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覇権国家計画  作者: 納豆
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185/210

第185話:世界大戦 その七十六


装甲列車、特別貴賓車両。


「大尉。移動するだけだというのに、なぜ貴賓室のような豪華な装飾が必要なのですか」


対面に座る少佐は、いつも通り手帳を開いていたが、その視線は書き物に向いているようで、実際には俺の顔をじっと観察していた。


「少佐。偶然です。空いている車両が、この特別貴賓車両だっただけです」



決して嘘ではない。工廠都市から東部前線へ兵站を運ぶ貨車は常に余裕がない。そのため、使用していない車両の中から最も防弾に優れた重装甲のものを選択したに過ぎないのだ。


もっとも、観戦武官の視察時に使用した車両(第174話)の豪華な装飾や貴賓用の革張り椅子までそのまま残っているとは思っていなかったが。


「少佐。前線の戦況は? 参謀本部の地図の上ではなく、現実の状況を教えてください」



少佐は手帳をめくりながら、機械のように淡々と答えた。


「最新の報告によりますと、敵の砲撃は単に射程を伸ばしただけでなく、着弾精度も異常なほど正確なようです」


科学と工学の世界において、遠距離砲撃の精度を急激に引き上げる要因は限られている。



本来、『赤旗国』の鋳造精度は帝国ほど高くない。同じ設計図で作っても一門ごとに「わずかに右に逸れる」「飛びすぎる」といった個体差(固有差)が必ず発生する。


そのため砲兵は一門ずつ癖を把握して照準を微調整する必要があり、同時集中着弾など困難だったはずだ。


だが、「部品の完全な規格化」と「超精密切削」で作られた砲ならば話は別だ。どの砲もほぼ同一の精度で同じ弾道を描く。



一門の照準さえ合えば、後ろに控える数十門の砲が全く同じ数値を入力するだけで、従来より着弾のばらつきが極端に小さくなる多門同時弾着が可能になるのだ。


(……やはり、霧宮が単なる完成品だけでなく、『製造の標準化と弾道理論』そのものを供与している可能性が高いな)



――数時間後。


列車は目的地である「第四超大型星型要塞」の地下停車場へと滑り込んだ。


ホームに降り立つと、硝煙と消毒液の臭気が混ざり合った独特の匂いが鼻をついた。絶え間なく運ばれていく大量の負傷兵、叫び交わされる伝令の声。要塞内部は、想像以上の混乱に包まれていた。


俺はすぐさま、この要塞の防衛指揮を執る中佐殿のもとへと向かった。



第四超大型星型要塞、司令室。


「……設計屋。また貴様か」


「はっ、中佐殿。ご無沙汰しております」


久方ぶりに顔を合わせた中佐殿は疲弊し切った表情を見せていたが、獲物を狙う猛禽のように鋭く光る瞳は以前と変わらなかった。


「設計屋。見たであろう、兵だけではなく部隊を指揮する士官すら不足している。本来、貴様の任務に同行させる兵力など一兵たりともない。……だが、参謀本部からの直接命令だ。二個中隊を出してやる。帝国軍人の義務を果たせ」


「はっ、全力を尽くします!」



(……これで『任務に必要な部隊が居ないから作戦決行は不可能』という、一番使いやすかった言い訳は潰されたか)


「中佐殿。参謀本部から指定された『安全な観測拠点』へ向かい、敵野砲の砲撃状況を確認したいのですが……」


「それは無理だ。その観測所なら今朝方、敵の精密砲撃で観測塔ごと跡形もなく吹き飛んだ」


安全な観測拠点どころか、指定された場所が既に壊滅していた。



……もしかすると、高性能な砲だけでなく、照準用として大型の「合致式光学測遠器(測距儀)」も導入されているのかもしれない。左右の像を中央の覗き窓で一致させる光学測遠器を、この世界の人間が自力で突然発明したとは考えにくい。


たとえ理論を思いついたとしても、実用化には「膨大な光線追跡計算」と、砲撃の衝撃に耐えつつ温度変化でも歪まない「超精密な金属加工・固定技術」が不可欠だからだ。



「中佐殿。敵兵器を直接、確認するまでは、確定しませんが参謀本部の懸念は、当たっている可能性が高そうです」


(帝国以外でこれほどの技術力を持っている可能性があるのは、俺の知る限り『霧宮王国』と『合衆国』ぐらいだ。そして『合衆国』は『赤旗国』と敵対している……)


これまでの赤旗国軍は、圧倒的な物量で正面から押し込む戦術を主体としていた。だからこそ帝国は事前に敵の進軍速度と兵力を計算し、安全な後方拠点を設定することができていたのだ。



だが、今回は違う。


敵は長距離野戦砲による正確な予備砲撃で帝国軍の陣地を先に潰し、混乱した隙に歩兵を進めるという、まったく別種の近代的戦術へと切り替えていた。


「設計屋。敵の射程は把握しつつある。現在砲撃されていない後方陣地へ急ぎ向かえ」


「はっ、直ちに出発いたします!」



俺は配備された護衛部隊と共に、中佐から指示された後方観測拠点へ向かった。


もちろん護衛部隊の隊長には、持ち込んだ極上葡萄酒の木箱を静かに差し出しておいた。賄賂ではない、あくまで「試作品の現場評価」を依頼しただけだ。着任の挨拶と言ってもいい。



帝国軍は敵戦力の想定を上回られ、後退を余儀なくされたが、帝国の野戦砲の方が射程は長く、数も揃えられている。敵の長距離野戦砲の性能が把握できれば、適切な防衛兵力で対応できる。理論的には、だが。


読んでくださり、ありがとうございました。

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