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覇権国家計画  作者: 納豆
31/44

第31話:設計屋


参謀本部は、西部平原における小型魔物絶滅計画を「遅延の予兆あり」と判断した。


現場を監察した俺も、その分析に同意せざるを得ない。現状のまま推移しても討伐自体は完遂されるだろう。だが、帝国の精緻な計画表に記された工期からは、確実に「遅延」する可能性が高い。


俺は補給部隊の進軍ルートと、魔物の出没記録を重ね合わせた地図を広げた。

線と点が交差するたびに、補給の“詰まり”が視覚化される。討伐隊の行動は軍事教範として正しい。だが、その構造は最適化されていないのだ。


平原は広大で、遮蔽物はない。魔物の数は八千。

補給隊は常に魔物の射程内に晒されている。これでは、以前の戦争(第17話)で有効だった「動くコンビニ(多頻度小口配送)」は成立しない。


多頻度小口配送は、補給隊が安全に移動できる環境が前提だ。だが、この平原では、補給隊は“常に襲撃される側”にいる。


問題は純粋な軍事ではなく、物流の最後の区間の地獄だ。ならば、補給そのものを再設計するしかない。俺は地図上の補給線を指でなぞり、その一本の線を、複数の点へと分解した。


補給線は、障害が再発する環境下では全体の進軍速度を規定する「律速」となる。ならば、線を点へと分散させればいい。補給隊が討伐隊の背中を追いかけるのをやめ、複数の小規模拠点へと“ばらす”のだ。


これは軍事理論ではなく、物流の基本原則――分散化による輻輳ふくそうの回避。


ドミナント戦略(集中出店)を放棄し、ランチェスター戦略(分散出店)へと切り替える。俺は地図の上に、複数の小さな円を描き込んだ



翌日。西部平原小型魔物討伐隊、臨時司令部。

俺は、あの苛烈な次席将校、中佐と再び面談の席についた。


「『調整官』。いや少尉は『監察官』だったな。どうだ補給隊と行動して、何か見えたか」


「はい、中佐殿。難題は補給隊の進軍速度にあると愚考します」


「少尉。そんなことは貴様に言われずとも分かっている。我々が知りたいのは、教範には書かれていない貴様の知見だ」


俺は地図を広げ、淡々と説明を続けた。


足の遅い補給隊は現位置で停止させる。代わりに、未討伐地域へ先行して重量物資の「集積所」を設置する。石灰、油脂、薪。これらには食料が含まれないため、魔物の執着は限定的であり、破壊されても敵に栄養を与えるリスクは皆無だ


「未討伐地域への先行だと? 誰がその道を作る」


「超大型星型要塞に配備予定の長距離要塞砲による火力掃射です。着弾地点周辺の小型魔物を一時的に圧制し、その隙に工兵隊を突入させます」


「正気か? 隣国に要塞砲の性能を露呈させることになるぞ」


「構いません。隣国側の異世界人なら、砲身の長さを見ただけで既存兵器との隔絶を理解します。むしろ性能を誇示することで、侵略に対する強力な抑止力として機能させるべきです」


中佐は、地図に書き込みされた集積所予定地を指なぞった。

「面白い。だが、その砲撃の着弾観測と、混乱した魔物の群れの中を突っ切って集積倉庫を建てる命知らずは誰だ?」


「……砲撃の着弾観測は『森の賢者』ら設計班の範疇はんちゅうであり、工兵隊の選任は大隊指揮官たる中佐殿の権限です。本官は監察官として構造を再設計したに過ぎず、現場の運用に干渉する無礼は慎みます」


「(眉を跳ね上げ、冷たい笑みを浮かべる)……現場の責任は、現場で取れと言うことか。手柄は本部のもの、泥は我々のもの。なるほど、実に『監察官』らしい物言いだ」


(……? 俺は手柄を横取りするのではなく、中佐殿の権限を尊重すると申し上げたのだが。なぜ不機嫌になられたのだ?)


「いいだろう。貴様の構造の再設計を採用しよう。ただし集積倉庫は却下だ。少数を先行させる部隊に携行させ、地面に秘匿埋設ひとくまいせつさせる。その後、本隊が討伐を遂行しながら掘り出す」


現場の知見による練り込んだ改良。俺は短く承諾した。


「承知いたしました。中佐殿。」

(中佐殿が最高の評価を得られるよう、俺はさらに完璧な物流管理ロジスティクスを整えよう。これが現代社会人の潤滑油だ)


――臨時司令部の外から大きな声が、聞こえてきた。

――どうやら討伐小隊のひとつが想定外の群れと遭遇し、死傷者が出たようだ。


「……監察官。やると決めたのは私だ、だが、誰を前に出し、誰を後ろに残すか――順番は私が決める」



数日後、試験運用が開始された。

俺はさらなる効率化のために、小型魔物の死骸を回収する「検体回収班」と、「野戦焼却部隊」を提示した。


新兵器開発部門より移送された、高真空維持可能な精製ボイラーと精密蒸留設備。要塞内部で量産が始まった高純度エタノールは、野戦焼却の効率を劇的に引き上げ、戦域内の疫病リスクを無視できる水準まで低下させた。


中佐は、焼却が間に合わない死骸をあえてデコイとして使い、おびき寄せられた個体を効率よく討伐する部隊まで増設した。


さすが実力で中佐まで登り詰めた個体だ。俺の設計案を、現場の「兵站」として完璧に落とし込んでいる。


……俺の部下は現場を知らない事務職ばかりだ。護衛の分隊長は現場経験値の高い優秀な個体だが、特別監察室の任務という『異なる関数』を割り当てるわけにはいかない。

やはり、俺の外部演算装置や外注先といった高効率な個体が不足してきたな。


試験運用開始から二週間。

砲撃の着弾精度の不安定さから一部の個体に損耗(死傷者)が発生するという不具合はあったものの、掃討工程は概ね計算通りに推移している。


超大型星型要塞の要塞砲は、未だ稼働数が不足しているが、『設計班』の調整により今後は安定するだろう。


中佐殿は、損耗(死傷)が確認された際、作戦の一時停止を検討されたようだが、俺が提出した『掃討進捗および効率推移表』を確認したあと、長い沈黙の末、継続を判断された。


中佐の沈黙は、怒りではなく“覚悟の前処理”だったのだと、当時の俺は理解していなかった。

現場の責任者は、作戦の正しさと、死傷の可能性という矛盾を同時に飲み込まねばならない。その咀嚼のための沈黙を、俺は単なる“機嫌の悪さ”と誤認した。


俺が再設計するとき、あるいは新たな設計図を書く時、思考体系には、感情という情緒的手順を処理する関数が存在しない。


俺が扱うのは構造であり、効率であり、境界線だ。人間の死を“変数”として扱う俺には、中佐の沈黙の意味を読み取ることができなかった。


あと四週間ほど試験運用を観測し、不具合が発生しなければ、任務は完了だ。帝都へ帰還して差し支えないだろう。


その後、超大型星型要塞を偵察対象とした隣国の斥候が侵入した。


一部取り逃がしたが、それすらも「抑止力」の苗床に過ぎない。未知の恐怖は暴走を招くが、既知の圧倒的な暴力は、論理的な思考を持つ相手に「絶望という名の抑止力」を植え付ける。


隣国は新型要塞砲の性能と圧倒的な射程距離を知った。


帝国は今、砲を背にして握手という選択肢を選んでいる。


それが抑止力として機能しなかった場合、どのような次次的じじつぎな暴力を選択するかは参謀本部の判断次第だ。



数日後、俺は中佐に監察任務完了の報告を短く済ませた。


帝都へ向かう馬車の揺れの中で、別れ際の中佐の言葉を反芻はんすうしていた。


「……設計屋。貴様の設計は正しい。効率化され、確かに望む結果を出している。だが、兵は資源ではない。覚えておけ」


「はい、中佐殿。ご教示ありがとうございます。人間は感情という名の不確定要素を持っております。石材や木材のような『静的な資源』とは異なり、『取り扱い難度の高い生体資源』である、ということでございますね」


俺が淡々と返すと、中佐殿はそれ以上何も言わなかった。ただ、一瞬だけ、憐れむような、あるいは恐ろしいものを見るような眼差しを俺に向け、背を向けて立ち去った。


俺の設計は正しく、効率的で、期待通りの工期短縮を実現した。


設計した俺と、それを使用した中佐、違うのは過程だけで同じ価値観を共有している。……しているはずだ。


今回の掃討作戦において、俺は魔物を一匹も殺していないし、剣一本振るっていない。


俺が行ったのは、既存の「補給」という概念を「分散集積と火力圧制」へと書き換えただけだ。

あとは現場の中佐殿が、その優秀な実務能力を以て、俺の提示した『構造』を完璧に運用してみせた。


解決したのは俺ではない。俺が持ち込んだ、この世界には存在しなかった『構造』そのものだ。



「少尉。今回も『覇権国家計画』のために働きましたね。」


向かいに座る中尉が、「正解」への誘導を終えた、試験官のような冷徹なほほえみを向けてくる。


「俺は、俺の快適で安全な隠居生活のためにやっているだけです。」


俺の返答は、変わらない。


だが、馬車の窓から見える、勇者が空けたあの大穴を見つめていると、奇妙な雑音が思考を掠める。


あの大穴は、何かの結果ではない。


いまだ終わりの見えない、冷徹な『覇権国家計画』が進行しているという、巨大な、あまりに巨大な「書き込み」の跡だ。


俺は次の仕様書を開き、暗い車内で再びペンを走らせた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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