第191話:世界大戦 その八十二
帝都参謀本部、特別監察室。
俺は、机の上に広げた新兵器開発部門の分析結果を、もう一度読み返した。
『赤旗国』軍が東部前線で使用していた新型陸戦砲――その残骸から判明した二つの技術体系。『赤旗国』は二種類の新型陸戦砲を使用している。
ひとつは『霧宮王国』製。これはいい。前線の戦況や過去の経緯から見ても、あらかじめ十分に予測できていたことだ。
だが、問題はもうひとつの『合衆国』製という分析結果だった。
「大尉。敵対関係にあるはずの『赤旗国』が、なぜ『合衆国』製の陸戦砲を使っているのか……あなたは何故だと思いますか?」
対面に立つ少佐が、俺の思考の先回りをするかのように、射すくめるような視線を向けてくる。
「……普通に考えれば、『赤旗国』軍が戦場で『合衆国』から奪取したか、あるいは裏の闇取引で手に入れた、でしょうか」
――だが、それはどう考えても理屈に合わない。
俺は、これまでの経緯を、頭の中で整理し直した。
かつて『合衆国』は、秘密裏に亡命政府『自由比帆諸島』を支援していた。その過程で武器運搬船が、海賊――つまり『赤旗国』軍の敗残兵に襲われ、合衆国製の大砲を奪われる事件が起きた。
比帆諸島の領海で跳梁跋扈する海賊が使用している大砲は、合衆国が提供したものだと周辺諸国に判断されるか。それとも帝国の提案を受け入れるか。『合衆国』は選択肢を狭められた。
紆余曲折の末、『帝国』『比帆諸島共和国』『合衆国』による三か国外相会談という名の取引が成立した(第164話)。
その結果、合衆国は亡命政府『自由比帆諸島』とは一切無関係であり、合衆国の軍事産業に属する商会が正当な取引で運搬していた大砲を、偽装海賊(赤旗国軍)によって不法に強奪されたという、極めて都合の良い物語が、大国間の合意のもとで「事実」として上書きされたのである。
そして『合衆国』は国家の名誉にかけて、『赤旗国』への苛烈なる「報復」を世界へ向けて宣言した。現在も外輪船を主力とする合衆国艦隊が赤旗国の北の海を封鎖し、苛烈な臨検を展開している最中だ。
(絶対に不可能とは言い切れないが……あの規模の艦隊が展開している以上、赤旗国が大量に『合衆国』製の陸戦砲を手に入れられるルートなど存在するはずがない)
闇取引にせよ強奪にせよ、これほどの規模の陸戦砲が前線に行き渡るほど流入するなど、筋が通らなすぎるのだ。
「少佐。理屈の上では不可能です。……それに、もうひとつ大きな疑問があります。なぜ新兵器開発部門は、これが『合衆国』製の可能性があると断定できたのですか?」
あの一件で、偽装海賊から帝国が回収した『合衆国製の大砲』は、外交協定に基づきすべて『合衆国』へ返還されたはずだ。
「……ふむ。理由をお考えですか?」
少佐が楽しそうに手帳を開いた。
俺自身、兵器に関しては基本的な知識しかない。だが大砲という精密機械である以上、構造の根底には設計思想や規格単位が色濃く残る。
砲身の鋳造技術や砲尾の閉鎖機構などは、海で運用する大砲でも、陸で使う大砲でも、ある程度の共通点はある。
新兵器開発部門は、『合衆国』へ大砲を返還する前に、それこそ本体を解体し、完成品から設計を逆算するような解析を行ったのだろう。
だが、それだけの情報で、ここまで明確に『合衆国』製と断定できるものだろうか。もっと精密な、何か特別な情報を新兵器開発部門は持っているのではないだろうか。
「少佐。答えを知りたいですか」
俺は即座に首を横に振り、少佐の目をまっすぐに見返した。
「いいえ。全く興味がないです。関わりたくないです!」
(危なかった。まるで誘導尋問だ、深く知ってしまえば、間違いなく面倒事に巻き込まれる。それだけは、これまでの経験則から、確信を持って言えることだった)
「大尉。残念ながら、参謀本部より、新たな下命です」
少佐は、一枚の命令書を、静かに机の上へ滑らせた。
「――比帆諸島の帝国領へ、出頭してください」
俺は、その文字を見つめたまま、しばらく動けなかった。
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