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覇権国家計画  作者: 納豆
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205/210

第205話:世界大戦 その九十六


東部前線、装甲列車内。


俺と教導大隊は、比帆諸島共和国からの移住者のうち、兵役に志願した若者七百名と共に、東部前線の新兵訓練施設へと向かっていた。



詰め込まれた若者たちの顔には、祖国を守る高潔な使命感も、戦功を立てる英雄譚への憧れもない。彼らを突き動かしているのは、ただ困窮から逃れるため、あるいは故郷に遺した家族へ仕送りをするという、剥き出しの生存本能だった。


「大尉。兵役に志願した現地の若者たちを、どう評価されますか」



鉄輪の軋む音に混じって、少佐が問いかけてきた。俺は窓の外を流れる荒涼とした前線の景色を見つめたまま、淡々と応じた。


「少佐。究極的に言えば、彼らの困窮は共和国政府の構造的な失政によるものです。暴動という破滅的な選択を避け、兵役という合法的手段で対価を得ようとする彼らの判断は、極めて合理的と言えます」



これは、選択と優先順位の問題だ。帝国に併合され、十年か二十年も経てば、餓死する者などほとんどいなくなる。最低限の近代医療と学習の機会も提供されるはずだ。


その時が来るまで耐え忍ぶか、それとも今、自ら動くか。どちらを選んだところで、死ぬ可能性はあるのだ。



(もっとも――『帝国が敗北する』という第三の選択肢が厳然として存在することを、忘れてはならない。今はただ、西側諸国と南部諸国が、その破滅的な未来を望んでいないというだけに過ぎないのだ)



――第二星型要塞兼新兵訓練施設、指令室。


「貴官が、あの“英雄・街道大尉”か。本当に実在したとはな。会いたかったぞ」


不意に声をかけてきたのは、五十代半ばの、硝煙に燻された歴戦の指揮官を思わせる男だった。その襟元には、『中佐』の階級章が鈍く光っている。



「はっ、中佐殿。参謀本部所属、技術教導特務大隊副官。大尉であります」


俺は完璧な敬礼を維持しつつも、胸の内に奇妙な親近感を覚えていた。まさか――。俺と同じ、異世界から流れてきた同郷の人間なのか。


「街道大尉。連れてきた兵役志願者七百名はすべて、我が砲兵師団で引き受ける。――この『一閃』の二つ名に懸けて、彼らを無駄死にさせるつもりはない。任せてくれ」



……『一閃』。その単語が耳に滑り込んだ瞬間、俺の思考がわずかに凍りついた。新聞の紙面で毎日のように目にする、高名な二つ名だ。帝国には、国家的なプロパガンダとして祭り上げられた二つ名を持つ英雄が数人存在する。――『街道』、『最古参』、そして『一閃』だ(第153話)。


俺以外の『英雄』は、すべて参謀本部が戦意高揚のためにでっち上げた架空の偶像だと思い込んでいたが、この『一閃』は実在する生身の人間だったのか。



あの妙な親近感の正体は、同じ過酷なプロパガンダの広告塔として利用されている者同士の、同病相憐れむ共鳴のようなものだったのだろうか。


――いや、待て。たしかこの男は、今『砲兵師団』と言ったな。


師団を名乗る以上、それは三千名規模の血の通った、物理的な実質兵力だ。その巨大な部隊と指揮官が、文字だけの架空の戦果であるはずがない。



目の前にいるこの男は、俺のような軍部と新聞が作り上げた偽の英雄などではない。凄惨な硝煙の只中で、本物の大戦果を叩き出し続けてきた『本物の英雄』なのだ。


そして――新兵の受け入れ先が「砲兵師団」だというのは、決して悪くない選択肢だ。かつて教導大隊に新兵が補充された際、最初の戦闘で真っ先に命を落としたのは、新兵たちだった(第139話)。



歩兵として目の前の敵と刃を交える近接戦闘の凄惨な泥沼を生き抜くには、彼らの経験はあまりにも浅すぎたのだ。


戦場という狂気の空間における瞬時の戦術的判断、圧倒的な恐怖心への克己、そして長年の訓練でのみ培われる兵士の『直感』――それらを身につけるには、膨大な時間が不可欠なのだ。



ならば、貴重な人的資源を可能な限り磨耗させず、長期的に運用するという意味において、歩兵よりも、後方からの重火力投下を担う砲兵部隊に組み込まれるほうが遥かに合理的と言えた。


もっとも、最前線において、絶対的に「安全」が保証された部隊など存在しない。実際、この俺自身が『流れ弾(大砲)』の直撃を受けて、危うく命を落としかけたことがある(第149話)。



砲兵師団という組織であれば、観測、計算、装填、発射という役割が分業化されている。実戦経験のない新兵であっても、砲弾の運搬や装填などの特定の限定された手順だけを徹底させれば、部隊の一員として機能するだろう。


工廠都市で新たに生産される新型陸戦砲。そして砲兵として経験を積んだ新兵たち。これも参謀本部の長期戦略なのだろうか。



「街道大尉。貴官の部隊には――二週間前に破壊された、鉄路の復旧を頼みたい」


『一閃』の二つ名を持つ中佐殿は、机の上に大判の作戦地図を広げた。『赤旗国』軍の遊撃部隊による急襲で、この第二星型要塞と『第一超大型星型要塞』を結ぶ兵站線が寸断されたらしい。



「敵の遊撃部隊が、いかなる戦術で我が防衛線を突破してきたのかは、未だ全容を掴めていない。だが――英雄と謳われる貴官の精鋭部隊ならば安心だ。期待しているぞ」


強固な防衛線をすり抜け、帝国の勢力圏内で今なお跳梁跋扈する、おそらくは敵の最精鋭部隊。その索敵も終わっていない中で行われる、遮蔽物のない線路復旧作業。



――俺の五感は、微塵も安全を感じ取っていなかった。


読んでくださり、ありがとうございました。

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