第189話:世界大戦 その八十
帝国東部、疎水沿い陣地。
――ズオオオオオオオオンッ!!!
先ほどの初弾から十五分後、空を切り裂いて列車砲の二発目が着弾した。水平線の彼方に新たに立ち上る黒煙は二本。少なくとも、列車砲は二門が配置され、砲撃を行っているということだ。
もちろん、仮設線路の敷設速度と列車砲の移動能力から試算して、理論的には「間に合う」という確信はあった。だが、道中に敵の遊撃隊が潜んでいて線路を爆破される危険だって皆無ではなかったのだ。
(列車砲の火力支援要請を、こうもあっさりと受け入れてくれた参謀本部と中佐殿のおかげだな)
「大尉。敵の撤退判断が異常に速い。やはり今までとは戦術教義そのものが変わったようだな」
隣に立つ防衛隊の連隊長殿が、双眼鏡を覗き込みながら尋ねるように語りかけてきた。
「はい、連隊長殿。『赤旗国』軍は、圧倒的な動員兵力による押し込みから、広域の予備砲撃を主軸とする火力主義へ転換しつつあると愚考いたします」
敵はこの新陣地について、「強固な防護壁はあるが、砲は四門しかない」と判断したのだろう。
だからこそ、陣地を完全に消し去るために周辺の砲兵部隊を一堂に集結させた。実際、こちらが包囲されて集中砲撃を受ければ反撃のしようがなかったはずだ。
しかし、わずかな期間で線路敷設を完了させ、列車砲まで投入されるとは敵も予測できなかったに違いない。もっとも、敵がこの新陣地に固執せず、砲兵部隊を集結させなかったとしたら、こちらの作戦自体が成立していなかったわけだが。
水平線の彼方では、黒煙が次々と立ち上り続けている。砲弾が誘爆したのか、それとも兵站の集積所に引火して大火災を起こしているのか。
どちらにせよ、大量の物資を失い、無数の負傷者を抱えた状態では、師団規模(三千名)での組織的な攻撃を継続するのは困難なはずだ。
少なくとも、列車砲の有効射程外までは撤退してくれるだろう。これで俺がいる間は安全になったはずだ。
――二日後。
偵察部隊から敵の完全撤退の報告を受けた俺と教導大隊は、吹き飛んだ敵の集結地点へと調査に入っていた。
足元に広がるのは無数の残骸と、消し炭となった元食料らしき物体。――そして、凄まじい衝撃で大破した新型陸戦砲の群れだ。どの砲も車輪や砲尾が破損している。撤退前に自ら破壊させたのだろう。
「ところで大尉。敵部隊を壊滅させ、撃退することには成功しましたが……参謀本部が望んでいた『新型陸戦砲の鹵獲』はどうなさるおつもりですか?」
少佐が隣に並び、意地悪な笑みを浮かべながら尋ねてきた。俺は溜息をつき、制服の埃を払いながら吐き捨てるように答えた。
「少佐。定義上、多少壊れていようが持ち帰れば『鹵獲』と言えます。仮に原型を留めていなくても、何門分もの残骸があれば、使える部品だけを組み合わせて一門くらい復元できるでしょう」
無傷で奪うのが無理なら、一箇所に大量に集めさせてまとめて破壊し、その残骸を回収すれば良いのだ。
「大尉。もし敵が集結しなかった場合、あるいは列車砲が間に合わなかった場合は、どうされていたのですか?」
「その時は、負傷者を連れて速やかに撤退していましたよ。危険な陣地に負傷者を放置するなど、人道に反しますからね」
俺は、当然のようにそう答えた。
防衛部隊の連隊長殿から直接負傷者の後送を依頼されているのだ。友軍を見捨てるわけでも、参謀本部の命令に逆らうことでもない。理屈の上でも全く問題ないはずだ。
敵が戻ってくる可能性は低いが、回収作業は急がなければならない。俺は教導大隊に指示を出し、速やかに回収作業を開始させた。
見た目ではどれが新型陸戦砲の残骸なのか判別できないが、片っ端から集めて持ち帰れば問題はないだろう。
参謀本部が秘匿している新兵器開発部門。そこには俺のような中途半端な知識を持つ者ではなく、国家機密指定された「異世界人」――本当の専門知識を持った者が何人も存在するのだ。
彼らならば、この無数の残骸からでも分解・測定を行い、その構造や仕組みの一端を解明することが可能なはずだ。
すべての回収作業と負傷者の後送準備が整い、俺たちは疎水陣地を連隊長殿へと引き渡すことになった。
「大尉。貴官のやり方は実に食えないが……我が連隊は全滅を免れ、一個師団規模の敵の撤退させることができた。感謝する」
連隊長殿が差し出してきた手を、俺はしっかりと握り返した。
「いえ、連隊長殿のご理解と、防衛隊の粘り強い遅滞行動があったからこその結果です」
俺は周囲の目を盗み、木箱に入れた高級葡萄酒をそっと連隊長殿に手渡した。疲弊した顔に、初めて人間味のある苦笑が浮かぶ。
「ふっ……ありがたく頂戴しよう。上層部へは、貴官らの戦功を必ず報告すると約束しよう」
「恐縮です」
良心的な現場指揮官と良好な関係を結べたのは大きい。これで「前線を見捨てて逃げた」などと、後から言われる筋合いは完全に消えた。
――帝国東部、第四超大型星型要塞。
要塞に戻った俺は、参謀本部へ速やかに報告書を提出した。
『無傷での鹵獲は敵の自破および爆破処分により叶わなかったが、敵新型陸戦砲の主要構成部品を大量に回収。機密保持のため、教導大隊による直接輸送が適切と判断する』
これで、「鹵獲兵器の輸送」という極めて正当な名目で、堂々と後方の帝都へ戻ることができる。要塞の士官室で温かい茶を飲みながら、俺は深く椅子に身体を預けた。
新型兵器の実戦投入、霧宮と思われる存在からの武器供与、そして激変する戦術教義。前線の戦い方は、日々刻々と変わりつつある。
泥沼化していく、この終わりの見えない戦争。
――戦争終結の未来を、俺は未だに描けずにいた。
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