第3話:帝都
(回想:五日前)
帝都へと向かう道中も、窓の外には相変わらずの光景が続いていた。
見渡す限りの畑と川。
そして時折、無機質な倉庫のような建物が視界をよぎる。
馬車に揺られて五日。……遅い、遅すぎる。
理由は明白だ。街道は石畳の場所もあるが、それ以外は雨が降ればただの泥濘と化す。
おまけに馬車の木製フレームは振動に弱く、これ以上の速度を出せばバラバラに壊れてしまうだろう。
「……サスペンションと舗装。これも何とかしなきゃな。俺の腰のためにも」
だが、辿り着いた帝都はこれまでの村々とは一線を画していた。
道は隙なく石畳で覆われ、中世都市特有の糞尿の臭いもしない、管理の行き届いた、冷徹なまでの美しさがそこにはあった、求めている安心できる生活が近づいてきた。
案内されたのは、街の象徴とも言える巨大な石造りの建物。
帝国軍参謀本部だ。
中尉に促され、重厚な扉の奥へと足を踏み入れる。
そこにいたのは、五十前後と思われる、白髪混じりの髭を蓄えた男だった。
肩に輝く階級章が、彼の地位を雄弁に物語っている。
「どうした、座りたまえ。」
その声は、歴史や伝統に裏打ちされた「本物の貴族」特有の響きを持っていた。平民が聞けば恐怖のあまり動けなくなるような、圧倒的なカリスマ性と畏怖を孕んだ声。
(顔も怖い)俺は社会人としての礼節を保ち、背筋を伸ばして椅子に座った。
「帝国軍参謀本部所属、戦務参謀次長。階級は中将だ」
中尉は、男の横に立っている。周囲に溶け込み完全に空気と化していた。
男は淡々と自己紹介を済ませ、鋭い視線で俺を射抜く。
「改めて確認する。軍に所属するということで相違ないな? この先の話を聞けば、もう一般人として引き返す道はなくなるが」
俺は顎を引き、真っ直ぐに彼の目を見据えて宣言した。
「はい。自分の意志で軍に入り、持てる力のすべてを尽くす所存です」
「よろしい。では、君に与える任務の前に『覇権国家計画』について説明しよう」
それは、個人の良心が悲鳴を上げるような『非道』が、歴史の天秤においては不可欠な『正解』として鋳直されていく、あまりに冷酷な国家デザインだった。
覇権国家計画――。
百年以上前から続くこの戦略を最初に提唱したのは、四世代前の皇帝の養子……俺と同じ「異世界人」だったという。
『魔物の脅威がなくなれば、人間の脅威は人間だけになる』
中将は地図の一点を指した。
「現在、この大陸では魔物の数が劇的に減っている。君たち異世界人の一人が『勇者』として大型魔物を駆逐しているからだ。
技術レベルから見て他国にも異世界人がいるのは確実。あと三十年もすれば、魔物はもはや脅威ではなくなるだろう」
俺は沈黙したまま、その言葉の先にある地獄を予感した。
「異世界人の知識は魔法の優位性を奪い、各国はより強力な兵器を競って生み出す。最初は小さな衝突、それがやがて大陸全土を世界を焼き尽くす。
……君なら、その事態にどんな名を付ける?」
「……世界大戦」
「やはり分かるか。その最悪を防ぐための手段が、この計画だ」
世界のため……何より、俺自身の安全な生活のために。
「改めて、志願します。その計画に協力させてください」
中将は満足げに頷き、一枚の書類を差し出した。
「辞令だ。君を本日付で帝国軍参謀本部所属、『特別監察官』に任命する。階級は曹長だ」
俺は立ち上がり、辞令を受け取って敬礼した。
曹長か、下士官だが特別監察官の役職持ち。運が良い。中尉のお陰かもしれないな。
特別監察官。……響きはいいが、具体的に何をする仕事だ?
分からないことはその場で聞く。それが社会人の鉄則だ。
「私の具体的な任務について、お伺いしてもよろしいでしょうか」
中将は地図を見つめたまま、静かに告げた。
「各地では現在、異世界人の協力による様々な作戦が進行中だ。君の広い知識を活かし、それらが計画通り運用されているか現場を監察してもらいたい。
問題があれば改善案を出し、必要とあれば紛争地域での新兵器評価試験も担当してもらう」
ようは、現場の進捗確認とコンサルティング。
なるほど、前職に近いかもしれない。馬車での移動は勘弁してほしいが、国内の安全な場所を回るだけならリスクは低い――。
「……待ってください、今『紛争地域』と言いましたか?」
安堵しかけた俺の耳に、聞き捨てならない不穏なワードが残った。
読んでくださり、ありがとうございました。




