第37話:南方債務整理 その一
帝国は、周辺諸国すべてを仮想敵国と見なし、全方位の国境線に警備隊と防衛軍を配置している。だが、客観的な数値を並べれば、もはや一国で帝国と正面から渡り合える国は存在しないだろう。
現在、帝国が戦略の主軸に据えているのは、周辺国への積極的な「食料輸出」だ。
肥料と農薬という“現代的なインチキ”を投下した結果、帝国の収穫量はここ五年で三倍から四倍という、この世界の常識を逸脱した加速度で膨れ上がっている。
各地への開拓団(屯田兵)の入植目的も、今や開墾そのものより、連作障害を回避するための農地拡大だ。
しかし、この「豊穣の不具合」にも限界が見え始めている。
肥料が完璧であっても、この世界の「在来種」は、過剰な栄養を与えると自重を支えきれずに倒れてしまう(倒伏)。土壌の最適化に対して、種の物理的な剛性が追いついていないのだ。
かつての試験農場は、トウモロコシなどの外来種育成という役目を終え、現在は選抜育種による「高強度な種」の生産工場へとその姿を変えている。
食料輸出は、最強の「抑止力」であると同時に、相手に「侵略の動機」にもなり得る諸刃の剣だ。
そのため帝国は、食料輸出の条件として、相手国の国境沿いへの『要塞砲配備』を同時に要求するという、極めて攻撃的な外交戦略を走らせている。
半年以上前、帝国の西部国境線が書き換えられた際、帝国は周辺国に対し、常に二択を提示してきた。
「帝国の規格を受け入れ、安価な食料と安全を享受するか。あるいは、旧来の非効率な自立に固執し、飢えと軍事的圧力を甘んじて受けるか」
帝国も決して自給自足の完全体ではない。精密機器の原料や、国民の胃袋を支える魚介類は、その多くを輸入に依存している。特に、帝都の食卓で好まれる淡水魚の需要は、国内の養殖だけでは到底賄いきれないのが現状だ。
俺が設計に関与したコンクリート製の「高密度養殖池」、「水車揚水」と「高低差コンクリート水路」を使用した「自動流水システム」だ。
水車によって強制的に供給された新水が、重力と水流で、魚の排泄物や餌の食べ残しを自然に排水口へ押し流む、人が掃除しなくても、常に池は一定の清潔さを保つことで過密な個体数での飼育「高密度養殖」を可能する。
さらに、その排水を「液肥」として近隣の畑へ流している。
理論上の循環効率は完璧だが、現実は甘くない。養殖池そのものが巨大なコンクリート制のため作成自体が困難で設置場所の制約の制限もある。他にも不慮の感染症による個体群の全滅といった、物理的な障害が頻発している。
中尉に魚介類の養殖、あるいは海洋生物学に詳しい『異世界人』はいないのか聞いたことはあるが、明確な回答が無かった。
本当に存在しないのか、あるいは別の『覇権国家計画』に関わっているのか。
帝国の南方には、これらの輸入品目を供給する重要な国が二つ存在する。
供に小規模な国家でありながら、特定分野で存在感を持っている、『水産国』と『資源国』だ。
『水産国』は、港湾税と海運の利鞘で肥大化した商人たちの共和国だ。
だが、その繁栄の基盤は、帝国への輸出に依存しきっている。もし帝国が輸入先を変更すれば、数万人規模の港湾労働者が一夜にして「未処理の浮浪者」となる。
一方、『資源国』は旧態依然とした貴族制度を保守し続ける鉱山国家だ。
地層には豊富な鉄鉱石と希少鉱物を蓄積しているが、採掘設備も輸送網も旧式なままであり、その非効率な生産性のしわ寄せとして、慢性的な食料不足を抱えていた。
帝国はこの二国に対し、冷酷な二択を突きつけようとている。
言い訳を許さぬ鋭い目をした中尉が、特別監察室に入ってきた。この先は、いい加減慣れてきた。予測は容易だ。
「少尉。参謀本部より、南方諸国における債務整理の最適化案を策定せよ、との下命が出ています」
……街道整備は俺が起点となった計画だし、補給部への技術協力や西部地方の復興支援(経済的植民地化)も、地続きの延長任務と言えなくもない。定期的な異世界人との面談も、新たな知見を得る作業として有意義だ。
しかし、債務整理はどう考えても監察官の職務領域を逸脱している。だが、軍の命令である以上、処理を拒否する選択肢はない。
幸いなことに、「解決しろ」とは言われていない。「計画を出せ」と言われているのだ。実行段階で多少の不具合が出ても、仕様上の問題はない。
『水産国』と『資源国』。
共に帝国から食料を輸入しているが、慢性的な金貨不足のため、魚介や鉱物といった「現物」で支払っている。しかし市場価格には常に変動があるため、決済は慢性的に遅延し、債務が積み上がっていた。
参謀本部は一括返済を望んでいるだろうが、金貨がない相手から強引に回収することはできない。ならば、両国を発展させ、支払能力そのものを向上させればいい。
西部地方で実装した「轍コンクリート街道」を先行配備し、その上で情報を流が流れる。
――『帝国は、より強固な協力体制を構築できる国に対して、優先的に支援を強化する予定である』という「噂」だ。
両国は帝国の「お気に入り」を勝ち取るため、自ら経済を発展させようと奔走するだろう。人も、国も、明確な“競合相手”が存在するほど、処理能力は向上するものだ。
俺は早速、両国を“競わせながら”帝国の供給連鎖に組み込むための、冷徹な債務整理計画をまとめ始めた。
まずは、『水産国』と『資源国』その間にある緩衝地帯に帝国の「道の駅(PA/SA)網」を伸ばす、『共有街道』だ。
緩衝地帯は両国にとっても国境線があいまいだが帝国がインフラで実効支配する訳ではない。
あくまで、『帝国』、『水産国』、『資源国』が利用する共有インフラだ。ただし、そのインフラを維持するためには帝国が提供するコンクリートが必要なだけだ。
共有インフラから枝のように伸びる「轍コンクリート街道」。不完全な轍を「完全な舗装路」へと移行するために、『水産国』と『資源国』は、お互い“競い合う”ことになる。
中尉は、俺が書き上げた債務整理計画を黙読している。
「少尉。……経済的威圧と利害の対立点を意図的に増加させる手法ですか」
中尉は、期待以上の「誤答」を見つけたと言いたげに、検品を終えた事務的な笑みを深めた。
ひどい言い方だ。視点を変えれば確かにその通りだが、俺は両国の自発的発展を促し、債務回収を効率化するための「合理的最適化」を計画したに過ぎない。採用の是非を判断するのは参謀本部であり、俺は命令通りに計画しただけだ。
「少尉。参謀本部は、おそらく採用しますよ。もちろん政策的に細部は変更するでしょうが」
――二週間後。
俺の策定した『南方債務整理計画』を元とした施策が、正式に開始された。
今回、俺には現地での教導補佐という任務は割り振られなかった。思い返せば、俺は戦争という「異常事態」以外で他国へ足を踏み入れたことがない。
帝国法では、異世界人は国の厳重な管理下に置かれ、原則として国外移動は制限されていると聞いた記憶がある。だが、調べても、そのような成文化された法は存在しなかった。
帝国には、法以上に優先される「暗黙の意志」が存在するのだろう。深入りする必要はないと判断し、それ以上調べるのはやめた。
俺は、帝都の特別監察室で街道整備の進捗報告を確認することに限定されている。
帝都に居ても、片付けるべき課題は山積みだ。例えば、トウモロコシの量産体制が整いつつある今、コーンスターチ(デンプン)の安定供給を何としても確立したい。
理論的な工程は完璧だが、この世界の技術限界が、実装を阻んでいる。
「湿式粉砕法」自体は再現可能だが、そのための水車と石臼を精密に同期稼働させる必要がある。特に、原料を一定量ずつ送り出す「金属製の送りネジ」は、熟練の職人が数週間かけて一本を削り出すのが限界だ。
中尉経由で新兵器開発部門に技術協力を依頼してはいるが、優先順位は低いだろう。帝国ではすでに麦やジャガイモ、さらに野菜や果実まで生産が安定し、輸出余力すらある。これ以上の食糧事情向上は、過剰だと判断されているのだ。
俺が一人、帝国の食糧事情を向上させようとしていた時に、南方から最新の報告書が届いた。
俺は、報告書に軽く目を通す。
――『水産国』無理な増産で漁場を枯らす予兆有り。
――『資源国』鉱山労働者を酷使し暴動の予兆有り。
――『共有街道』水産国の傭兵団と資源国の騎士団で武力衝突の予兆有り。
――『共有街道』の全体工程に遅延なし。
『共有街道』は、工程表通りに進んでいる。不具合は無い。
俺は報告書に確認印を押印し机の隅へとよせた。再び特別監察室で未完の「食糧事情向上施策」の計画を書き進めた。
読んでくださり、ありがとうございました。




