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覇権国家計画  作者: 納豆
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208/210

第208話:世界大戦 その九十九


帝国東部第二星型要塞、士官室。


三日前、寸断された線路の復旧作業に当たっていた教導大隊は、『赤旗国』軍の遊撃部隊と激烈な交戦に至った。


最終的な犠牲者は、死者百七十三名、重傷者五十八名。



教導大隊は四百名規模の増強大隊として編成されてはいたが、その半数以上が一瞬にして戦力を喪失。組織としては半壊、定義的には事実上の「全滅(戦闘不能)」を意味していた。


被害はあまりにも甚大だったが、救援部隊の到着後、教導大隊は動ける者だけで鉄路の復旧作業を最後まで完結させた。本来であれば即座に後退し、戦力の再編成に注力するのが鉄則だ。だが、あえて俺は任務遂行の継続を選んだ。



ここで背中を見せれば、戦死した百七十三名の兵たちは無駄死にだったという絶望が部隊を支配する。彼らの血には任務完遂という対価があったのだと、そう考えたほうが、今後も生き残った兵を動かしやすい。


「大尉。第二要塞所属の快速銃騎兵隊が、交戦座標から約四キロ離れた地点にて、投棄された『霧宮王国』製と推定される陸戦砲を発見しました。状況的に、大隊に精密射撃を浴びせてきたのはこの火砲のようです」



少佐は、手にした調査報告書を至極淡々と読み上げた。


「霧宮製ですか。……射程四キロ。帝国の最新鋭陸戦砲とほぼ同等の性能を持っているようですね」


あの時、俺は索敵範囲を半径三キロに設定していた。もし最初から広範囲を警戒させていれば、あの火砲の展開を阻止できただろうか。いや、それは無意味な結果論に過ぎない。何より敵は帝国の軍旗を掲げていたのだ。



仮に目視距離まで接近を許したとしても、あの乱戦の中で彼らを即座に「敵」と識別できた確証など、どこにもない。


士官室の扉を叩く軽い音が静寂を破り、伝令兵が室内へと滑り込んできた。


「街道大尉殿。指令室へ至急お越しください。『一閃』――中佐殿が貴官を呼んでおられます」



『一閃』か。帝国の新聞紙面で毎日のように目にする英雄。俺のような虚飾によって作り上げられた英雄ではなく、三千の砲兵師団を実質的に指揮し、大きな戦果を積み上げてきた本物の英雄だ。


帝国軍に偽装していた『赤旗国』軍の遊撃部隊。その指揮官だけは、“捕虜”としてこの第二星型要塞へと連行してきた。尋問によって、何かわかったのだろうか。



――指令室。


「街道大尉。貴官らの活躍によって、寸断されていた鉄路は完全に復旧した。これで『第一超大型星型要塞』との戦術連携も可能となる。……それと、多くの犠牲を出してしまったことは、真に遺憾に思う」


『一閃』の二つ名を持つ中佐殿の重々しい言葉には、確かな追悼と、苦渋の情が滲んでいた。俺とは違う。凄惨な前線にあってなお、これほどの人間味を出せることこそが、彼が『本物の英雄』と呼ばれる所以なのだろう。



「はっ、中佐殿。部隊に犠牲が出たのは、すべて本官に責任があります。どうかお気になさらないでください」


殊勝な態度を演じてみせると、中佐殿は作戦卓に広げた地図の一点を指し示した。


「街道大尉。敵陸戦砲発見の報は既に受けているだろう。本日、付近で潜伏していた敵遊撃の残党(偽装兵)を数名捕縛した。そして――大尉、貴官が連行した捕虜も、本日捕らえた敵兵も……全員が、我が砲兵師団の正規の部隊章を着用していたのだ」



なるほどな、中佐殿がこれほどまでに申し訳なさを滲ませていた感情の正体は、これだったか。


戦場での鹵獲か、それとも帝国内部からの不穏な横流しか。『赤旗国』軍がどうやってこれほど大量の軍服や軍旗を調達したかは不明だが、よりによって自分が指揮する部隊の部隊章を付けた偽装兵が、味方を攻撃したのだ。中佐殿の心中は察するに余りある。



今後、参謀本部による徹底的な内部監査が行われ、前線における敵味方識別の暗号規定も極限まで強化されるだろう。だが――教導大隊は事実上、全滅した。


残存した少数の部隊はどこか別の実戦部隊へと編入され、大隊副官に過ぎない俺は帝都の特別監察室に戻る。もう前線に出てくることはないだろう。



教導大隊の生き残りたちとは、それなりに付き合いも長い。特に当初から俺の護衛を行ってきた中隊長と、その手慣れた部下たちについては、帝都に戻り次第、再び俺の専属護衛任務に就かせるよう上層部へ具申することにしよう。


中佐殿は、この不気味な流出事件の調査結果は必ず貴官に共有すると約束し、俺の手を壊れんばかりの力で固く握り締めた。



翌日、士官室。


俺と教導大隊の残存人員には、待機命令が下っていた。生き残った兵たちも、重傷こそ免れたものの、心身ともに極限まで疲弊している。俺自身も、痛めた左腕が、今も鈍く疼いていた。


「大尉。何やら熱心に上申書を書いているようですが……あなたが考えているようなことには、なりませんよ」



少佐は、俺の顔に困惑の色が走るのを完全に確信しているかのように、冷ややかに言い放った。


「少佐。教導大隊は全滅、俺は帝都に戻るのでは?」


「大尉。……英雄は敗北しないからこそ、大衆から『英雄』と呼ばれているのですよ」



少佐は、インクの匂いも新しい新聞を、机の上に滑らせてきた。


――『街道大尉率いる精鋭教導大隊、敵の卑劣な偽装部隊を完全撃破! 鉄路の安全を死守す!』


……なんだこの見出しは。



紙面を躍る記事には、死傷者二百名以上という凄惨な数字など跡形もなく消し去られ、敵の姑息な奇襲を事前に見破り、見事に返り討ちにした帝国の「大勝利」として大々的に喧伝されていた。


「大尉。教導大隊には、直ちに兵が補充されるでしょう。そして、大隊の健在を国内外へ誇示するため、間近に迫る『西部諸国横断鉄道開通式典』への参列命令が、参謀本部より下されます」



補充される兵士。捏造される大勝利。身体の傷も癒えぬまま、俺は再び「生きている英雄」として、次の舞台へと引きずり出されようとしていた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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