第207話:世界大戦 その九十八
東部前線、第一超大型星型要塞と第二星型要塞のほぼ中間点。
教導大隊は、『赤旗国』軍に破壊された線路の復旧作業を行うため移動していた。――そのさなか。
「突撃してくる騎馬隊はすべて敵と判定する! 構わん、迎撃しろ! 複合式大型機関銃の射撃準備を急がせろッ!」
防護壁展開車がけたたましい蒸気音を上げて装甲板を押し広げようとするが、それよりも早く、至近距離まで肉迫した敵騎兵の圧倒的な突入速度と猛烈な浴びせ射撃が、教導大隊の防衛線を強引に飲み込んでいく。
遮蔽物の皆無な平原において、泥沼の凄惨な白兵戦が幕を開けた。
俺は速やかに装甲指揮車に乗り込み、音響魔導具の伝声口を掴んだ。
「――全装甲車は軌道上に一列に並び、敵砲兵への視線を遮断しろ! 歩兵は資材運搬車を盾にしながら、第二要塞の方向へ移動を開始せよッ!」
指示を飛ばすと同時に、俺は装甲指揮車の分厚い鉄製の扉を開け、冷たい泥の中に片足を踏み出した。驚愕する中隊長に向けて、「あとの現場指揮は任せる」とだけ手短に告げる。
敵の真の狙いが、この座標への「陸戦砲」による精密な制圧射撃であるならば、同じ場所に留まり続けるのは自殺行為でしかない。装甲の箱(車内)にいれば砲弾の破片くらいはやり過ごせるが、生身の歩兵たちにはそれを防ぐ術など何ひとつないのだ。
俺の乗ってきた装甲指揮車は軽量型で、その気になれば時速十キロ以上の足を出すことが可能だった。だが、それでは護衛の歩兵たちが付いてこれない。俺一人だけが装甲に守られて逃げ出したところで、孤立すればどのみち『その後』など無いのだ。
「――敵騎馬隊、反転! 戻ってきますッ!」
悲鳴のような報告。味方の陸戦砲に巻き込まれる危険すら無視して、なおも騎兵突撃を継続するつもりなのか。それとも――敵の陸戦砲は、連続で次弾を装填・射撃できないのか。
――ドドドドドドッ!
瞬間、鼓膜を激しく狂わせる複合式大型機関銃の連射音が荒野に鳴り響いた。装甲車の狭い視察窓からではその光景を直接捉えることはできない。だが、本格的な反撃が始まったことだけは分かった。
どれほど獰猛な騎兵だろうと、距離さえ引き離してしまえば、機関銃の圧倒的な火線の前には指一本触れることすらできないのだ。
――僅か二十分後。荒野には、血と泥にまみれた兵士たちが折り重なっていた。
「大隊長。損害を報告いたします。……死者百名以上、負傷者多数です」
俺は胸の奥の動揺を押し殺し、「了解した」と短く応じると、即座に一キロの後退を指示した。
敵の狂気的な突進を辛うじて撃退しはしたものの、引き換えに支払った代償はあまりにも凄惨だった。教導大隊四百名のうち、死傷者は実に二百名以上。軍事的な定義において、それは組織としての『実質的な全滅』を意味していた。
俺は荒涼とした空に向けて、赤色と橙色の信号弾を相次いで放った。赤は敵と交戦、橙は救助信号を意味する。
帝国の支配圏内である以上、付近には偽装兵だけでなく、本物の味方偵察部隊もいるはずだ。信号弾を見れば、帝国の勢力圏内で不測の戦闘が発生し、救援を求めている事実は伝わるだろう。
「……大隊長。生き残った敵の指揮官と推定される男、および数名を拘束しました」
応急処置を施しただけの負傷した腕を押さえ、中隊長が連行してきた男たちを示した。捕らえた者たちは、見慣れた帝国の軍服を着用しており、その袖口には帝国の正規部隊章が狂いなく縫い付けられていた。
「お前たちは、『赤旗国』軍の遊撃隊だな。帝国の軍服と軍旗を、一体どこで調達した? 貴官らの本隊、および他の部隊はどの座標に潜伏している?」
「ふん、帝国の犬め。我らが誇り高き赤旗の兵士が、貴様のような男に口を割ると思うな!」
指揮官を名乗る男は、憎悪を剥き出しにして俺を睨みつけ、それきり堅く唇を閉ざした。
俺は左手で軍帽を押さえつけ、深くかぶり直した。左手に鈍い痛みが走り、目をやると赤黒い血がべったりと付着している。どうやら知らぬ間に俺自身も浅くない傷を負っていたらしい。
「……中隊長。手の空いている兵を集め、敵の指揮官以外は――ただちに射殺しろ。部隊章、背嚢の中身、特に書類はすべて回収するのを徹底させろ」
――荒野に、乾いた小銃音が数回響き渡った。
硝煙の煙の向こう、転がる死体がいくつか増えただけで、それ以上の無駄な会話は存在しなかった。
「大尉。……本当によろしかったのですか」
少佐は、いつになく真面目な色のない面持ちで、俺が下した決定をじっと値踏みするように見つめてくる。
「少佐。戦時国際法において、味方の軍服を着用して欺瞞工作を行った敵兵に、捕虜としての権利など存在しませんよ。帝国軍においても、現地での即時処刑は通例のはずです」
平然と言い放つが、厳密に言えば、軍律裁判の手続きすら踏まずにその場で即座に射殺することは、国際法において明確に禁止されている。たとえ形骸化した簡易的なものであっても、形ばかりの裁判は必要なのだ。だが――。
実質的な全滅の憂き目に遭い、敵への憎悪を滾らせている生き残った教導大隊の兵たちが、俺のこの専断をどこかへ訴え出るような真似をするはずはないだろう。
何より、戦友を殺されたのだ。軍規よりも感情を優先する者が出てくるかもしれない。これは、合理的な選択に過ぎない。
硝煙の臭いと、鉄の錆びたような血の臭いが混ざり合う、凍てついた静寂。
――三時間後。
俺の放った信号弾の軌跡を追うようにして、ようやく救援部隊の車列と医療班が、血に染まった荒野へと到着した。
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