけで完結し、俺が帝都を離れることはなかった。



ただ一つ、中尉が俺を常に監視するように張り付いているのが気にかかった。いつも通り傍にいるだけなのだが、何かを期待するような、少し空気の違う緊張感が漂っていた。



二週間後。

特別監察室に、『資源国』からの速報が届いた。


――『共有街道』への帝国軍二個歩兵大隊の駐留に伴い、現地に展開していた帝国貴族の私兵騎士団が帰還。


――抑止力を失った『資源国』騎士団と鉱山労働者の間で、再び戦闘が開始。


帝国は、『資源国』内の自国民および非武装労働者を保護するという『人道的』な軍事介入を宣言。


砲兵大隊が投入した『高性能野戦砲』により、数日で『資源国』の騎士団は壊滅し、帝国は主要な鉱山をすべて管理下に置いた。現在は治安維持という名目で歩兵大隊が常駐している。



翌日。今度は『水産国』から速報が届いた。


――南方の保税倉庫が、「帝国規格木箱」以外の梱包貨物の受け入れを全面拒否。密輸を試みた商人を一斉検挙。全貨物全を押収。


――『水産国』の商人連合は、帝国大手商会を経由しなければ、帝国への輸出が物理的に不可能となった。


――抵抗した地域派商人の傭兵団が帝国商会を襲撃。帝国軍はこれを民間組織の保護を名目に鎮圧。地域派勢力は事実上消滅した。


現在はここにも、治安維持のための歩兵大隊が駐留している。



――帝国は、南方両国および『共有街道』の安定稼働のため、さらに一個大隊の増派を決定した。



報告書を読み終えた俺は、淡々と確認印を押した。


このまま帝国治安維持軍が常駐し、轍コンクリート街道と帝国馬車というインフラが定着すれば、一年もすれば軍が撤収しても大きな問題は発生しないだろう。

帝国規格による物流の高速化は、当初の目的である「南方債務整理」を最終工程へと導いた。


あとは、適している農地面積は少ないだろうが、帝国式の農業を根付かせれば、もはや帝国の供給なしでは彼らの経済は立ち行かなくなる。


帝国は国境線を書き換えることなく、難民も出さず、債務を回収し、さらには「経済発展への協力」という実績さえ作ったのだ。


南方両国の反発が消滅したことにより、南部でも『超大型星型要塞』の建設が始まった。


周辺諸国は、この帝国の挙動をどう評価するのか。


将来の敵対を予見して握手を拒むのか、それとも破滅を先延ばしにするために、今は笑顔で握手をするのか。


どちらにしろ、俺は『覇権国家計画』を進めるだけだ。



その後も、南方からの定期報告は続いた。内容は伝統派を名乗る複数の組織を両国の法に基づいて検挙したなど、些細なものだった。


俺は一連の報告書をまとめて麻紐で縛り、完了済み案件の書庫へと移動させた。


それを見ていた中尉が、事務的に次の処理手順を問うように口を開いた。


「少尉。南方債務整理で何かわかりましたか」


「砲兵大隊が悪路でも迅速に展開できるよう、現地組み立てが可能な『分割式野戦砲』が必要ですね」


『資源国』の『人道的』な軍事行動が早かったのは、轍コンクリートの整備が進んでいたおかげだ。インフラが軍事の足を支える。いや新兵器開発部なら、すでにその試作機は完成しているだろう。



「少尉。あなたは、“あまり”変わりませんね」


「俺は、俺の快適で安全な隠居生活のためにやっているだけですよ」


いつものやり取りだ。何も変わってはいない。日常。



そう確信していた瞬間、特別監察室に「緊急伝令」が飛び込んできた。


――西部占領地の奪還を目的とし、隣国が大規模な兵力を展開。


――既に第一戦区にて戦闘開始。



それは、西部の再戦を告げる報せだった。



読んでくださり、ありがとうございました。

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