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覇権国家計画  作者: 納豆
33/40

第33話:国境の落日



『国境の落日サンセット・フロンティア作戦』は、予定通り第二段階へと移行した。


帝国東部に超大型星型要塞の巨躯が立ち上がる影で、西部国境にて「平和行進」を掲げた民間の一団が、隣国側の砲撃により死傷するという事件が発生した。


事象の連鎖を辿れば、それは決して複雑な話ではない。


西部では、開拓団(屯田兵)とその家族による入植が加速度的に進んでいた。


一見、新天地の平穏を享受しているように見えたが、隣国の軍事拠点から帝国領へ向けて「正体不明の砲撃」が着弾し、多数の死傷者が発生。これが発火点となった。


被害を受けたのは、隣国の軍拡に反対する「平和的な抗議集団」だった。


開拓団の町に隣接する国境付近で、隣国が軍事拠点の建設を開始。これに危機感を覚えた家族の一部が、「自分たちは平和を求めているだけだ」と国境付近へ集結した。彼らの手には皆、規格の統一された『同じ旗』が握られていた。


隣国側は「国境侵犯に対する正当な自衛措置」であると主張している。


当初、一部の語り部たちはこの主張を併記しようとしたが、俺は『信頼に足る一次情報を基にした発信』という規約を盾に、隣国側の一方的な言い分――特に客観的な証拠のない言説――の拡散を未然に防いだ。


また、「集団を先導した黒幕がいる」あるいは「旗を大量に用意したのは誰か」といった、構造の裏側に注目しようとする推測も散見された。だが俺は、それらは未確認情報であり混乱を招くとして、語り部たちに徹底した『事実のみの抽出』を命じた。


結果、純粋な「被害」という確定情報だけが、帝国全土へ高純度で配信された。


二か月が経過した今も、帝国のあらゆる都市では犠牲者への追悼と、隣国への制裁を求める情報が上書きされ続けている。

各地の道の駅(PA/SA)には嘆願書を抱えた市民が溢れ、開拓団への入植希望や、臨時建設工兵予備役への志願者が急増した。


これは純粋な怒りだけではない。各地の魔物が掃討されたことで仕事が激減した冒険者や、新天地での利権を求める者たちの「損得勘定」が、愛国心という名の皮を被って噴出しているのだ。


抗議集団の中には、剣や槍を掲げる者も現れた。俺は直ちに「武装解除」の指示を出し、安全管理の記録を残した。


だが、その「軍による武装解除」すらも、絵師や語り部たちにとっては『帝国軍は犠牲者の尊厳を守るつもりがないのか』という不満の燃料となり、熱狂はさらに跳ね上がっていった。



俺は、一切嘘はついていない。



帝都参謀本部、特別監察室。


俺の机の上には、国境監視隊および各地の道の駅(PA/SA)からの報告書が、処理能力の限界を試すかのように山積みされている。


山積みされている書類の中に国境監視隊からの事件発生当時の速報と一枚の布切れが混ざっていた。

なぜ、二か月前の速報が、今頃になって俺の元に届くのか。


一枚の布切れは「平和行進」で掲げられていたという、規格の統一された『同じ旗』。


俺はそれを指先でなぞり、違和感の正体を探る。


布の織りによる紋様ではない。これは印刷だ。しかも、色の再現性と輪郭の精度が異常に高い。帝国の既存の工業水準において、これほど均質な量産品が流通している例は極めて珍しい。


俺には、この技術に覚えがある。


以前、トレーディングカードの試作段階において、版の固定化と圧写による高速量産方式を検討した。だが、作成費用と、当時の物流(運搬費)との兼ね合いから、「時期尚早」として試作のみで破棄した。


――この方式は帝国軍の正式規格として採用された記録はない。



「合理的だな」


同一規格の旗は、集団の識別と統制を容易にする。



俺は二か月前の速報にも、軽く目を通した。


『国境の落日』作戦は、俺が以前書いた論文が元になっている。

全体の進行は概ね仕様通りに進んでいるが、実装の細部が異なる。特に、きっかけとなった最初の事件だ。


俺の論文では、自発的に集まった「平和行進」を掲げた民間人の付近に砲弾が着弾し、死傷者こそ出ないものの、国境警備隊が救助のために緊急出動。そこで隣国軍と「突発的な衝突」が発生し、開戦の口実とする設計だった。


だが、現実に起きたのは「確実な殺傷」を伴う惨劇だ。


「……参謀本部は、より確実に目的を達成するために、細部を書き換えたのか」


俺の僅かな迷いすらも「面白い反応」として射抜く、刃物のように鋭い目をした中尉が、手元の報告書から目を離さずに問いかけてきた。


「少尉。帝国の平和行進側と、隣国の砲撃側。あなたは、どちらが『正しい』と思いますか?」


俺は思考を止めることなく、短く答えた。


「死傷者は、過程ですよ。」


中尉だって分かっているはずだ。それなのに、なぜ俺の思想を確認するような真似をする。


『覇権国家計画』。


帝国において、それはすでに絶対的な正義として定義されている。死傷者は仕様上、避けられない副産物にしか過ぎない。


もし「間違い」を定義するならば、それは行動の是非ではない。その行動によって、自らが望んだはずの『将来の平和』という演算結果を破壊した側だ。


俺は、俺の快適で安全な隠居生活のために設計図を書いている。

帝国と俺の目的は、現時点では概ね一致している。


俺は、設計図を用意しただけだ。引き金を引いたわけでも、民衆を煽り立てたわけでもない。工程は、正しく実行されている。


現在、参謀本部は「さらなる虐殺を防ぎ、国民を保護するため」という名目で国境に兵を集結させている。


これは侵攻ではなく、あくまで「人道的介入」である。敵拠点の破壊は「自衛のための最小限の措置」に過ぎない――。


帝国軍公式声明は、各地の道の駅(PA/SA)に掲示され、語り部たちによって帝国全土へと広がっていく、帝国内の認識は「平和な帝国を作るための止む無き行動」として完璧に統一された。


もちろん、開戦に反対する声は存在する。

だが、一度回り始めた巨大な構造を止めることはもう誰にもできない。



三か月後。


俺は迅速な物資搬入経路確保のため、街道整備を担う建設工兵大隊の教導補佐という立場で、西部に降り立っていた。


少尉である俺に直接の軍令権はない。肩書きはあくまで教導補佐だ。だが、現場の工兵たちが俺の描いた「仕様書」通りに土を削り、石を敷き詰めていく、それは、再び俺が引いた街道が、火の通り道なることを意味していた。


国境付近の開拓団の町は、今や町としての機能を捨て、巨大な「要塞」へと強制的に仕様変更されていた。


東部で建築中の超大型星型要塞。あそこに配備されている新型長距離要塞砲が、ここにも二基配備される予定だ。


有効射程距離は二キロ、最大射程は四キロ。


新兵器開発部門に潜むガチ勢の異世界人たちは、おそらく裏でこう毒づいているはずだ。


「理論上は十キロ以上飛ばせるが、現在の加工精度では装薬を詰めすぎると砲身が耐えられない(物理限界)」と。


だが、この戦域においては四キロで十分すぎる。ここから隣国の国境拠点は、射程圏内に完全に収まっている。開戦の合図と同時に、敵の拠点は物理的に消滅し、その指令機能を失う。


今回の遠征には随行していないようだが、気球による「空中観測計画」も進行中だと聞いている。


熱源としてのプロパンガス確保は無理でも、帝国の化学工業水準には既に高純度エタノールの量産体制がある。

強靭な「絹」や「麻」にニスや蜜蝋を塗って気密性を高めれば、球皮の作成は現行の技術でも十分に実装可能だ。


地上と綱で繋ぐ「繋留気球」なら、既存の技術で高度と位置を制御できるだろう。


今まで、俺の元にはこの手の最新技術情報は降りてこなかった。


だが、本番環境(実戦配備)へ移行する段階になり、ようやく俺の権限でも閲覧可能な情報に配置転換されたということだろう。


「……観測情報との同期が取れれば、命中精度(正確性)はさらに跳ね上がるな」


俺は手帳に、観測気球導入による弾薬節約率の推計値を書き込んだ、そこに感傷を挟む余白はない。


隣国の兵士がどれほど勇敢に死のうと、どれほど悲劇的な物語が生まれようと、作戦全体から見れば誤差の範囲だ。

彼らの死は“結果”ではなく、工程の途中で発生した揺らぎに過ぎない。


気球が来ないなら、高さ百メートルの見張り台が必要だな。高さ十メートルのやぐらでも十キロ先まで見えるが、着弾が「目標の手前か奥か」を判断するには、斜め上から見下ろす角度が必要だ。


隣国の軍事拠点が見渡せる丘に見張り台を建築すれば代用可能だろうか。いや、気球が来ないというのだから、参謀本部は既に弾着確認の手段を確保しているのだろう。


一か月後。

俺は物資搬入経路関連の任務を離れ、現在は国境近くの臨時集積所にいる。

補給部は、俺が設計した「多頻度小口配送」を現場の「兵站」として使えるよう修正し、完璧に落とし込んだ。


正面・固定ルート、初動重視という条件付きだが、今回のような状況下で本手法は有効であると判断したようだ。


麻袋、油、石灰といった物資が、規格統一された木箱に詰められ、次々と荷車に積み込まれていく。

消耗は予測ではなく、もはや確定している。


「少尉。……定刻です」


中尉の声は、一連の処理が正常に終了したことを告げる、あまりにも静かな合図だった。



ズゥゥゥゥン――。



肺の奥を直接撫で回すような、重く、無機質で、あまりに“事務的”な衝撃波だった。

数キロ先の要塞に配備された、新型長距離要塞砲の「初射」が、空気そのものを仕様書どおりに震わせたのだ。



それは、帝国の新しい国境線を物理的に画定させるための、“最初の書き込み”に過ぎない。



『国境の落日作戦』は、第三段階へと移行した。


読んでくださり、ありがとうございました。

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