第194話:世界大戦 その八十五
比帆諸島帝国領地、海軍庁舎大会議室。
『合衆国』製新型陸戦砲の実演演習は終了し、重苦しい空気の中で実査会議へと移行した。
壇上の大佐殿が、事もあろうに俺を「陸軍参謀本部より招聘した実査担当官」と紹介した瞬間、俺は胸の内で静かに軽い殺意を覚えた。
だが、事前通達なしの事後報告で厄介事を押し付けてくる手口は、参謀本部と完全に一致している。ここで騒いでも損をするだけだ。俺は即座に引きつる顔を無理やり平然とした表情に戻し、諦めることにした。
技術評価などと言えば聞こえはいいが、要はただの儀式だ。政治的な根回しはとうに済んでおり、先行して二百門の導入はすでに覆らない決定事項であるようだった。
そして、ついに実査担当官としての公式な見解を求められた。――だが、俺の対応は決まっている。
「帝国製の陸戦砲と比較した場合、射程の面では一歩譲るものの、そのぶん徹底した軽量化が施されております。高い陣地転換能力と数を揃えた面制圧が可能です。反面、過酷な連続射撃による砲身の摩耗や構造上の防御力の低さには注意を要します」
聞こえはいいが、要するに「一長一短だ」という、非の打ち所がない当たり障りのない意見で押し通した。
さらに、「これで前線は維持できるか」と戦術的な実効性について踏み込まれた際も、俺は間髪入れずに予防線を張った。
「本官は、あくまで技術実査の担当官に過ぎません。せっかくのご諮問ではございますが、形式上、前線の戦術運用についてお答えする権限は持ち合わせていないと愚考いたします」
ここで迂闊に「使える」などと言えば、「では大尉、技術教導特務大隊を率いて前線で実戦試験を行え」と、最悪の命令が下りかねないからだ。
――数時間後、士官室。
「大尉。先行導入する陸戦砲の一部は、海軍に配備されるようですよ」
少佐は、俺の混乱を誘う情報を平然と手渡し、その反応を試すように見つめている。
「少佐。頼むので、その手の情報を俺に言うのは止めてください」
(知らなくても良い事情は知るべきではない。俺が前線に回されたらどうするつもりなのだ。それにしても、この男はなぜ海軍の内部情報まで知っているんだ?)
だが、海軍艦型試験池の大佐殿が実演演習に参加している理由は分かった。おそらくではあるが、海軍の上陸部隊で使用している陸戦砲もまた、致命的に不足しているのだろう。
いや、正確には海軍の上陸部隊ごと、東部前線の泥沼にすり潰されに派遣されているのか。帝国の兵站破綻は、俺が想定していたよりも遥かに末期症状なのかもしれない。
「大尉。本心で答えてください――『覇権国家計画』の視点で評価した場合、『合衆国』の陸戦砲導入をどのように評価しますか」
「少佐。『覇権国家計画』を前提とするならば、合衆国の技術導入は時期尚早です」
――『覇権国家計画』。
帝国が目指している経済と技術の相互依存による戦争抑止。ここ比帆諸島には島ひとつが丸ごと帝国領として機能する拠点があり、南部諸国からは義勇兵という名目の正規兵一万人がすでに派遣され、防衛網に組み込まれている。
さらに西部においては、帝国主導の『西部諸国横断鉄道』が始動しており、周辺のほとんどの国家がこの経済圏への参加を表明している。張り巡らされた鉄路によって、諸国は帝国と一蓮托生になる。
だが、真の意味で大陸全土の国家を相互依存の鎖で縛り上げるには、兵器を含むあらゆる戦略物資の「規格」を、帝国が主導権を握らなければならないのだ。
「では、大尉。あなたなら『合衆国』をどう使いますか?」
「少佐。合衆国からは砲身や閉鎖機などの基幹部品だけを購入し、それらを載せる砲架や砲弾はすべて帝国で製造すべきです」
合衆国から買い付けるのは、あくまで『未完成の鉄の筒』に過ぎない。この形式を貫けば、深刻な兵站不足を補うために、一部に外国製部品を流用した「帝国の陸戦砲」を一時的に配備しただけ、という強弁が成り立つ。
要するに、ただの時間稼ぎだ。前線が持ちこたえている間に、帝国独自で構造を徹底的に簡略化した陸戦砲を作ればいいのだ。もっとも、その前線がそれだけの時間に耐えられるか否かは、俺には分からない。
少佐は、何かの確認を終えたように静かに手帳を開き、ペンを走らせて何かを書き留めた。
その満足げな横顔を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
(……待て。もしかして俺は、とんでもない失策を仕出かしたんじゃないか?)
ここから先、待っている未来は二つに一つ。
後方の工廠都市で新型陸戦砲の作成に駆り出されるのか――それとも、前線で時間を稼げと言われるのか。
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