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覇権国家計画  作者: 納豆
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第21話:脆弱性


久しぶりの休日だというのに、中尉に呼び出された。


実際、休日だからといってやることはない。帝都の街並みを目的もなく歩き回るか、実験農場で改良中の果実を眺めるくらいだ。一応、練兵場で新型魔道銃の射撃訓練は続けているが、魔法そのものの鍛錬は早々に切り上げた。俺にはその方面の才能が欠片もなかったらしい。


この世界には、現代のような洗練された娯楽施設はない。映画館も、スポーツを観戦するためのドームも存在しない。

先人たちが持ち込んだ手品や童謡によって、演劇の幅こそ多少は広がったようだが、「チケットを買って座席に着き、静かに鑑賞する」などという整然とした文化は根付かなかった。


観客は演者と一緒に歌い、野次を飛ばし、時には乱闘に発展する。それがこの世界の「興行」だ。ギャンブル好きの異世界人が競馬場を作ったり、騎士リーグを公営ギャンブル化して人気を博しているようだが、あいにく俺の趣味には合わなかった。


この世界に来たばかりの頃、現代の便利グッズやボードゲームを再現して一儲けしようと考えたこともあった。だが、百年以上前から異世界人を管理しているこの帝国には、俺が思いつく程度の「知恵」はとっくに存在していた。


もっとも、トランプのように「規格が厳格に統一されていなければ成立しないゲーム」に関しては、まだこの世界の技術精度では不完全な代物しかなかったが。


特別監察室の窓から、一定のサイクルで発着する軍営定期馬車を眺めていると、仕上げを待つ空白を暴力で埋めるような表情を浮かべた中尉が入ってきた。


「少尉。元レンタルビデオ店店員の彼女が、練兵場から消えました」


その一言で、俺の思考のリミッターが跳ね上がった。


「……消えた? 憲兵の監視を潜り抜けたのですか」


「ええ。手慣れたものです。兵士を買収し、定期馬車と商人の馬車を巧妙に乗り継いでいる。現在、国境近くの都市に潜伏中との報告です」


俺は言葉に詰まった。

帝国は、そして参謀本部は、異世界人の亡命など絶対に認めない。彼女がシステムを拒絶し、管理区域を脱走した瞬間に、彼女は「保護対象」から「機密保持のための排除対象」へと書き換わったのだ。


彼女の“無害認定”は解除された。


中尉の表情は変わることなく、淡々と続けた。


「彼女は、練兵場の兵たちから相当慕われていたようですね。まさか、一兵卒が軍規を犯し、命を懸けてまで彼女を逃がす手助けをするとは。……面白いですね。参謀本部も、ついに“人間”を読み違えた」


「……慕われていた?」


中尉は一度、調査報告に目を落とした。

「粗暴な連中にとって、自分の名前を正確に覚え、預けた装備をいつも新品のように磨いて棚に戻してくれる彼女の存在は、あの殺伐とした檻の中での唯一の『秩序』だったのでしょう。彼女の『完璧な管理』が、兵士たちの心に、軍への忠誠よりも重い恩義を植え付けてしまったようです」


俺は特別監察室の隅に寄せていた彼女が捨てていった、あのバーコードリーダーを見ていた。

彼女は「猛獣の檻」に戻った。実直な「誠実さ」で手懐けたのか、兵たち自ら逃がすように施したのかは分からない。感情という名の不確定要素。


参謀本部の決定など、聞くまでもない。商人の馬車を乗り継いでいるにもかかわらず既に居場所が把握されている。国境付近には開拓団(屯田兵)が展開中だ、既に国境は厳重な警備体制となっているだろう。

後は精鋭の国境警備隊の到着を待ち、作戦を実行するだけだ。


俺は、書類を強く握りしめた。書類が破れそうになった。


俺が構築した「道の駅(SA/PA)網」に引っ掛からず、国境付近まで行けたということは、おそらく協力者は一人や二人ではないだろう。

中尉は協力した兵士と、その『“親族三世帯全て“の“懲戒処分”』は完了済みと言った。


……遅い。今回ばかりは俺にできることは無い。軍令権を持たない俺に、国境で起きていることへ介入する術はない。


次に届く伝令は、おそらく作戦完了――を告げる報告だろう。


感情を排して事務処理を始めた俺の脳は、既に練兵場の備品管理をマニュアル化していなかったことに対する再発防止策を考え始めていた。


練兵場は、新兵器開発部門で試作量産された新型魔道銃などの動作試験場も兼ねている。槍や弓ならまだしも、新型魔道銃の技術流出は致命的だ。厳格な管理が必須だった。


帝国は、教育や指導というコストをかける代わりに、彼女という「誠実な資源」をただそこに置くことで、兵士どもの意識改革という高度な運用を無自覚に遂行していたのだ。その貴重な資源を、失ってしまった。


「中尉。練兵場で行っていた備品管理を詳細に調査し、遵守すべき規則として再構築する必要があります。現地の担当者に、現在の手順の報告書にまとめさせ、特別監察室に来るよう参謀本部から命令を出してください。」


机の上に定期馬車の路線図を広げ、ペンを走らせる。一瞬呼吸が浅くなる。

俺の脳は既にすべての感情を棄却し、“俺の”覇権国家計画のための完全なシステム構築へと変わっていた。


「中尉。“逃亡者”が使用したすべてのSA/PAの通過順、曜日、時間。現在分かっている情報の全てを教えてください」


「今、ですか。“彼女”を尋問すれば、いずれわかりますよ」


中尉の問いに、俺は顔を上げずに応えた。

「直ちに対処が必要です。場合によっては、帝国全土の定期馬車を一時停止させます」


逃亡者をホワイトハッカーとして再定義する。


馬車リースの案内担当として、彼女は俺が構築した「SA/PA網」の警備体制、混雑状況、そして監視の死角をすべて把握していた。彼女が逃げ延びているという事実は、現在の物流網に、設計者である俺ですら気づいていない「脆弱性」が存在することを証明している。


彼女が見つけ、利用したセキュリティホールは、当然ながら他国の間諜も利用可能だ。

もしそれが帝国に敵対する異世界人の手によって悪用されれば、最悪の事態――物流テロや軍事機密の組織的流出が起こり得る。


セキュリティホールは「技術的な欠陥」だけを指すのではない。「人の弱点」を突く心理的な隙もまた、システムの脆弱性そのものだ。


技術的な調査だけでは足りない。組織全体の意識向上と、それを担保する厳格な規則、そして逸脱に対する容赦ない処罰を徹底する。


「中尉。警備体制の更新前と更新直後こそが、最もリスクが高まる魔の時間です。逃走経路上の拠点だけでなく、全SA/PAの警備隊を一時的に増強。監視の密度を最大化してください」


二週間後、俺は「電車オタク」から吸い上げた過密ダイヤのノウハウを転用し、定期馬車そのものを「動く監視塔」とする定時巡回警備隊を運用させた。さらに、現場の兵士には当日まで巡回時間を伏せる不定期巡回班を、本隊とは別の命令系統で稼働させる。


二重、三重の網。これでもう、一人の女性が兵士の「温情」に縋って通り抜けられるような隙間は、この帝国には存在しない。


俺は定時巡回警備隊が安定運用に入るまで、現場の各PAを泊まり込みで回り、物理的なセキュリティを確認し続けていた。

ようやく帝都の特別監察室に戻った時、埃の舞うデスクの上に、一通の未開封の報告書が置いてあった。


日付は、一週間前。


参謀本部の封蝋がなされたその封筒を手に取ると、指先に微かな紙の冷たさが伝わった。

中身を確認した俺の口から漏れたのは、安堵でも悲しみでもなかった。


「思っていたよりも、早かったな」


ただ、それだけだった。


報告書に記されていたのは、「最後のバグ」の修正完了報告。


俺は複数の報告書を麻紐でしばり完了済み案件の書庫へ移動させ、定時巡回警備隊の運用報告書へ目を移した。


読んでくださり、ありがとうございました。

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