第188話:世界大戦 その七十九
帝国東部、疎水沿い新陣地。
翌日の昼、前線から下がってきた防衛隊三百名が、疎水沿いの新陣地へと合流した。
「――報告。連隊長以下四百名は遅延戦闘を継続中、こちらに合流するのは明朝の予定です」
息を切らして報告してきた若い伝令兵は、疲弊しきっているようだった。
「了解した。風呂はないが、温かい食事なら用意してある。休んでくれ」
合流してきた兵たちは、若い者が多い。新兵か、あるいは二、三年目か。
(連隊長と熟練兵を残し、若い兵を先に出発させたのか。不合理極まりないな。こちらとしては経験豊富な部隊が欲しかった。だが、熟練兵でなければ遅延戦闘に耐えきれないと合理的に判断したのかもしれない)
――明朝。
遅延戦闘を行っていた連隊長以下“二百五十名”が、新陣地へと合流した。
「連隊長殿。ご無事で何よりです」
俺は完璧な敬礼を捧げ、連隊長殿を出迎えた。
「お互いにな。大尉、負傷者の後送を再度依頼する」
「了解であります」
四百名いたはずの遅延戦闘部隊のうち、合流できたのは二百五十名か。言うならば撤退戦だ、そういうこともあるのだろう。これで合計七百五十名、これだけ人数がいるなら次に進める。
俺は、教導大隊の作業班に対し、陣地後方への突貫仮設線路の敷設作業を命じた。今までも教導大隊は、使い捨ての仮設線路敷設を何度(第116話など)も行ってきた。既設鉄道網からの路線延長、間に合うはずだ。
そして、教導大隊が保有する陸戦砲の有効射程は四キロ。これは、敵の新型陸戦砲を上回る数字だ。高台を使わずとも、着弾の確認が可能な限界距離まで届く。もっとも四門しかないので、多少の足止めくらいしか期待はできない。
そもそも、これほどの兵力差がありながら帝国軍がこれまで持ちこたえてきたのは、兵器性能の差があったからに他ならない。あの前線陣地も、陸戦砲さえ失わなければ、まだ耐えられていたはずなのだ。
戦闘が始まれば、蒸気機関を使用した土木作業は出来ない。砲撃を受けボイラーが爆発すれば大惨事になるからだ。そのため防護壁補修に使用する水硬性石灰の乾燥混合袋の積み上げは手作業となる。
当然危険だし、実際に戦死者も出るだろうが合流したことにより、この陣地には千名近くの兵がいる。多少減っても問題はないだろう。
――麻布だけで覆われた仮設司令室。
俺は、連隊長殿と各部隊長に教導大隊の表向きの作戦目的である『東部前線における次世代試作兵器の環境適応および運用試験』を説明した。この新陣地は新型の蒸気機関式重機を使用したのだから、筋は通るだろう。だが――。
「防護壁の実戦試験のために、さらに敵を呼び込むだと? 正気か!」
各部隊長からも、詰問するような声が響き渡る。
(……やはり、この言い訳は苦しいか。しかし、敵新型兵器の鹵獲任務は極秘扱いだ。第四要塞の中佐殿から借り受けた、俺の護衛をしている中隊長もその事実を知らない。前線の部隊に言えるはずもない)
「本官は、あくまで任務を明らかにしただけであります」
連隊長殿は、まるで何かを察したように、そして他の隊長たちに説明するかのように、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「大尉。言えないのであろう、ならば聞かん。重要なのは、その試験とやらが成功するか、否かだ」
「はっ、連隊長殿。敵は新型陸戦砲を使用した戦術を行っております。この強固な防護壁がある陣地を攻略するため、砲兵部隊を集結させる可能性が高いです。よって十分に勝算があると踏んでおります」
「了解した、大尉。我が部隊は遅延防御を継続する」
何も説明になっていないが、連隊長殿は合理的な判断をしてくれたようだ。後で隠し持ってきた高級葡萄酒を渡しておこう。
翌日の夕刻、敵の先発隊を確認するが、教導大隊が保有する陸戦砲によって、接近されることなく撤退させることが出来た。だが、陸戦砲が少数しかないことは露見しただろう。
次は、本体が散開して攻めて来るはずだ。そして強固な防護壁陣地を確認し、砲兵部隊を集結させる。――そう上手くいくだろうか。もしそうでないなら、その時は……。
五日後。
ドドンッ! ドンッ!
着弾の衝撃が地響きとなって陣地を揺らす。だが、圧倒的な重量で締め固められた積層土嚢壁は、土煙を上げるのみでびくともしない。
正確には崩れ落ちている箇所もあるが、人力による補修作業がそれを上回っている。人的資源の損耗率も予測内だ。
――「敵の大部隊が、前方八キロ地点に集結中!」
伝令兵の声に、俺は塹壕のさらに奥、装甲指揮車の中に滑り込み、地図を睨みつけた。今すぐ作戦を決行しても、それなりの戦果は得られるだろう。だが、確実とは言えない。敵がまだ完全に集結しきっていないのだ。
時間を稼げば、確実になる。だが、その「時間」こそが、最も危険な賭けだった。
――「敵は師団規模(三千名)! 砲兵部隊も多数確認! 前方四キロ地点に展開中!」
俺は火力支援要請信号弾を三発打ち上げた。緑色の煙が上空へ上がっていく。
「大尉。負傷者輸送の名目で、このまま第四要塞まで下がると思っていましたよ」
いつの間にか後ろにいた少佐が、静かに言った。
「少佐。確実に成功させるためには、直接この目で時期を見極める必要があったんです」
「今回は、頑張りましたね、大尉」
「二度と、やりたくないですね」
俺は淡々と答えると、一人で装甲指揮車に戻ろうとした。が、少佐が不気味な微笑のまま一緒に乗り込んできた。
時間にすれば、十五分程度だろう。俺は再び祈るように地図を睨みつけた。
少佐は手帳を閉じて、魔導式複合懐中時計に目を落とした。
「――定刻ですよ」
その言葉と同時だった。
――ズオオオオオオオオンッ!!!
空を引き裂くような大轟音が連続で鳴り響き、大気そのものを震わせた。
「敵部隊、撤退中との報告です!」
伝令兵の叫び声を聞きながら、俺は装甲指揮車の外へ飛び出した。
水平線の彼方から、いくつもの黒煙が次々と立ち上っているのが見える。
――列車砲、間に合ってくれたか。
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