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覇権国家計画  作者: 納豆
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第23話:海軍司令部


沿岸の村での異世界人拉致。逃走にはヨットと思われる船舶が使用されたという。


もし、それが現代並みの性能を持つヨットであったなら、辺境の沿岸警備が所有するような旧来の木造船では、追いつくことすら叶わなかっただろう。


異世界人が、どこかで見たヨットの絵を描き、それをこの世界の職人が真似て再現した可能性……。

……いや、ありえない。


見た目だけを真似て三角形の布を張るだけでは、それはただの「風を受ける帆」にしかならない。帆の形状は、単なる布ではない。揚力を生むための“設計”が必要になる――すなわち精密な設計図がなければ、揚力を発生させて風上へと進む力は生まれないのだ。


帆は、最初から「飛行機の翼のような三次元的な膨らみ」を持って縫い合わせる必要がある。


それに加え、素材の「伸び」と「強度」の問題がある。

強風を受けた瞬間に布が伸びて形が崩れれば、揚力は消失する。「全く伸びない素材」の代用品、例えばシルクの積層や油加工を何らかの加工で見つけたとしても、さらに致命的なのは目に見えない「船底」の構造だ。


海面下にある「巨大な重りのついたヒレ(キール)」の存在を知らなければ、風を受けた瞬間に船体は復原力を失い、あっけなく転覆してしまう。


やはり、他国にも「ガチの造船専門家」が存在するのは確実だろう。


問題の本質は、他国に専門家がいるかどうかではない。「既存の警備網を突破可能な海洋技術」が敵側に存在することが、この拉致事件によって証明されてしまったことだ。


俺がこれまで心血を注いで構築してきた「道の駅(SA/PA)網」は、陸上の流通を完全に碁盤目で覆い、管理下に置くためのものだった。陸路を逃げる者は、設計上、どこかで必ず捕捉されるように設計してある。


だが、海は違う。

水面にはわだちが残らない。通過を記録する検問所もなければ、強制的に足を止めさせる休息施設もない。


陸の網が完璧になればなるほど、システムから漏れ出そうとする「不純物」は、管理の及ばない海へとその流路を求める。


俺は、今、自らが作り上げた完璧なシステムの「物理的な限界点」を突きつけられていた。


「……中尉。陸上防衛網の再設計に必要な基準データとして、海軍軍令部への『合同監察』は受理されますか?」


俺は路線図から目を離さず、背後に立つ影に問いかけた。

海という名の勝手口が開いた以上、もはや陸軍の管轄に固執している猶予はない。


「少尉。あなたは、海にまで『時刻表』を強いるつもりですか?」


中尉の問いは、冷たい潮風のように俺の耳を通り過ぎていった。


俺は無言で、手元の地図の海岸線に沿って、新たな「管理の鎖」を書き込み始めた。

陸と海の境界面。そこにある「淀み」を解消しない限り、覇権国家計画という壮大な物語は、沿岸部から腐食していくことになる。


数日後。

「少尉。海軍軍令部への『合同監察』は却下されました」


中尉は、何もかもを知っていた。その事実だけを、感情を介さぬ空白のまま、突きつけるような微笑を浮かべている。


「……やっぱり、そうですか」


当然の帰結だ。それらしい理由をこじつけたところで、海軍軍令部から見れば、今回の要求は「帝国の防衛網(街道と港の接続点)に海軍の最新知見が共有されていないのは、お前たちの秘密主義のせいだ」と参謀本部(陸軍)から突きつけられたも同然なのだ。そんな屈辱的な合同監察、受けるわけがない。


中尉の顔が、検証済みのスタンプのような事務的な笑みに変わった。


「しかし、『現代ヨットの構造を知っている異世界人による技術実査』なら許可が下りました。専門家同士の、純粋な知見の照合……という名目ですね」


「……少尉の俺に、単独で海軍軍令部に乗り込めと!?」


思わず声が裏返った。


事務屋の少尉が、独立独歩を地で行く海軍の心臓部へ。そこには、俺のような「聞きかじりの素人」ではなく、国家機密として囲い込まれた「ガチの専門家」たちがいるのだ。


「少尉。参謀本部は、そんな酷いことは致しませんよ。私もヨットの構造を知っている異世界人です。行くのは私とあなたです」


「それでも、二人じゃないですか」


「私の顔は少々『政治的』に過ぎる。だから、実務者としてのあなたの『事務的な視点』が必要なのです」


俺は食い下がった。

相手は閉鎖的で、プライドの塊のような海軍の専門家集団だ。そこに、参謀本部の不気味な切れ者(中尉)と、若手事務官の二人きりで乗り込む。護衛すら室内には入れないだろう。

物理的な危険はないにしても、精神的な圧死は免れない。

抵抗むなしく、三週間後、海軍の艦型試験池および付属実験部へ到着した。


馬車の中での三週間、俺は海軍の用語集と現行の船舶配備表を記憶から絞り出し、彼らの『言い訳』を封じるための論理を構築していた。

中尉から聞かされたが、やはり海軍の秘匿する『ガチの造船専門家』に拝謁することは叶わないようだ。


『国家機密の異世界人』。帝国の至宝、最優先保護対象。


俺がこれまで会ってきた先人異世界人たちは、家庭菜園の主婦、日本刀マニアの店長、そして時刻表を拝む電車オタク。断片的な知識を持った、愛すべき『趣味人』たちだった。


対して、二個分隊が昼夜を分かたず張り付き、移動には参謀本部の影(中尉)が同行する俺は、彼らよりは『交換不可能な資産』として評価されているらしい。

(……ただの事務屋をここまで囲い込むとは。帝国というシステムは、よほど『秩序』に飢えているらしいな)


潮の匂いがした。帝都では感じたことのない、管理の外側の匂いだ。

初めに海軍の技術将校へ挨拶だ。社会人は第一印象が大切だ。


「大佐殿。帝国軍参謀本部、特別監察官の少尉であります。本日はお忙しい中、『新型帆走システムの技術実査』のお時間をいただき、感謝いたします。

海軍の誇る革新的な技術を拝見できること、一人の『道造り』として楽しみにしておりました」


「……ほう、君が例の『街道少尉』か。参謀本部の若造が監察に来ると聞いていたが、随分と粋なコマを寄越したものだ。だが君の敷いた道のおかげで、我々の物資搬入も随分と合理的になったのは事実だ」


「恐縮です、大佐殿。先日の誘拐事件を受け、参謀本部では『未知の機動力』への対策が急務となっています。海軍が保有するこの『ヨット』を技術的な基準として、我が国の防衛インフラがどこまで対応可能かを、この目で見極めさせていただきたいのです」


……海軍では俺に『街道少尉』という二つ名を付けているのか?初めて聞いたぞ。

おそらく、俺が整備した物流網による経費削減率を、彼らなりの隠語で「街道」という変数に置き換えたのだろう。


それにしても中尉、気配を消しすぎだ。さっきまで隣にいたはずなのに、今ではまるで背景の波止場の一部か、あるいは最初からそこにいた備品のような自然さで佇んでいる。


これが「政治的」な透明化か。下手に目立たず、しかしすべてを観察する。事務屋の究極系を地で行っている。


……覚えておこう。


俺と中尉は、秘密供覧海区の桟橋の指揮所へ移動した。


ヨットを見て、俺は驚いた。


帆の角度が、四十度を切っている完全に現代の揚力理論が反映されている。回頭、そこから元の巡航速度に戻るまでも早すぎる。

目測だが、十五ノット(時速二十八キロ)くらい出ているんじゃないか。


数字だけ見れば現代の原付自転車より遅いが、道のない海の上、それも人力や馬力なしで、風の力だけでこの速度を維持している。


この世界の商船が八ノットそこらだとすれば、あいつらは既存の物流を『倍速』にしたわけだ。

……街道を作る俺からすれば、馬車を特急列車に変えられたようなもんだ。


「大佐殿。この船は『船体速度』の限界を計算して設計されていますね。この全長でその速度を出すには、水の抵抗を物理的にねじ伏せる形状が必要です」


「少尉、私見で良い。他国が、これと同様の性能を誇る船を製造できる可能性はあるか」


「はい、大佐殿。知識だけではなく、莫大な予算と、膨大な人数、時間が必要です」


「……少尉。その知見は、参考になった」


つまり、海軍軍令部は、それが可能な他国に心当たりがあるのか。海洋技術に国家レベルで取り組む国。例えば小さな島の集合体、群島国。多島海国家。

そんなの帝国の側には、一つしかない。


そしてあちらもまた、こちらの「網」を見ているはずだ。


「少尉、勘違いするな。海は君の引いた線の上を走る馬車道とは違う。奴らは風一つでどこへでも消える。事務屋の引く図面で海が守れると思っているなら、滑稽の極みだな」


俺は深く頭を下げた。

「はい、閣下。貴重なご助言を賜り、感謝申し上げます」


(……ああ、そうだろうな。あんたらにとって海は戦場だが、俺にとってはただの『非効率な物流経路』だ。『点』で追うから勝てないんだよ。)


港だけじゃない。沿岸の村、漁港、臨時の荷揚げ場。物資が陸に乗る“すべての接点”に検問と記録を置く、誰が、いつ、何を、どこへ運んだか。帳簿に残らない流通を、この帝国から消す。


俺の頭の中には、すでに"網"の設計図が浮かんでいた。『海から上がった瞬間に詰んでいる状態』を作るだけでいい。



読んでくださり、ありがとうございました。

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