第192話:世界大戦 その八十三
比帆諸島帝国領地、海軍庁舎。
海軍の高速艇は、速すぎる。おかげで僅か二日で到着してしまった。
教導大隊四百名とのんびり輸送艦で移動すると思っていたのに、完全な予想外だ。
俺だけ先行して呼び出すということは、いつものようにその場で突然説明されるのではなく、事前に顔合わせをするか作戦内容が開示されるのであろう。……そう思いたい。
「街道大尉。久しぶりだな、息災でなによりだ」
咥えた煙草の紫煙を深く吸い込み、大きく吐き出しながら声を掛けてきたのは、あの海軍艦型試験池の大佐殿だった(第164話)。
「はっ、大佐殿。ご無沙汰しております」
敬礼は完璧。だが、生存本能が告げる「逃げろ」の警告に、俺の焦りは限界に達していた。
(……なんで大佐殿が居るんだ。最後に会ったのは比帆諸島の問題が片付いた時だから、半年以上前だぞ。いや、この島全体が海軍基地みたいなものだから、居ること自体は不思議ではないのだが)
「大佐殿自らのお出ましということは……海軍が誇る、新兵器のお披露目でありますか」
この男は、兵器の話題になった途端それまでの静けさが嘘のように豹変し、常人には聞き取れぬほどの早口で狂信的に捲し立ててくるのだ。
聞いてはならない機密まで知ってしまう危険はあるが、少しでも早く情報が欲しい。覚悟など微塵もないが、逃げ道を用意できるか否かは生死の分かれ目になる。
大佐殿は、燻る煙草の香を身にまといながら、窓から見える演習場へ目線を向けた。
「新兵器か……。まあ、ある意味ではそうだな。――それよりも、上級士官食堂へ案内しよう。大尉の好物もあるぞ。食事でもしながら、前線の話を聞かせてくれ」
どうも大佐殿の様子がおかしい。以前なら海軍艦型試験池で開発された新兵器を、まるで愛馬を自慢するかのように熱弁するはずなのに、今日の言葉には妙な歯切れの悪さがある。
何やら不穏な気配はするが、海軍の飯が抜群に旨いのは紛れもない事実。ならば、ありがたくいただくことにしよう。
俺は海軍自慢の美味を咀嚼しながら、大佐殿に向けて熱弁を振るった。前線の兵站不足を補うためには、いかに後方工廠都市の機能が重要であるか、と。
参謀本部(陸軍)に属する俺が、畑違いの海軍大佐にこんな話を説いたところで、本来なら何の意味もない。
だが、これは必死の売り込みだった。「俺の適性は後方でこそ発揮される。だから頼むから海軍の作戦に俺を巻き込むな」という、無言の懇願である。
……もっとも、大佐殿とこうして食事をしている時点で、すでに泥舟に片足どころか全身を突っ込んでいる可能性は、あえて考えないことにした。
結局、教導大隊の本隊が到着するまで任務の詳細は伏せられたままだった。だが、開示された主任務は演習場の警備。
俺が率いる「技術教導特務大隊」は、その便利屋じみた性質上、これまで教導の名目で泥をすするような任務をいくつもこなしてきた。
だが、断じて警備の専門家ではない。そもそも、海軍が最高機密を扱う演習場に、陸軍の教導大隊まで警備として呼ぶ必要があるのだろうか。極めつけは、命令書にひっそりと添えられた「海外要人の警護を含む」という特記事項だ。
つまり警備とは表向きの看板で、本当の狙いはその要人との引き合わせ、あるいは海軍による政治的な布石。
参謀本部直属の俺をこの場に同席させ、海軍は陸軍に対して「情報は開示していた」という既成事実を作りたいのだ。後から何か問題が起きても、すべては情報を正確に精査しなかった陸軍の責任――そう言って後ろから刺すための証拠を残すつもりだろう。
(それにしても、なぜ毎回俺がこの貧乏くじを引く羽目になるのか。いったい誰のせいなんだ。……なぜか俺の顔しか浮かばないが、いや、少佐の陰謀って線もあるか。何の救いにもならないけれども)
演習場に現れたのは、『合衆国』の軍服をまとった技術将校たちと、高級な仕立ての背広を着た男たちだった。
「大尉。背広の者は、『合衆国』の外務官です。覚えておいてください」
耳元で不意に囁かれた声に驚く。いつもなら、初めからそこに生えている草木のように完全に背景へと溶け込み、気配を消して政治には決して関わらないはずの少佐だった。その男が、わざわざ警告を発したのだ。
外務官が指さした先には、見たこともない形状の陸戦砲が並んでいた。どうやら『合衆国』製の新型らしい。
――いや、待て。俺はこの異形に見覚えがある。
つい最近、東部前線で『赤旗国』軍から『鹵獲扱い』にした陸戦砲の残骸と、特徴が酷似しているのだ。
なるほどな、新兵器開発部門の連中が、あれだけ破損している陸戦砲を『合衆国製』だと鑑定できたわけだ。彼らには先行して、この陸戦砲のデータが開示されていたのだろう。だからこそ、わずかな残骸からでも特定が可能だったのだ。
しかし、そうなると決定的な矛盾と、恐るべき疑問が脳裏をよぎる。
『赤旗国』軍は、あの陸戦砲をそれなりの規模で前線に実戦投入していた。つまり――。
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