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覇権国家計画  作者: 納豆
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第184話:世界大戦 その七十五


技術教導特務大隊、試作実験兵舎の士官室。


「大尉。東部最前線への即時出頭命令が出ました」


少佐が淡々と放ったその言葉に、俺は飲みかけていた冷えた果汁を危うく噴き出しそうになった。


「……少佐。悪趣味な冗談はやめてください。第一期工事が完了し、五千人の人間が動く巨大兵站拠点の運用が始まったばかりですよ。事故隠蔽対策も成功し、ここからが一番重要な時期なんです」


(……俺の平穏な後方生活が、ようやく約束されたと思ったのに。専用の風呂も、葡萄酒倉庫も、全部ただの短い夢だったというのか)


だが少佐は一切動じることなく、静かに参謀本部からの任務命令書を読み上げた。


「技術教導特務大隊は、直ちに第四超大型星型要塞へ合流せよ、とのことです」


渡された補足資料を急ぎ精査する。表面上の名目は「東部前線における次世代試作兵器の環境適応および運用試験」となっているが、特異目標識別表の欄には、『敵新型兵器の鹵獲』と記載されていた。


「大尉。赤旗国軍の野砲兵部隊による射程および火力が、ここ数週間で異常な跳躍を見せたとのことです」


添付された作戦地図を見る限り、それは今までの『赤旗国』軍が運用していた粗悪な野戦砲の有効射程を明らかに超えている。


もしこれが事実なら、こちらの補給ルートが物理的に制限され、この新都市で製造している膨大な兵站物資すら前線へ届かなくなってしまう。


「少佐。いくらなんでも、赤旗国軍が短期間でこれほどの技術的飛躍を遂げるとは到底考えられません」


少佐はゆっくりと頷き、言葉を継いだ。


「ええ。これは外部からの技術供与――具体的には『霧宮王国』による武器供与であると、参謀本部は強く疑っています」


霧宮はかつて、西側諸国への蒸気ポンプ技術の無償公開(第167話)を通じて、帝国と西側諸国の経済的な分断を狙っていた。しかし、帝国の主導する『西部諸国横断鉄道』がそれを上回り、霧宮の目論見は潰えたはずだ。


今度は『赤旗国』に強力な武器を提供し、戦争を泥沼化させて帝国の国力を削り取るつもりか。


(……だが、仮に鹵獲した兵器の技術鑑定だけが目的だと言うなら、帝都には俺よりも遥かに優秀な、専門の技術士官が何人もいるはずだ)


「……少佐。なぜ、俺なんですか」


俺は少佐の目をまっすぐに見つめた。この男が、いつも本当に言いたい重要事項の半分しか口にしないことを、俺はもう嫌というほど知っている。


少佐は静かに一歩踏み出し、声をひそめた。


「――大尉。霧宮王国が、直接この戦線に異世界人を派遣してくる可能性は極めて低い、と参謀本部は見ています」


もし敵の技術背景に、異世界的な“何か”が見えた場合、その場で判断できる人間が必要と言うことか。


そして、可能性は低いとはいえ、もし万が一にも『異世界人』が前線に立ち会っていた場合、確実に身元を確保、あるいは即座に抹殺する作戦を強行するつもりなのだろう。


(……それは、俺も少佐も同じ立場なんだけどな。最前線に引きずり出されて、敵に俺自身が『異世界人』だと察知されるわけには絶対にいかないんだからな)


俺の顔色の変化を察したのか、少佐の口元がわずかに歪んだ。それはこれまで俺が何度も見てきた、愉悦とも警戒とも取れる、あの複雑で不気味な表情だった。


「安心してください大尉。護衛も付きますし、最新の装甲車も配備されますよ。これまでも、決定的な危険など無かったでしょう?」


「……少佐。俺は何度か死にかけていますよ」(第118話、第147話など)


俺の必死の抗議も、冷酷な現実の前には虚しく響くだけだった。


そもそも軍人である俺に、拒否権など最初から存在しないのだ。命令に不服を申し立てれば『抗命罪』で軍法会議に引きずり出されて処罰されるし、この命令書を受領して出撃すれば、待っているのは敵の最新鋭砲が降り注ぐ死地だ。


(……だが、参謀本部の狙いも分からなくはない。異世界人の有無に関わらず、『霧宮王国』が裏で武器提供を行っている決定的な証拠を押さえられれば、西側諸国と連携して霧宮へ苛烈な経済制裁を仕掛けることができる)


そうなれば、経済的打撃を受けた霧宮は国内政治の安定を優先せざるを得なくなり、『赤旗国』への支援を打ち切るかもしれない。どちらにせよ、まずは事実確認を最前線で急速に行う必要があるということか。


「少佐。念のため確認しますが……俺自身が最前線の泥濘の中で敵と直接戦闘する、などということはありませんよね? 俺に戦闘指揮なんて無理ですよ」


「大尉。あなたは後方の安全な観測拠点から全体の状況を把握するのが任務となります。実際の危険な鹵獲・強襲作戦は、精鋭の遊撃小隊が担当します」


「……それを聞いて、ほんの少しだけ安心しました」


「ただし――前線陣地は、すでに敵の猛砲撃により一部で後退を強いられている、との報告もあります」


――全く安心できる要素がない。


霧宮の保有する本当の技術力を、帝国もまだ完全に把握し切れていないのだ。


いくらなんでも帝国を上回るほどの工業力があるとは思えないが、『赤旗国』に提供されている野戦砲の正確な射程すら分からない現状で、「安全な観測拠点」など設定できるわけがないだろう。


俺が頭を抱えていると、士官室の窓の外から、遠雷にも似た新型蒸気車両の試運転音が、いつもと変わらぬ重低音で響いてきた。


俺は、専用の風呂に別れを告げて、護衛部隊に渡す葡萄酒の選別を始めた。


読んでくださり、ありがとうございました。

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