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覇権国家計画  作者: 納豆
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第19話:標準規格


救貧院を軍事サプライチェーンの末端に組み込む「慈善事業」という名の兵站改革は、表面的には極めて順調に推移していた。


だが、三か月ほどの試験運用で、設計段階では見えなかった細かなバグが表面化してきた。俺の手元にある報告書には、無視できない「警告灯」がいくつか点滅していた。


第一に、品質の不均一だ。

熟練度の低い高齢者や、まだ手元がおぼつかない孤児たちが主体である以上、製品のクオリティにバラつきが出るのは避けられない。軍の要求水準を維持するためには、個人の善意や努力に頼らない、厳格な品質管理体制の導入が急務だった。


第二に、市場へのインパクト、いわゆる「民業圧迫」のリスクだ。

安価な「救貧院製」の消耗品が市場に流通し始めれば、既存の製造業者の仕事を奪うことになる。これは単なる競争ではなく、国家による不当なダンピングと取られかねない。経済的な反発はやがて政治的な圧力となり、このシステムそのものを窒息させるだろう。


そして第三に、供給のボトルネックだ。

現時点では平時の需要を満たせているが、有事の急激な需要増——例えば大規模な遠征や防衛戦が始まった際、救貧院のキャパシティが限界を突破するのは目に見えている。


特別監察室の重い空気の中で、俺がこれらのリスクヘッジ案を練っていると、ドアを叩く音が響いた。


「少尉。参謀本部より、また一つ『宿題』が届いていますよ」


入ってきた中尉は、相変わらず非の打ち所がない微笑みを浮かべていた。彼が差し出したのは、参謀本部の朱印が押された指示書だ。


「少尉。生産安定後の『品質維持』『民間摩擦』『供給の柔軟性』。これらを解決し、現行の軍事サプライチェーンをより強固にするための具体的施策を提示せよ、とのことです。上の連中も、あなたの手腕には味をしめているようですね」


俺の本来の任務は、先人の異世界人が主導する作戦の現場監察と、その改善案の提示に過ぎなかったはずだ。それがいつの間にか、俺自身が帝国の次世代兵站を支えるアーキテクチャの設計者に祭り上げられている。


「……軍人は命令に従うのが仕事だ。だが、参謀本部は俺を過大評価しすぎているな」


俺はペンを回しながら、目の前の白紙に大きな円を描いた。その中心に「ギルド」と書き込む。


「一番の問題は、やはりここだ。ギルドという老朽化したシステムが、この国の血管を詰まらせている」


先人の異世界人たちも、繰り返し警告を残していた。「ギルドによる技術の独占は、帝国の覇権国家計画を阻害する。速やかに解体、あるいは再編すべきである」と。

だが、広大な領土を持つ帝国は、各地の有力者や貴族と癒着したギルドとの全面衝突を嫌い、この非効率な慣習を放置し続けてきた。


この世界のギルドは、単なる同業者組合ではない。彼らは「秘伝」と呼ばれる技術をブラックボックス化し、新規参入者を暴力的な嫌がらせで排除する。


現代なら、やる気と資金があれば誰でもパン屋を開けるが、この世界ではギルドの承認と、高額な上納金、そして数年の「下積み」という名の無償労働なしには、釜を持つことすら許されないのだ。


「少尉。ギルドから独立した個人の職人は、帝都だけでもそれなりの数がいます。しかし、彼らの多くはギルドからの圧力を受け、原材料の仕入れを止められ、酒に溺れるか、闇市で細々とその場しのぎの品を作って凌いでいるのが現状です」


「腕はあるが、システムに弾き出された者たち……」


俺は、中尉の言葉を咀嚼しながらペンを走らせる。

無理に帝国全土を一気に変える必要はない。まずは帝都の軍需供給網という、自分の目が届く範囲に絞って、試験的に「部分的な最適化」を施せば十分だ。


ギルドが閉鎖的に守っている『秘伝』を、国家資格(ライセンス制)による公的資産へ強制的に変更する。

ギルドを「オープンソース・コミュニティ」と再定義するするのだ。


「誰でもアクセスでき、誰でも利用できる技術。その代わり、それを正しく扱えることを帝国が保証する」


俺が提案したのは、軍による「公認職人制度」の設立だ。

ギルドを離れ、市場の片隅で燻っている職人たちを軍が直接保護し、彼らに救貧院での「臨時技術教導補佐」という官職を用意する。


彼らに、帝国軍への協力に応じた『貢献スコア』を与える。納品物の精度、納期遵守率、そして何より救貧院での指導実績。スコアが高い者には、軍需品の優先発注権や、将来的な免税措置、軍属としての年金受給権まで与える。


俺はペンで「秘伝の開示」と書き殴った。


その代わり、彼らが抱えている『秘伝』をすべてマニュアル化し、帝国の国家規格スタンダードとして登録させる。隠し持っているだけでは一銭にもならない知識を、帝国の繁栄に寄与する『共通言語』に書き換える。


救貧院で指導に当たる彼は、形式上は軍の一部門に所属する『臨時技術教導補佐』だ。軍属の人間に対する攻撃は、個人への暴力ではない。


帝国軍、ひいては帝国そのものに対する明確な反逆罪。ギルドがどれほど貴族と結びついていようと、軍事公務を妨害した現行犯を庇うほど彼らも愚かではないだろう。


嫌がらせを『同業者間のトラブル』から『国家への反逆』へと、法的に強制格上げする。


だが、それをやればギルド側は黙っていない。帝国が長年手を付けられなかったのは、彼らが地方貴族や宮廷の有力者と深く根を張っているからだ。彼らは死に物狂いで抵抗するだろう。軍に協力した職人の工房を焼き、家族を脅し、社会的に抹殺しようとするはずだ。


以前、俺は「利権」を損得勘定と読み間違え、貴族の「支配権」まで認識できていなかった。人間は時に、金貨よりも感情やメンツを優先する。ギルドの感情的な暴走を抑え込む「最後の一押し」が足りない。


思考の渦に沈む俺を、中尉が猛禽のような鋭い光で見つめていた。


「少尉。簡単な解決方法がありますよ。軍属となった職人やその家族に『不幸な事故』が起きた場合――『実行犯を捕まえて満足するほど、我々は寛容ではない』。そうギルドマスターに直接耳打ちすればよいのです。もし事故が起きれば、所属ギルドの幹部全員を『教唆犯』として拘束し、例外なく『軍法会議』に引きずり出す、と」


軍法会議。その響きに背筋が寒くなる。通常の裁判なら賄賂やコネで執行猶予を買い取れるが、戦時下の論理で動く軍の法廷に、民間のコネは通用しない。


末端犯罪で幹部を逮捕する、それは現代の暴対法の考え方と同じだ。


嫌がらせ一つで、ギルドという組織そのものが「全ロスト」するリスク。組織運営に長けたギルドマスターであれば、その極大のリスクを正しく計算し、恐怖する。


そして職人本人のみならず、家族も軍の福利厚生下に置くことで「リーガル・シールド(法的盾)」で守り、工房を「準軍事施設」とすることで放火や破壊工作からも守る。


……以前から思っていたが、この中尉は何者だ。政治・軍事にこれほど精通したサラリーマンなどいるだろうか。元シンクタンクの研究員、あるいは、汚い政争に敗れた元政治家か。


――いや、詮索はやめておこう。詳しく知れば、俺が切望する「快適で安全な隠居生活」が遠のく気がする。


「職人は、安全と名誉を手に入れ、救貧院は高度な技術を手に入れ、軍は安定したサプライチェーンを手に入れる。三方よしの完璧な取引だ。……ギルドを除いては。」


しかし、ギルドは非効率だが、無秩序な粗悪品の氾濫を防ぐ最後の防波堤でもある。


そして徒弟制度は、技術を守ってきただけではない。

この世界では、十歳にもなれば子供は工房に預けられる。

そこは技術を学ぶ場であると同時に、一人前として社会に接続される“居場所”でもある。


……だからこそ、壊せば後戻りはできない。行き場を失った子供は、救貧院の門を叩くしかない。

——そして、その手はやがて軍需品を作る側に回る。


そこまで考えて、俺は一度だけペンを止めた。


——だが。それは同時に、労働力の供給が制度的に保証されるということでもある。


俺は“俺の”覇権国家計画のために、感情を排した最適解を実行するだけだ。


俺は書き上げた書類を中尉に手渡した。


軍法の解釈は、中尉と参謀本部に任せよう。俺ができること、まずは名簿作りからだ。帝都でギルドに睨まれ、酒に溺れている腕利きを片端から勧誘する。


口説き文句は決まっている。『あなたの技術を、帝国の規格スタンダードにしたい。職人として、歴史にその名を刻みたくはないか。


職人という人種は、頑固だが名誉に弱い。自分の秘伝が、帝国全土で使われる教科書になるという誘惑に勝てる職人は、そう多くないはずだ。


「少尉、あなたは本当に、人の心の『脆い部分』を突くのがお上手ですね。まるで人の心まで、歯車の噛み合わせのように計算している」


「俺は、快適で安全な隠居生活のためにやっているだけです」


俺は冷えたコーヒーを飲み干し、再びペンを手に取った。

特別監察室の窓の外では、夕闇が帝都を包み込もうとしていたが、俺のデスクの上だけは、新しい制度の構築という名の熱気で満ちていた。


ギルドのブラックボックスを軍の法域で包み込み、強制的に「オープンソース」へと解体する。

古びた社会構造を根本から書き換える、静かなる侵略。技術が開かれた瞬間、それは同時に「盗まれても文句の言えないもの」へと変わる。


将来、技術が広まりすぎれば粗製乱造し、職人の価値が下がるだろう。


戦場の高揚感とはまた違う、静かで、しかし確かな支配と混乱の感触が、俺の指先に残っていた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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