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覇権国家計画  作者: 納豆
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201/210

第201話:世界大戦 その九十二


比帆諸島帝国領地、海軍庁舎上級士官食堂。


上級士官食堂の重厚な円卓。大佐殿は極上の羊肉の蒸し焼きを豪快にナイフで切り分け、満足げに脂の乗った口元を拭った。


「良い話というのはな、街道大尉――『比帆諸島共和国』が、いよいよ我が帝国への編入手続きを具体的に進めることで合意した」


「編入。……ですか」



『比帆諸島連邦』は、無数の大小様々な島々がそれぞれの利害関係で結びつき、長らく奇妙な均衡を保ち続けてきた群島国家だ。しかし、連邦政府の無策に不満を募らせた一部の島々が、かつて独立を宣言(第88話)。


独自の政府として『比帆諸島共和国』を設立したことで、この海域は泥沼の内戦状態へと突入した。その後も列強による過酷な代理戦争の舞台(第96話、第167話)に仕立て上げられた結果、共和国は実質的に帝国の保護国としての地位を余儀なくされていたのだ。



共和国にとって、帝国への正式な「編入」は元より悲願でもあり、決して突飛な話ではない。むしろ、帝国上層部と共和国政府の間で、周到な水面下の調整が完了したということなのだろう。


「街道大尉。お前が提出した案を基に実施した演習が、共和国政府の決断を後押ししたらしいぞ」



大佐殿は優雅に煙草の煙を流し、すべてが計算通りだと言わんばかりに不敵に笑った。


「た、大佐殿……。仰っている意味が分かりかねます」


俺は冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じながら、必死に平穏を装って声を絞り出した。



俺が立案した帝国と『合衆国』による合同演習は、あくまで『霧宮王国』に圧力を加え、破滅的な開戦を未然に防ぐための純粋な防衛的示威に過ぎなかったはずだ。


「街道大尉。先日の演習で見せた霧宮の無言の威圧、そしてあの所属不明船の爆破事件だ。あの武力衝突寸前の極限の緊張感こそが、共和国政府に『取り返しのつかない強烈な危機感』を植え付けたのだ」



確かに単純な軍事力を比較するならば、『比帆諸島共和国』単体で『霧宮王国』の侵略を防ぐことなど到底不可能だ。


――自国の安全保障と、経済的な安定。



だが、その土台を覗き見れば、共和国内のインフラを隅々まで整備したのは帝国の政府開発援助(ODA)である(第79話)。


帝国の資本と技術が流れ込み、港湾施設は拡張され、街道は隅々まで舗装され、見捨てられたような小さな村々にまで帝国製の農機具や羊毛処理設備が並んだ。


その結果、共和国の主産業である羊毛製品の生産量は飛躍的な向上を遂げた。しかしその代償として、国家の生命線である食料自給率は改善することなく、穀物の大半を帝国からの輸入に依存せざるを得ない歪な構造が完成した。



もっとも、これらはすべて、帝国が共和国の対外依存度を極限まで高めるべく画策した結果なのだが。


これで比帆諸島の半分は、名実ともに帝国の領土へと組み込まれることになる。さらに『西部諸国横断鉄道』の開通により、西部周辺国と帝国との間には、かつてない強固な経済的つながりが始まろうとしている。


南部諸国からは、すでに「義勇兵」という形骸化した名目の正規兵一万人が送り込まれ、帝国東部の防衛網へ機械的に配置されている。



帝国は今、文字通りこの大陸における『絶対的な覇権国家』の座へと登り詰めようとしている。――だが。


俺はゆっくりとナイフを置き、慎重に言葉を選びながら問いかけた。


「大佐殿。この覇権国家の誕生を、あの『霧宮王国』や『赤旗国』が、黙って容認するとは到底思えません」


「街道大尉。帝国を仮想敵国と定めているすべての国家が、お前と同じ結論に至るだろうな」



大佐殿の言葉は酷く冷ややかだった。これから先、帝国と経済的な紐帯(ちゅうたい)を持たない国家は、否応なしに血の選択を迫られることになる。


帝国の覇権を受け入れて相互依存の構造に組み込まれるか。さもなくば、大陸の覇権を否定するために『霧宮王国』や『赤旗国』に加担し、帝国に銃口を向けるか。


弱小国には、もう中立などという生ぬるい選択肢は残されていないのだ。



世界を二分する破滅の引き金になりかねない話の、一体どこが良い話なんだ。帝国軍人はどいつもこいつも頭が狂っているのか。


だが――長期的な国家戦略という天秤に賭けるならば、この計画を完全に否定しきれないのもまた事実だった。


帝国の最終目的である『覇権国家計画』。経済と技術の相互依存によって戦争を抑止するためには、何よりもまず帝国東部の『赤旗国』の侵略を阻まねばならない。



帝国東部に控える巨大工廠都市の生産力を限界突破させるためには、膨大な資金と、何より人的資源が不可欠だ。経済の側面で言えば、帝国の『西部諸国横断鉄道』が莫大な外貨を稼ぎ出してくれる。


帝国が列強の筆頭であるからこそ、莫大な国債を発行し、この歪な軍拡を維持できているのだ。



そして、今回の編入によって『比帆諸島共和国』の民、とりわけ困窮に喘ぐ貧困層は、生きるための仕事を求めて国境の消えた帝国本土へと大挙して流れ込むだろう。


そのうちの何割かが、生計を立てるために銃を握り、新兵としてあの地獄の東部前線へと送り込まれるはずだ。



世界を巻き込み、すべてを呑み込んでゆくこの終わらない戦争の渦から、生きて抜け出す方法は、まだどこにも見当たらなかった。


読んでくださり、ありがとうございました。

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