第28話:星形要塞
勇者が大穴を開けてから二週間後。
消失した大地を補修する――という非効率な作業は後回しにされ、西部地方の国境線には、超大型「星形要塞」の建設が開始されていた。
建設工兵大隊が中心となり、一般作業員が大量に投入されている。一般作業員が必要無くなり次第、新兵器開発部門の新型要塞砲も多数配置予定だ。
新型要塞砲の射程・破壊力は、この世界の技術水準を大幅に引き離している。
海軍司令部が秘匿する『ガチの造船専門家』と同じように新兵器開発部門にも『国家機密の異世界人』がいるのだろう。弾道計算、冶金、あるいは爆発物の専門家。
それにしても建設開始直後だからなのかもしれないが、一般作業員達、朝の集まりは良いが、PA/SA(休憩所)で昼食を食べても直ぐに作業に現場に戻らない者が多い。みんな水代わりにビールを飲んでいる。酔うような度数ではないのだが、個体によって時間効率が悪すぎる。
要塞建設には、延べ数万人の労働者が必要になる。その管理を確立するために、帝都に戻りしだい、南門大改修現場で試験運用を行うこととした。
俺は平原に展開中の部隊を見た。
連合軍としての体裁は解散されたが、帝国軍一個連隊(三千名)は、残存する小型魔物を完全に絶滅させるべく、強行土木で補強されたPA臨時司令部を拠点として残留している。
掃討対象となる小型魔物の推定個体数は、約一万。
「小型」という分類はあくまで便宜上のものだ。その体長は兎ほどのものから、象に匹敵する巨体まで含まれるらしい。事務屋(俺)は、それらを直接目にしたことはない。ただ、報告書の上で刻一刻と減り続ける「負の変数」として処理しているだけだ。
「道の駅(PA/SA)網」の閉鎖は段階的に解除されたが、俺はシステムの再起動と物流の微調整のため、依然として現場に残り続けている。
表面を剥ぎ取り、鋭利な好奇心を帯びた目をした中尉が、隣国に潜入中の斥候からの報告書をめくった。
「少尉。予測通り、勇者は隣国のドラゴンすら絶滅寸前に追い込んでいたようです」
「……最悪の事態だけは、避けられましたね」
最悪の事態。
参謀本部が、地方貴族や冒険者ギルドからの猛反発を押し切ってまで、あの強引な掃討連合軍を組織し、一気呵成に魔物を駆除させた理由。
もし帝国内に魔物を残したまま、隣国の脅威だけが勇者によって排除されていたら――。
障壁を失った隣国は、余剰となった軍事資源を即座に国境へ投入し、強固な軍事拠点を構築し始めただろう。そうなれば、物流と経済の網を広げようとしていた帝国は、戦略的に圧倒的な劣勢に立たされていた。
参謀本部にとって、屯田兵や冒険者の犠牲は「許容範囲内の資産」だった。
何としても、隣国が動き出すよりも一秒でも早く、西部方面の「未定義領域」を帝国の管理下に置く必要があったのだ。
俺は建設中の要塞の図面に視線を落とした。
勇者という「不具合」が消え、世界は再び、設計通りに動き始めている。
中尉は、勇者が消し飛ばしたあとの地図をなぞりながら言った。
「少尉。PA/SA(休憩所)に掲示した開拓団(屯田兵)増員募集広告は、好評のようですよ。」
「……俺も、あれがそのまま採用されるとは、正直思っていませんでしたよ」
俺が提示したのは、前の世界で最も有名と言われた探検家の求人広告の模倣だ。
――求む、勇者の後継者。
――至難の開墾。乏しい蓄え。勇者の火に焼かれた灰土。絶えざる隣国の脅威。生還の保証なし。
――ただし、成功の暁には「英雄の土地」の主として、永遠の名誉と称讃を得る。
何か良い案は無いかと参謀本部に聞かれ、「この世界にはこれくらいの煽りが必要です」と答えたら、二つ返事で採用されてしまった。
増員募集といっても、実際は部隊の再編成、機能強化を図る経営だ。
勇者の一撃で負傷した屯田兵は、全員が速やかに帝都へと輸送され、手厚い治療という名の隔離下にある。「味方の勇者に巻き込まれた」などという不名誉な事実を、大衆に漏洩させるわけにはいかないからだ。
冒険者ギルドも同様だ。彼らにとっての絶対的な象徴である勇者が、帝国民を攻撃したなどという風評は、ギルドの存続に関わる。口を噤むのは利害の一致だ。
それに、俺は嘘を言っている訳ではない。あの西部平原を包み込んだ超越的な閃光の中で、何が起きたのかを正確に認識できた者など、物理的に一人もいないのだから。
現在、帝国内には「帝国軍一個連隊が西部平原の魔物を駆逐し、西部には魔物の脅威がなくなった」という認識が共有されている。
事実、大型・中型の魔物は絶滅し、残った小型魔物は軍が組織的に処理しており、安全が確保され、かつ功績を立てやすい新天地として、志願する者は多いと報告を受けている。
俺の帝都待機命令は限定的に解除されていたが、数日後には帝都へ帰還しなければならない。
参謀本部が俺を帝都に留めていたのは、勇者の寿命という「不具合」の対応のために俺を帝都に残したかったのか、あるいは別の政治的思惑があったのか。
いや、理由や事情を知る必要はない。俺は俺のために命令に従う。
だが、帝都に戻って早々、厄介な仕事が待ち受けている。
建設工兵大隊長から参謀本部経由で放り投げられた「宿題」だ。
発端は、元口コミサイト運営者の彼女である。
なぜ一介の文官である彼女が建設工兵と接点を持っているのかは謎だが、俺が以前、雑談ついでに提示した「いくつかの最適化案」が、彼女の中で「すべてを解決する魔法」として処理されてしまったらしい。
彼女がそれを大げさに吹聴した結果、話が建設工兵の上まで跳ね上がったというわけだ。俺の預かり知らぬところで、期待値が上がってしまった。
俺は、帰還期限の間際まで道の駅(PA/SA)網の調整を続けた。
五日後。
帝都参謀本部 別棟来客用会議室。
目の前に座っている男は、先人異世界人の一人だという。年齢は四十代後半。清潔な身なりだが、その上に年季の入った革の前掛けを纏っているのが、強く印象に残る。
「はじめまして少尉さん。よろしくお願いします」
本題に入る前に事情を聴くと、彼は現在、帝都南門の近くでパイ専門店を営んでいるらしい。元口コミサイト運営者の彼女や、南門周辺の工事に従事する建設工兵の兵士たちが常連で、店ではよく世間話を交わすという。
その中で俺の名が頻繁に上がり、それが兵士たちの間で噂となり、尾ひれが付いて大隊長の耳に入った……。なんとも、古い情報の伝播経路だ。いや、この世界では当たり前なのだが。
「兵士さんから、南門の大改修に参加している一般作業員が、うちの店に昼食のパイを食べに行ったまま、なかなか戻ってこないと相談されましてね。でも買ったお客さんがその後どこへ行こうが、私には預かり知らぬことなんです」
男は困惑の表情を浮かべ、話を続けた。
「ところが口コミの彼女が、少尉さんならこれを『すべて解決する方法』を知っているはずだと大見得を切ってしまいまして……」
……直ちに彼女を呼び出し、軍内部の話は表でしないよう、厳重に注意しておかなくてはならない。それは、軍の機密保持だけでなく、彼女自身を余計な障害から守るためでもある。
パイ職人ギルドから独立し、自前の店舗を構えている。この世界においてギルドの制約を抜けて独り立ちするのは、並大抵の交渉力や技術では不可能だ。目の前の男は、なかなかに優秀な個体のようだった。
建設工兵の現場へ向かう前に、もう少し彼自身の経歴を深掘りすることにした。
男の話によれば、当初はこの世界でも「フードデリバリー」と同じことをしようと試みたらしい。だが、この帝都における「配達」は、店の見習い(徒弟)や路地裏の使い走りの少年たちが、極めて安価な労働力として担う領域だった。
既存の構造に風穴を開けられず、紆余曲折の末、彼は「運ぶ側」ではなく「作る側」として生きる道を選んだという。
彼が白い部屋から持ち出したのは、あのお馴染みの「保温バッグ」だった。
内側にアルミ蒸着が施されているなら、この世界の技術水準では百年後でも再現不可能な宝だと伝えた。男は少しうれしそうな顔をした。
男には、軍の調査結果次第では協力要請を出す可能性があると伝え、面談を終了した。
俺の脳内には、建設工兵の抱える問題を解決しつつ、軍が効率的に現金を吸い上げるための「新たな設計図」が書きおこされ始めていた。
その後、南門の現場へ向かい、建設工兵の責任者から直接事情を聴取した。
その内容は、概ね俺の予測通りだった。
南門大改修現場には、目安として時計台が設置され、昼には鐘を鳴らしている。だが、この世界の住人にとって「時間を守る」という概念は極めて緩い。
一度現場を離れ、街の喧騒に紛れ込んだ作業員たちが昼食から戻る時間はまちまちで、全体の工程管理を著しく阻害し、作業効率を著しく低下させていた。
西部地方で始まった「超大型星形要塞」の建設にも、今後さらに膨大な数の一般作業員が投入される。現場での工数管理の不備は、無視できない。効率の向上は急務だ。
「作業効率の向上」と「軍の現金収入の向上」両立は可能だ。
仕組みは単純だ。
軍が、全てを管理する。
読んでくださり、ありがとうございました。




