表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇権国家計画  作者: 納豆
27/37

第27話:勇者、再び


国境の安全保障と経済機能を同時に強化する――。屯田兵の拠点を「保税倉庫」へと再定義する試験運用が始まってから、七か月が経過していた。


参謀本部から出された俺への帝都待機命令は、依然として解除される気配がない。

一度、中尉にその真意を問うたが、「覇権国家計画のためです」と、録音された音声を再生するような無機質な回答が返ってきたきりだ。


設計者を現場から隔離し、システムだけを独り歩きさせる。その意図を推測することに資源を割いても意味はない。


俺がこの世界に来て、五年以上の月日が流れた。


初期に着手した農業革命は、控えめに言っても「大成功」の部類だろう。今年の収穫予測は、地域差こそあるものの帝都周辺で平均二倍以上。条件の揃った特区では、従来の四倍という爆発的な数値を叩き出している。


この世界の技術水準で再現可能な肥料や農薬には限界があるが、製法が確立され、量産が比較的容易なものはすでに全土展開が可能な段階にある。


これを「いつ」「どこへ」投下するか。それはもはや俺の職分ではなく、参謀本部と地方貴族の間で交わされる、極めて政治的な「配分」の問題となっていた。


かつて、家庭菜園が趣味だと言っていたあの主婦に、保湿剤(化粧水)を作ると約束したことを忘れたわけではない。


新兵器開発部門では、現在、高真空を維持可能な精製ボイラーと精密蒸留設備の開発が進んでいる。軍事転用が目的だが、俺はそれを流用するつもりだ。

もっとも、保湿剤に不可欠な高純度グリセリンの精製には、あと数年は試行錯誤が必要だろう。


特別監察室で、いつものように各地から届く雑音混じりの報告を精査していた時、中尉が入室してきた。


中尉は、わずか数行の文字が書き込まれた一枚の紙を、俺の机に差し出した。


無表情のまま。まるで、すでに確定した破滅を「贈答品」として差し出すかのように。



勇者観測班報告

――西部山脈地帯:大型魔物 絶滅を確認。


――西部山脈地帯:中型個体数微減 残推定二百。


――西部平原地帯:大型魔物 絶滅を確認。


――西部平原地帯:中型個体 激減 推定三十。


――各地小型魔物:生息地の変更予測不可。


――異世界人「勇者」:死亡見込み。推定二か月。


備考:西部平原地帯 中型個体 近郊冒険者ギルドにて絶滅可 冒険者消耗 推定七割。



「……勇者が、死ぬ」


俺は、思考の処理が一時的に停止するのを感じた。


勇者。この世界における最大級の「暴力的なインチキ」であり、生態系の頂点に君臨する魔物を駆逐し続ける、いわば外付けの「浄化装置」だ。


その彼が死ぬということは、彼がこれまで抑え込んできた「自然」という名の暴力が、再び帝国へと流れ込むことを意味する。


勇者に張り付いている観測班からの報告だ。参謀本部の直轄部隊なら信頼性は高いだろう。ただ、勇者は俺の作った「道の駅(PA/SA)網」には一切引っ掛からない。


勇者特権などという法的な理由ではない。物理的に、だ。勇者にとって整備された街道など意味は無い。泥濘ぬかるみも、深い森も、絶壁も、彼にとっては移動速度が一切変わらない単なる座標の連続に過ぎないからだ。


ただし、そんなインチキな個体でも食事は必要とするらしい。

冒険者ギルドやPA/SA(休憩所)にふらりと現れた際、消費された物資のログを拾う。そこから周辺地域での「魔物の破砕」や「森林の蹂躙」といった地形変貌の痕跡を繋ぎ合わせることで、観測班はどうにかその足跡を追跡している。


勇者は「再現性のない不具合」だ。俺の新街道、開拓団(屯田兵)計画には、そのあまりに非論理的な性能ゆえに、最初から取り込まれていない。


しかし、覇権国家計画という大局においては、代わりの効かない「戦略資産」であることは疑いようのない事実だった。


「少尉。参謀本部より最優先指令です。勇者を最大限活用する方法を提示して下さい」


中尉は、答えは既に知っている。

ただ、俺がそれを自覚する瞬間を待っている。


俺は、ゆっくりと顔を上げ、無機質な天井を仰いだ。そして、一度だけ深く目をつぶった。


……俺がすべきこと。


俺は、“俺の”覇権国家計画のために、最適解を実行するだけだ。


机の上に西部地方の地図を広げペンを取った。

「中尉。参謀本部より、西部地方の貴族が保有する私兵騎士団すべてに待機命令を出し、西部冒険者ギルドに所属するすべての冒険者を臨時徴兵し、開拓団(屯田兵)は中隊単位に再編成。可能な限り魔導銃を配備させることは可能ですか」


「少尉。……いくら参謀本部でも、それら全てを行うのは無理ですよ」


「西部の全魔物を駆逐します。」


勇者は操作不能だ、だが、勇者が動けば、残りは誤差だ。

あとは参謀本部が上手くやる。


「少尉。詳細を説明してください」


「勇者が越境前に、狩場を整備する必要があります」


俺は地図に書き込みをしながら中尉に、計画を説明する。


「これから西部に魔物が原因の疫病が発生します。軍、騎士団、開拓団(屯田兵)、冒険者の複合軍で、原因の魔物を駆逐します。

全街道及び、「道の駅(PA/SA)網」は閉鎖、一般人の立入りを禁止し、西部地域への物資供給を制限。兵站は軍および従事者を優先します。」


「少尉。勇者はどうするのですか、彼は軍には協力しませんよ」


「近くにいる冒険者が偶然、魔物に襲われれば、勇者は自分で動きます」


俺は、西部地方の地図の国境線をペンでなぞり、“隣国の平地”に円を描いた。

「魔物と冒険者と勇者の配置が重要なんです。軍が冒険者を動かすには徴兵するしかない。軍も出さずに徴兵はできません」


「少尉、これは覇権国家計画として極めて強力な理由です。作戦趣旨だけで構いません。報告書にまとめてください」


俺は急速に作戦趣旨を作成し、中尉に渡した。後は参謀本部がどう判断するかだ。


一か月後。

帝国軍一個連隊(三千名)、連合騎士団(七百名)、屯田兵(五百名)、冒険者(三百名)、合計四千五百名の連合軍が西部地方に集結した。参謀本部は、短期間で連合軍をまとめ上げた。臨時司令部は、一番強固なPAを強行土木で補強して設営された。


作戦は、説明するだけなら単純なものだ。中型魔物は知能は高いが、人間ほどではない。戦力差などお構いなしに人間に向かってくる。


帝国軍一個連隊を主力とし、西部平原地帯へと展開、向かってくる中型魔物を殲滅する。魔物に傷を負わせるも逃がした場合は、周辺を固めている連合騎士団、屯田兵、冒険者が止めを刺す。


俺は、PA臨時司令部で報告を受けることしかできない。

「俺には、魔物の誘導も、隊を動かすこともできない。その知識もない」


作戦は当初の予定通り進んでいる。取り逃がした中型魔物は“偶然全て冒険者へ向かった”が、その都度、勇者が助けに入ったため死傷者は少ない。


倒した中型魔物は三十体以上。そろそろ終わるはずだ。そう思った、その時だった。

遠くてはっきりとは分からないが、中型魔物が、冒険者ではなく屯田兵へ向かっている。


冒険者と一緒にいた勇者が、光の矢となり屯田兵へ向かう中型魔物を貫いた瞬間、西部平原全てに強い光と爆音が響き渡る。


やっと目を開けることができ、平原を確認する。

そこには、直径五百メートルはあろうかという大穴。周りには屯田兵数百名が倒れている。帝国軍一個連隊は速やかに隊を分け、屯田兵の救出と残りの中型魔物の掃討を行った。


多大な犠牲を出しながらも、作戦目標すべての討伐に成功した。


五日後。PA臨時司令部で被害状況の報告を確認した。

最も被害が大きかったのは、屯田兵だった。死者 百三十八名、負傷 九十三名、行方不明 二百七十六名。

――行方不明者は、大穴と共に蒸発したと思われる。


屯田兵の死者、行方不明者合計四百十四名。訓練済み要員と採用にかかった費用、遺族への見舞金。多大な経費が発生してしまった。


「少尉。勇者が冒険者を助けない可能性もあったのでは」


「問題はありませんでした。勇者観測班報告によると冒険者だけでも絶滅可です」


俺は報告書を閉じた。

「勇者が冒険者だけではなく、屯田兵まで助けに行く仕様とは思わなかった」


想定外の挙動はあったが、システム全体としては正常に稼働している。


最後まで、再現性のない不具合だった。

仕様に落とせなかった。

読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ