第29話:昼食
まるで質の悪い言葉遊びだった。
元口コミサイト運営者の彼女から始まり、パイ屋の男(元フードデリバリー)、建設工兵、大隊長、そして参謀本部。歪みながら伝達された情報が、巡り巡って俺の元へ「課題」として差し戻された。
南門大改修現場における作業効率の改善。俺は、パイ屋の男に正式な協力要請を出すとともに、新たな施策の構築を開始した。
名目は、「軍が労働者の健康と福利厚生を保障する制度」だ。社員食堂のような顔をして、軍が食事を直接提供する。
だが、その実態は『サブスクリプション(定額制提供)』の強制加入である。
毎月定額の料金で、温かい昼食が作業現場に直接配達される。作業員たちは食事のために現場を離れる必要がなくなり、物理的に「現場から出さない」ことで遅刻や離脱の問題を一掃する。
食事は当初こそパイが中心だが、串焼きや煮込み料理と種類を増やしていく。人間は、与えられた選択肢の中から自分で選ぶという工程を挟むだけで、強制された制度に対しても納得感を抱きやすい生き物だからだ。
食材の供給元もシステムに組み込む。
軍の備蓄食料は、品質維持のために古くなったものから市場に放出しているが、これを軍が契約した店舗に格安で卸す。店側は原価を抑えられ、軍は廃棄原価を利益に変えられる。
作業員たちの朝の集まり自体は悪くない。ならば、朝の点呼と同時に注文を確定させる。定額制だ。朝来なかったからといって、返金などは発生しない。
軍が得る定期的な現金収入は、現場の規模が大きくなるほど膨らむ。とはいえ、全軍の予算規模から見れば、それは微々たる数字に過ぎないだろう。
だが、このシステムの真の目的は金ではない。
「生活リズムの強制」による「規律化」だ。
「現場に行かないと、飯代の分だけ損をする」
その心理が働き、無断欠勤に対する強力な抑制力となる。それだけではない。軍が栄養価を計算したパイを提供し続ければ、劣悪な安物ばかりを食べて夏場に作業員が体調不良を起こすといった「環境要因による稼働率低下」すら防ぐことができる。
懸念される配達員については、路地裏でくすぶっている「使い走りの少年たち」を資源として活用する。
「正しく集まり、正しい数を、正しい時間に、正しい場所へ届ける」
この単純な仕事を数値化し、評価制度を導入する。軍の配達員という簡易な腕章を付けさせ、成績優秀者は将来の軍への就職試験において選別対象とするとすれば、彼らは規律正しく働くだろう。
そして、その規律こそが軍に求められる、配達業務そのものが“軍の基礎訓練”にとなる。
まずは南門大改修現場の一般作業員から試験運用を開始する。
ここで徹底的に脆弱性を洗い出し、修正を当てた後、西部地方で始まった「超大型星形要塞」の建設現場という巨大な土台へ展開する予定だ。
三週間後、試験運用は開始された。
南門大改修現場に正午を告げる鐘が鳴り響くと同時、現場の各所に配置された仮設テントに、軍の腕章を巻いた少年たちが一斉に駆けていく。
彼らの手には、あのパイ屋の男が持ち込んだ「保温バッグ」を現時点での再現可能範囲で模倣した特製の断熱木箱が握られていた。羊毛による断熱層と獣脂による防水加工を施した二重構造だ。
提供する食事の熱容量に合わせ、保温性能を極振りにした重厚な木箱と、機動性を重視して毛氈と蜜蝋加工で軽量化した箱を使い分ける。
さらに、成績優秀な少年配達員には「革張り木箱」の使用を許可した。見た目の豪華さという視覚的報酬を与えたことで、少年たちの士気は予想を超えて跳ね上がっている。
以前なら、鐘の音と共に蜘蛛の子を散らすように街の喧騒へ消えていた作業員たちが、今は整然と列を作り、軍が提供する「本日の献立」を受け取っている。
もちろん、細かな不具合は都度発生している。
事前に配達専用の通路を設定し、朝の点呼時に食事札を配布したが、それでも受け渡し時の遅滞が重なり、行列が滞留する。食事の提供が少しでも遅れれば、腹を空かせた作業員と配達少年の間で摩擦が生じるのは避けられない。
また、配達員に選ばれなかった路地裏の少年たちによる「嫌がらせ」も確認された。
軍の腕章を巻いている最中は手を出さないだけの知恵は彼らにもあるが、業務を終え、腕章を外した瞬間に彼らは「軍の庇護下にある労働者」から「ただの子供」に戻る。その隙を突いた小競り合いが発生しているのだ。
不具合は観測されたが、目的である生産性は向上している。
……仕様通りだ。
軍が提供する食事の「口コミ」格付けは概ね良好だ。一般作業員たちにとって「現場で旨い飯が食える」という事実は、職場を選択する際の動機になるという、労働市場における新たな知見を得ることができた。
俺は中尉とともに南門の足場を歩き、眼下の秩序ある昼食風景を視察しながら、最新の報告書を確認した
「少尉。彼らは、帝国の時間から外れると損をするように矯正されていますね」
「俺は、俺の快適で安全な隠居生活のためにやっているだけです。」
あと二週間ほど試験を継続し効率化の仕様が決まれば、部地方の「超大型星形要塞」の建設現場へ投入できる、しかし俺の帝都待機命令は継続中だ。直接現場で指示を出すことはできない。
保税倉庫の試験運用が始まってから、そろそろ一年。これも大きな不具合は発生していない、参謀本部経由で派遣された監視できる人材で対応できている。
俺という資源が現場に張り付く必要はない。誰が読んでも同じ結果を出力できる『完璧な仕様書』と『運用手順』こそが、最も俺の稼働率を上げる方法だ
まずは、この二週間で試験運用を完了させる。
当初、二週間で完了させる予定だった試験運用は、結果として二ヶ月に及んだ。
現実は常に、設計者の想定を超えた不具合を吐き出し続ける試験会場だ。
特に頭を悩ませたのは、社員食堂(強制定額制)の導入に伴う「退職時の中途解約」という例外処理だった。
「現場が過酷すぎる」と退職していく作業員たちが、既に支払った一か月分の食事代の返金を要求し、事務棟の窓口に殺到する事例が多発したのだ。
当初、俺は「仕様(規約)通り返金不可」としてこれらを撥ね付けるつもりだった。だが、南門大改修を担当する建設工兵大隊長より、直接の苦情が差し込まれた。
「少尉。現場の暴動誘導の引き金になりかねない。即座に対応しろ」
中佐という階級からの、極めて論理的かつ階級による強引な「仕様変更」の要求だった。
俺は規約の書き換えを余儀なくされた。
だが、一度受け取った軍の現金を、返金という形で流出させる仕様など存在価値はない。俺は現金を動かすことなく、退職者へ「現物」を支給することでこの不具合を解消することにした。
もっとも、実際に大量のパイを渡して追い出すわけではない。
俺が導入したのは、残日数に応じた「食事回数券」の配布だ。当然、帝都を去る者に券だけ渡しても不満は消えない。そこで俺は、契約に一行の「例外」を書き加えた。
――「中途解約による返金は不可。ただし、未消費分の権利は他者へ譲渡可能とする」
この一文が、現場に奇妙な「二次市場」を発生させた。
辞めていく者が、現職の作業員や新入りに対して、食事の権利を安値で売り抜ける個人間取引だ。
昼に二人分の食事を注文して片方を夜食に回す者、家族への土産にする者、中には、退職者から権利を買い叩き、それを束ねて転売する者も現れ始めた。
一日に大量の注文が集中すると調理現場が「処理落ち」するため、一日あたりの使用数に制限は設けたが、軍はそれ以外の取引には一切介入しない。
勝手に市場が流動性を持ち、「損得勘定」だろうが、定着率があがるなら、理由は問わない。
次に起きたのが、「配達ギルド」の設立だった。
といっても、それは伝統ある職能団体などではない。配達少年たちは、腕章を外した瞬間に「軍の庇護下にある労働者」から「ただの子供」に戻る。その隙を突き、仕事に溢れた路地裏の少年たちが物理的な襲撃を仕掛けてくるのだ。
これに対抗するため、配達少年たちは身を守るための互助組織――「配達ギルド」を設立した。当初は生存のための自衛組織だったが、組織というものは肥大化し、固定化すれば、例外なく腐敗が進行する。
新規参入者への嫌がらせによる独占、新人への過酷な配達の押し付け。さらには現場作業員と結託し、虚偽の受領報告を上げる「架空注文」による中抜きが横行し始めた。
統制不能な中間組織は、システムにとって不快な雑音だ。
……対処は、極めて単純だった。
「軍公務を妨害する『準国家反逆罪』の重要参考人として、軍特務機関の捜査が始まった」
俺は、そんな噂が「配達ギルドを裏で糸引いている」とされる黒幕の男の耳に、最も効率よく届く経路へ流した。
翌日には、配達ギルドは自発的に解体されていた。
少年たちは再び個体に戻り、怯えながらも、昨日までよりもずっと正確に、軍の予定通りにパイを運び始めた。
他にも軍提供食材に起因する集団食中毒などの不具合は観測されたが、作業効率は仕様通りに収束した。
俺は特別監察室で完成した仕様書を部下に持たせ西部地方へ出向させた。現場にいなくても、回るだろうが、今度は、手元の使える手駒が減ってきた。
午後から、中尉が来る予定だ、手駒の増員を相談してみるか。
午後。
特別監察室に来た中尉は、採点を終え、答案用紙を無造作に裏返すような、平坦で圧倒的な笑顔をしている。
「少尉。参謀本部より通達です。帝都待機命令は、本日を持って解除されました。『終わった』ということです」
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