第198話:世界大戦 その八十九
――轟音。
帝国と霧宮、両軍の主砲が互いを捉えかねない緊迫の海域のど真ん中で、突如として海面が垂直に裂けた。
俺はとっさに双眼鏡を覗き込んだ。水柱を突き破って漆黒の煙が立ち上り、洋上に現れた所属不明の木造船が、粉々に吹き飛んだのだ。
比帆諸島沖合、『合衆国』蒸気機関式曳船の甲板。
――「霧宮が撃ちやがった! 所属不明船が大破!」
――「敵襲! 総員、戦闘配置!」
――「被害状況の確認を急げ!」
『合衆国』の兵士たちは大混乱に陥っていた。極限状態において敵の目前で起きた謎の爆発は、完全に『敵の奇襲』と誤認される。今、どちらかが一発でも放てば、それが引き金となって大戦の戦火が燃え広がるのだ。しかも俺を巻き込んで。
「大佐殿! 橙色の信号弾を上げ、帝国が救助活動に入ると全艦に示してください。それと、本官の指揮巨大艦への乗船許可を!」
俺は努めて冷静に、しかし声を張り上げて大佐殿に具申した。
「街道大尉。救助艇を出せというのか? 何故だ、敵の奇襲だぞ!」
「大佐殿! 今必要なのは、第三国の目撃者です。本官が直接説明します!」
五日前、参謀本部に提出した仕様書へ加えておいた保険を使うしかない。
『環山連邦』は戦後賠償のために帝国東部後方の巨大工廠都市へ多くの人的資源を派遣している(第178話)。その中には技術将校も含まれている。これこそが俺の仕込んだ保険――『環山連邦』の観戦武官だ。
第三国の観戦武官に対し、帝国はどこよりも早く救助信号弾を打ち上げ、負傷者救出のために救助艇を出したという事実を見せつけなければならない。
(あれが霧宮の攻撃なのかは分からない。だが、仮に大戦へ突入したとしても、帝国からは一発も撃っていないと観戦武官に証言させ、国際社会に帝国の正当性を訴えるしかないのだ)
煙草の灰が落ちる刹那の静寂の中、大佐殿は吸い口からゆっくりと唇を離し、静かにこちらへ視線を移した。
「……街道大尉。救助班の指揮はこちらで行う。お前は指揮巨大艦に乗船している観戦武官に現場を見せろ」
「はっ、直ちに遂行いたします!」
俺は大佐殿とともに連絡船に乗り移り、指揮巨大艦へと移動した。
もしここで戦闘になったとしても、指揮巨大艦ならば敵の砲撃を受けても一撃で沈むことはないだろう。一時的ではあるが、俺の安全は確保されたわけだ。
――指揮巨大艦司令塔。
「大尉。さすがに余裕がないようですね」
少佐は手帳で口元を隠し、小声でささやいてきた。
「少佐は、余裕そうですね」
(少佐の姿が見えないと思ったら指揮巨大艦にいたのか。相変わらず抜け目がない。しかし、いつもの軽口で少し落ち着いてきた。もしかして慰めてくれたのか……いや、この男の場合はただの嫌味だろう)
「少佐。『環山連邦』の観戦武官に、帝国がどの国よりも早く救助活動を開始したと証言してもらいます」
「大尉。救助艇に同乗させるのは危険ですよ」
「現場に行かなくても確認させることは可能です」
この指揮巨大艦に係留している気球を下ろすには時間がかかるため使えないが、観測気球を搭載している船は他にもある。連絡艇で移動し、そちらを使えばいいのだ。
係留気球は上空にある。あれを大砲で撃ち落とすのは、そう簡単なことではないはずだ。
俺も気球に乗り込み、観戦武官に直接説明するのが最も効果的だ。それに救助活動終了後、観戦武官と一緒ならば再び指揮巨大艦に戻ることも容易だろう。
帝国海軍は洗練された礼遇や厳格な階級制度を持ち、軍隊としての規律は非常に高く保たれている。現に指揮巨大艦の指揮系統に混乱は見られない。
だが、『合衆国』もそうだとは限らない。先ほどの曳船の兵たちは明らかに動揺していた。いや、実戦経験のない技術者や事務方が多かっただけかもしれないし、命令もなしに撃つことはないだろうが……。
霧宮の動向は、いまだ掴めずにいる。帝国の放った救助信号弾を前に静観を決め込んでいるのか、それとも反撃の陣形を敷いている最中なのか。
観戦武官を伴い気球に乗り込み、帝国の救助活動を見守っていた俺は、ある違和感を抱いた。距離があるため双眼鏡でもはっきりとは確認できないが、生存者の姿が見当たらないのだ。
もちろん、一人も助け出すことができなかった可能性はある。――だが、あの木造船という船体そのものが不自然だ。霧宮の主力艦はすべて鋼鉄製のはずである。少なくとも、あの規模の木造船が正規に就役しているとは考えにくい。
――霧宮側の偽装工作か。それとも、まったく別の勢力によるものなのか。
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