第202話:世界大戦 その九十三
比帆諸島帝国領地、海軍庁舎士官室。
「大尉。参謀本部より命令書が届きましたよ」
少佐は一枚の命令書を机の上に滑らせた。そして、手元に残った関連書類の分厚い束を、無造作に置いた。
「少佐。移民希望者の選定ですか」
命令書に躍る文言は、『比帆諸島共和国』から帝国への移住希望者に対する適性検査、および技能判定。現在、帝国は文字通り喉から手が出るほど人的資源を欲している。
近い将来の完全併合を睨み、今のうちから労働力を先取りして吸い上げようというわけだ。
「少佐。移民の手続きなら軍ではなく行政の仕事では? なぜ教導大隊に回ってくるのですか」
少佐は、俺の戸惑う姿を心待ちにしていたような、悪気のない好奇心に満ちた瞳を向けてきた。
「大尉。彼らの移住先は帝国東部後方の工廠都市です。あとは……新兵訓練施設ですね」
――なるほど、実に合理的だ。
行政の役人が島々を巡回して集めた移住希望者を、国境の港や集結地で「教導大隊」が引き継ぐ。
つまり俺と教導大隊の任務は、東部工廠で銃や大砲を作らせる煉瓦のような職人や頑強な農民と、訓練施設での数ヶ月の泥縄式の仕込みで一人前の兵隊に仕立て上げる、粘土のような若者たちを冷徹に振り分けることだ。
実務的な問題として、不穏な空気を孕む彼らの治安維持を行政の役人では担えない。帝国本土への輸送は軍が行うのだろう。実際は彼らが途中で逃げ出したり、暴動を起こしたりしないよう、軍が監視することになる。
(どうせ、俺のあずかり知らぬところで、“英雄・街道大尉”が移民を募っているとでも地元紙に書き立てさせるのだろう。海軍のプロパガンダにより比帆諸島の領海で跳梁跋扈する海賊たちの問題を解決した中心人物が、俺ということになっているからな)
だが、これが帝国による一方的な搾取に過ぎないかと言えば、決してそうとも言い切れない。
比帆諸島の実態を見れば、富を独占する港湾都市の裏で、外縁の島々の農民や畜産業者は、地主や資本家に搾取され、近代的な医療も受けられずにいる。
少なくとも帝国という巨大なシステムに組み込まれれば、餓死や、治療の不在による病死だけは免れる――ということにはなっている。
それに、工廠都市で汗を流す労働者や、前線に立つ兵士に支払われる賃金のほうが、彼らが今手にしている端金よりは遥かに高額なのだ。
――二週間後、移住者向け説明会場。
第一次移住枠は三千名。だが、届いた報告によれば、『比帆諸島共和国』全土での希望者は一万人を超えているという。共和国の首都を擁するこの島だけでも、希望者は四千名近くに達していた。
幼い子供を伴う家族単位の志願者は事前の書類選考の段階で落としたが、それでも一日で捌ききれる数ではない。すべての処理を終えるには、少なくとも二、三週間は張り付く必要があるだろう。
海軍の輸送能力なら、一万人全員を直ちに本土へ送り届けることなど造作もない。
だが、食糧はともかく、受け入れ先となる現地に彼らを収容する住居が圧倒的に不足していた。帝国の動脈である国内鉄道網は、軍需物資の輸送に最優先で割いているのだ。
「大尉。制限は幼い子供がいる家族だけですか。重労働、ましてや兵士に向かない者まで移民として受け入れると?」
少佐は手元の選考書類を流し読みしながら、静かな声を向けてきた。
「少佐。工廠都市の仕事は重労働だけではありませんよ。給食や被服の管理、衛生管理、あるいは購買や配給の現場にも、文字通り無数の人手が必要なのです」
帝国東部に建設中の工廠都市は、既に五千人(第184話)規模での運用が始まっている。移住が始まればすぐにでも六千人、七千人と人が増えるだろう。巨大工廠都市は、体力を遣う重労働だけではなく、日常の生活を支えるために多岐にわたる職種が必要なのだ。
それに――。遠く離れた故郷の家族へ仕送りをするために働くのと、前線で背後にいる家族を守るために戦うのとでは、どちらが人間を本気にさせるか。これは、そういう性質の話だ。
「大尉。……家族を『人質』にするつもりですか」
「少佐。俺は、家族が一緒に暮らす方法を提示しただけです」
俺は決して嘘をついたり騙したりするわけではない。
彼らは正当な労働機会とそれに見合う賃金、そして望んでも手に入らなかった近代医療と生活保障を、家族単位で受けられるようになる。帝国は希望する移住者たちへこれ以上ないほど「人道的」に、それらを提供するだけなのだ。
――少佐の乾いた目線を受け流しながら、俺は面接の開始を告げた。
読んでくださり、ありがとうございました。




