第20話:脱落者
ギルドから独立した職人たちを軍が直接保護し、彼らを救貧院での「臨時技術教導補佐」として配置してから二か月が経過した。熟練の職人が直接指導に当たることで、現場には厳格な品質管理体制が構築されつつある。
このまま運用に致命的なバグが出なければ、軍の要求水準を満たした生産体制は、間もなく安定稼働に入るだろう。
もう一つ、これと並行して進めていたのが、ギルドという老朽化したシステムを「オープンソース・コミュニティ」へと強制再定義する計画だ。そのプロトタイプとして、俺は帝都の馬車ギルドをターゲットに選んだ。
背景には、帝都の定期馬車網が順調に拡大したことで、既存の乗り合い馬車や荷運び業者の需要が激減し、馬車ギルド自体の影響力が著しく低下していたという事実がある。
ギルドという保護を失っても、俺が構築した「道の駅(SA/PA)網」という巨大なプラットフォームがあれば、食いっぱぐれることはない。職人たちにとって、それは抗いがたい誘惑だったはずだ。
だが、ギルドを脱退した彼らはまだ気づいていない。
独占されていた「秘伝(技術)」を白日の下に晒した瞬間、それは「誰に盗まれても文句の言えない共有資産」へと成り下がったのだ。
彼らが手に入れたのは自由ではない。組織内の政治闘争から、剥き出しの市場における自由競争(生存競争)へと放り出されたに過ぎないのだ。
ブラックボックスを解体された技術は、やがて平準化され、それを扱う人間は「替えの利く部品」へと置換されていく。
もちろん、俺自身もこの巨大な帝国軍というシステムにおいては、代替可能な部品の一つに過ぎない。
だからこそ、今日も俺は部品としての役目を完遂することにする。
中尉が、新しい玩具を見せびらかす子供のような目で一枚の書類を出した。
「少尉。参謀本部より、「先人」と面談せよ。との指示です。名目は転職相談、実態は軍の人材再配置先を検討報告せよ。ですね」
もはや本来の任務である現場監察からはだいぶ離れてきているが、帝国軍という巨大なマシンの効率を上げるためなら、俺という部品はどこにでも嵌まるしかない。
特別監察室に入ってきた彼女は、元レンタルビデオ店の店員だったという。年齢は二十代後半。この世界では珍しい、度が合っているかも怪しい眼鏡を掛けていた。
そして手には、バーコードリーダーが握られている。
聞くまででもないが聞いてみると、やはりバーコードリーダーは例の白い部屋が絡んでいた。白い部屋で自分でも使える武器を願ったところ、普段仕事で使っていたバーコードリーダーを握ったまま、この世界にいたということだ。
あいかわらず、白い部屋の願いは平等で残酷だ。この世界で軍人でもない彼女が槍や弓を使えるわけはない。だからと言ってバーコードリーダーは酷い話だ。
俺は、同情しつつも仕事の話をすることにした。
彼女の現在の任務は、練兵場で使用される訓練用装備の管理だ。
話を聞けば聞くほど、現場の状況は「事務屋の地獄」だった。
兵士という人種はおおざっぱだ。貸し出した備品を返却しないのは日常茶飯事。破損しても黙って戻すか、どこかに放り出す。
「誰に、何を、いつ貸し出したのか。それは今、どの程度のコンディションにあるのか」
そんな最低限の概念自体が、この世界の軍隊には存在しなかった。
そこに彼女が投入されたわけだ。
「壊れた・汚れたものをチェックし、延滞金を徴収するかのごとく厳格に管理し、元通りにして棚に戻す」
全ての物資が常に、あるべき場所に使える状態で存在する。
現代的な「在庫管理」というルーチンワークの徹底。
前職で培われた「一分の狂いも許さない棚卸し」の概念を持つ彼女にとって、それは適任すぎる任務だった。
だが、問題はシステムではなく、物理的な環境にある。
「……あ、あの。仕事は良いんです。でも、相手が……」
彼女は、震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
傷だらけの鎧に身を包んだ、粗暴で汗臭い兵士たち。備品の不備を指摘すれば怒鳴り散らし、管理用の台帳を汚れた手で掴むような連中だ。
か弱き眼鏡の管理員にとって、そこは職場ではなく「猛獣の檻」に等しかった。
「兵士どもが、粗暴で怖いと」
「はい……。返却を促すだけで、命の危険を感じるんです。あそこは、あるべき場所に物があるという美学が通用する場所じゃありません」
彼女の前職の話は、極めて有用な「収益モデル」のヒントになった。
元不動産屋の時もそうだったが、異世界から持ち込まれた前職の経験則には、この世界の歪んだ利権構造を突き崩すための劇薬が詰まっている。
「……なるほど。返却されないことが、逆に利益を生むケースがあったわけか」
俺の興味を引いたのは、延滞金の話だ。
商品を棚に戻さず、占有し続ける者から対価を吸い上げる。回転率は落ちるが、元から需要が緩やかな資産であれば、それは安定した収益を生み出す「高利貸し」へと変貌する。
このロジックを、俺が抱えている「不良資産」に当てはめてみる。
冒険者たちを「工兵予備役」へと再編した際に、俺は軍の予算を強引に引き出し、大量の帝国基準馬車と専用工具を調達した。だが、現状ではその一部が倉庫で眠っている。帳簿上は「待機備品」だが、動いていない以上はただの死に金だ。
一方で、馬車ギルドから独立を望む若い職人たちは、腕こそあっても「生産手段(道具と馬車)」と「資本」を欠いている。
「……よし。君には、軍による『スタートアップ支援』。簡単に言うと、独立開業を目指す若者への軍による支援事業の案内担当をやってもらう」
元レンタルビデオ店の彼女も興味があるようだ。当然だ、粗暴で汗臭い兵士たちの相手と夢を実現しようする若者たち、どちらの相手をしたかいなど聞くまで出ない。
「……少尉さん。このリース、会員カード……いえ、『ポイントカード』を発行しませんか。貸し出した道具に番号を振って、いつ、誰が、どのPAを通ったかとか修理作業を、その都度記録するんです」
彼女の提案は、ビデオ店の「貸出管理」と「返却履歴」の応用だった。
「馬車の回転率も分かりますし、人気の職人も分かりるようになります」
「素晴らしい。君はやはり、このシステムの『完成図』が見えているようだ」
彼女は「猛獣の檻」から解放された安堵からか、眼鏡の奥の瞳に生気が宿っているように見えた。
しかし、俺が彼女に提示したのは、軍による『スタートアップ支援』という名の、極めて悪辣なリース事業だった。
独立を志す若手に、帝国基準の馬車と最新の専用工具を一式貸し出す。
職人は初期投資ゼロで即座に開業でき、軍は基準を満たした高度な技術を持つ人材を確保できる。一見すれば、これ以上ない「救済措置」に見えるだろう。
だが、その実態は、長期契約だ。途中解約は現実的ではない
リース料金と管理維持費、そして「軍属としての登録料」を月額で設定する。独立したての若者が、安定して払い続けるには決して楽ではない額だ。
支払いが完了するまで、彼らは道具一式を軍に「人質」として取られているも同然。勝手に廃業することも、他の都市へ移住することも許されない。
「支払いが遅れれば、君がビデオ店でやっていたように『延滞金』を徴収することになるが、PAには警備隊が居る。安心して欲しい」
「あの、『延滞金』を支払えなくなった人は、どうなるのですか。ビデオみたいに、棚に戻せば済む話じゃないですよね?」
彼女の疑問はもっともだ。その時は、ビデオ店の時と同じようで少し違う。
「逃げようとするなら、憲兵隊を動かして『軍備品の横領』で立件することになる」
彼女が眼鏡の奥の目を丸くした。
「えっ……。それって、その、支援なんですか?」
帝国法に基づく正式な手続きに過ぎなし、破綻は想定済みだと伝えたが彼女は何か考えているようだ。数日考えたいといい彼女は特別監察室を後にした。
……問題はないはずだ。設計は正しい。
だが、彼女は何を見た?
もし俺のシステムに穴を見つけたなら大変優秀だ。
三日後、彼女は再び特別監察室に現れた。
その手には、俺が渡した職人名簿と、彼女自身が書き込んだと思われる「管理改善案」と例の白い部屋から持ち出したバーコードリーダーが握られていた。
それは、個体識別・通過記録の厳格化と、契約同意の可視化だった。
「最初に全部説明しておかないと、後で『聞いてない』って言う人が出るんです。だから、その……最初に、全部サインしてもらうようにしてました」
「……素晴らしい。これで“例外処理”が消える」
俺は満足して、彼女を正式に「軍営リース事業・管理主任」に任命した。
——だが、その平穏は、わずか一ヶ月で瓦解した。
事務室の窓から、一人の若者が憲兵隊に引き立てられていくのが見えた。
馬車ギルドから独立し、希望に燃えてリースの契約書にサインした、二十代前半の若き職人だ。
「少尉、あなたのシステムは正常に稼働していますね」
中尉は、窓の外を見たままだ。表情は分からない。
彼は運が悪かった。
配達の途中で馬が急死し、次のPAへの到着が大幅に遅れた。その遅延が、積み重なり遂に俺の設定した「返却期限(支払い期限)」という名の絶対的なデッドラインを越えたのだ。
「……あ、あの! 彼は、馬が死んだだけなんです! 悪意があったわけじゃ……!」
彼女が俺のデスクに駆け寄ってきた。
眼鏡は歪み、顔は青白く引きつっている。
「少尉さん、彼、憲兵に連れて行かれました! 『軍備品横領の疑い』って……ただの遅延じゃないですか! ビデオなら、銀貨一枚か二枚払って終わりですよ!」
俺は書類から目を上げず、淡々と答えた。
「ビデオ店とは『担保』が違う。彼は軍の資産を預かり、それを毀損し、納期を守れなかった。君が提案してくれた『PA通過記録』によれば、彼は予定時刻を六時間超過している。これは資産の横領、あるいは破壊工作に準ずる重罪だ。……憲兵隊の判断は、軍の規定に照らせば一分の狂いもない」
「そんな……! 彼は、ただ自分の工房を持ちたかっただけなのに……!」
窓の外では、若者が泥濘の中に膝をつかされ、事務的な手続きとして、その手に鉄の枷を嵌められていた。
彼はもう、二度と工具を握ることはないだろう。残りの人生は、軍のプランテーションで「負債」を完済するために消費されることになる。
彼女は、その光景を食い入るように見つめていた。
そして、ゆっくりと俺の方を振り返った。
彼女の瞳に宿っていたのは、敬意でも、感謝でもなかった。
言葉にできないほどの、純粋な「恐怖」だった。
「……少尉さん。あなたは、練兵場の兵士たちよりも、ずっと怖い」
「……何?」
「彼らは、怒鳴ったり殴ったりします。でも、それは生きてる人間だからです。……でも、あなたのこれは違う。
あなたの部屋は静かで、綺麗で、清潔だけど……。ここにあるのは、人を数字に変えて、磨り潰して、最後はゴミみたいに捨てるための『機械』だわ」
彼女は、震える手で胸元の名札——俺が与えた「管理主任」の証——を引き剥がし、デスクに置いた。
「……戻ります。練兵場へ」
「正気か? あそこは君にとって『猛獣の檻』だったはずだ」
「ええ、そうです。……でも、猛獣に噛み殺される方が、あなたの『時刻表』の中で窒息するより、まだマシだと思えましたから」
彼女は一度だけ深々と頭を下げ、逃げるように部屋を飛び出していった。
バタン、という乱暴な閉扉の音が、静かな監察室に不自然に響いた。
中尉はデスクに残された名札を手に取り、いつもの無垢な瞳で俺を見た。
「少尉。あなたのシステムから初めて“異世界人”の脱落者が出ましたね」
俺は書類を見る手が止まった。
「……彼女の作った『管理フロー』は既にマニュアル化してあります。彼女という部品が抜けても、システムの稼働に支障はありません」
俺は、せり上がってきた「鉄の味」を、冷めたコーヒーで無理やり流し込んだ。
彼女が恐れた「機械」は、もう俺の手を離れて動き出している。
誰が泣こうが、誰が去ろうが、帝国全土を網羅するこの「規格」という名の鎖は、止まることも、緩むことも許されない。
「少尉。あなたは本当に、救いのない『平和』を作るのがお上手だ」
中尉の称賛は、冷たい風のように俺の耳を通り過ぎていった。
俺は新しい胃薬を口に放り込み、職人名簿を開いて「処理済み」チェックを入れた。
読んでくださり、ありがとうございました。




