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覇権国家計画  作者: 納豆
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第36話:歌を忘れたカナリア


帝都参謀本部 別棟特定招待者面談室。



目の前に座る男は、帝国とは決定的に異なる属性を持った賓客だ。


異世界人。だが、今は帝国が実効支配下に置いた「元隣国領」の元外交官という、極めて不安定な立場にある男。


「少尉殿。……失礼いたしました、特別監察官殿。本日はお時間を賜り感謝いたします」


慇懃な挨拶の中に、隠しきれない焦燥と、同類を嗅ぎ分けるような粘り気のある視線を感じる。

なぜ、俺が隣国の異世界人と差し向かいで面談をしているのか。それには、もちろん理由がある。



――十日前。



西部地方の復興支援(経済的植民地化)が「仕様通り」の成果を上げ、俺が帝都へと帰還して数日後のこと。参謀本部から下された新たな指令は、俺が今まで一度も、一瞬さえも想像してこなかった衝撃的なものだった。


「少尉。参謀本部より、隣国商人の面談命令が出ています」


中尉の瞳は、真冬の星のように純粋な輝きを湛えている。それは、俺がまた一つ「逃げられない工程」に組み込まれたことを祝福しているかのようだった。


「なぜ、特別監察官の俺が、隣国商人と個別で面談する必要があるんですか」


「その商人は、西部地方の元外交官。……我々と同じ、異世界人です」


「本当ですか……!」


(隣国の異世界人だと? なぜ暗殺されていない。亡命か? どうして参謀本部が直接対応しない? 無害認定? いや、この状況そのものが『覇権国家計画』の一部なのか――)


俺の脳内は、焼き切れる寸前の速度で、あらゆる可能性の演算と否定の渦に満たされていく。だが、数秒の後、俺は合理的な結論に到達した。


この過程に意味は無い、俺は、俺の覇権国家計画に必要なことをやるだけだ。



中尉から数枚の書類を受け取る。商人、元外交官の調査報告だ。



――仮想敵国所属異世界人監視班調査報告


異世界人個体 秘匿名■■■■の動向と脅威判定


……ほとんどが、黒塗りで読むことが出来ない。作成された日付も不明だ。


情報は断片的だが、俺は精査を続けた。


――男性、年齢は現在四十後半、二十年以上前に存在。

――帝国西側国、政府機関に所属。


――対象はかつて隣国内部において「対帝国強硬派」の急先鋒として知られた。しかし、保守主義勢力派による政争に敗北し公職を追放。現在は隣国内で、自由貿易商を自称し、各国の商品を取り扱っている。――


「少尉。彼は、現在外交官ではありません。商人です。商人として面談してください」


なるほど。外交官時代、彼は帝国の脅威を声高に訴えていた。かつての敵国に潜んでいた「予言者」だ。しかし、公職を追放され商人に転身した現在の行動は、国への忠誠や復讐ではなく、商人としての「利潤」に向いている。


彼は帝国の商品――その裏にある「現代技術」に、純粋な経済的価値を見出しているということか。


――あるいは、……。


いや、今の俺が彼の「真意」を深読みし、政治的判定する必要はない。俺の任務はあくまで『特別監察官』としての検分だ。


面談までの十日間、俺が特別に準備することはない。


当然だが、市場に出回っていない試験段階の技術や、強力な兵器転用が可能な「禁忌の知識」……例えば塩素ガス、クロロホルム、褐色火薬の製法などは厳重な秘匿義務を課されている。


同じ異世界人であれば、「それが存在する」という事実を知るだけで、時間さえかければ逆行工学で再現可能であるという「正解」に辿り着いてしまう。



――十日後。

商人との面談は、別棟の『特定招待者面談室』で行われることとなった。


面談室の壁は分厚く、室内の音声は一切外に漏れない。一見するとただの石壁だが、その一部は隠し扉になっており、非常時の避難経路と武装した護衛が控えている。


俺の護衛分隊の装備は、市内警護用の軽装から、実戦装備となっていた。中尉もまた、愛用の魔導銃に加えて、最新型の複合式魔導短機関銃を無造作に身に着けている。


俺自身も軍服の下には、特務部隊仕様の防弾服を仕込んでいる。

相手は元隣国の要人だ。何が起きても不思議ではないという「仕様」で挑む必要がある。


商人は国境から帝国軍の装甲馬車で移送され、厳重な身体検査を経て、既に室内で待機していた。

俺は扉を開ける直前に「異世界人」かつ「隣国商人」との面談。その意識を脳に焼き込んだ。


「少尉殿。……失礼いたしました、特別監察官殿。本日はお時間を賜り感謝いたします」


男は、丁寧すぎるほどに深く頭を下げた。その所作は、礼儀というよりは“生存のための防御姿勢”に見えた。


「あの戦争で、私の知人の兵士は大勢死にました。……ですが、帝国の『仕様(製品と技術)』は、実に素晴らしい」


声は小さい。だが震えてはいない。必要最低限の振幅で、効率的に発声されている。

そこには戦死した知人への恨みや復讐心といった感情的な雑音は感じられず、ただ観測した事実を淡々と出力しているだけのように思えた。

(……この男、感情ではなく事実で世界を認識しているな)


「商人。先の戦争における軍の行動は、すべて上層部の受命に基づくものだ。本官もまた一軍人であり、貴殿とのこの面談も、職務上の命令を遂行しているに過ぎない」


事務的な俺の返答に、男はさらに続けた。


「占領地の復興も……あなたの手腕だと聞いています。私は直接見てはいませんが、あの地域の者たちは帝国に感謝している。ですが、彼らは帝国無しでは生きていけない」


男はひと呼吸置いてから、話を再開した。


「帝国の技術があれば……。帝国が行っているのは『支配』なのでしょうか、それとも『共存』なのでしょうか。私は、それが知りたい」


俺は中尉を見た。

肯定でも否定でもない。その双眸からは命令も圧力も感じられず、ただ純粋に、俺の内側を見透かそうとする気配だけがあった。



「商人。本官の階級は少尉であり、一介の実務者に過ぎない。国家政策の『戦略的意図』について言及する職責も権限も、本官にはない


「……少尉殿。本員はかつて隣国の外交官でした。衝突すれば隣国は滅びる――私はそう警告しましたが、何も変えられなかった。

だからこそ伺いたい。この復興は……滅びの先延ばしなのか、それとも別の“構造”なのか」


「商人。貴殿が元外交官であろうと、本官の回答の仕様は変わりません」


……元外交官としての情緒か。


隣国は戦略上の算定を誤り、その帰結として自壊を選択したに過ぎない。占領地化は、計画における中間工程だ。もっとも、次なる「仕様」を規定するのは帝国であり、そのこたえの正否を判定するのもまた、帝国だ。


「……監察官殿。理解いたしました。私は、私のやり方でこの『仕様』に抗ってみせましょう。本日は貴重なお時間を賜り、感謝いたします」


商人は深く礼をし、面談室を後にした。



「少尉。彼、商人は、これから何をすると思いますか」


中尉は俺の答えを待っている。それは、あらかじめ用意された正解をなぞらせるために、無表情に答案用紙を回収しようとする機械的な期待だった。


「何もできませんよ」


俺は短く答える。


そう、あの男は元外交官としても、商人としても何もできない。覇権国家計画にとって、あの男は、僅かな誤差に過ぎない。


男は二十年前にこの世界に来て官僚になった優秀なのだろう、しかし合理的な判断ができる者は、時に合理的ではない行動を選ぶ。


俺には、その仕様が理解できない。俺の仕様に落とせない。


だが、俺の仕様に落とせないものが、確かに存在する。それが今、俺の思考の外縁で、静かに動き始めている気がした。


読んでくださり、ありがとうございました。

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