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覇権国家計画  作者: 納豆
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182/210

第182話:世界大戦 その七十三


技術教導特務大隊、試作実験兵舎。


重厚な鋳鉄製の窓枠を振るわせるように、外からドスン、ドスンという連続した重低音が響いてくる。連日行われている、新型蒸気車両(機動兵器)の運用試験の音だ。



泥と荒野しか存在しなかったこの新都市建設予定地に足を踏み入れ、施工を開始してから早くも半年が経過していた。


突貫工事の末、第一期工事である主要工場群と統括管理棟は無事に完了。かつて空虚だった大地面には、今や巨大な工場の煙突が幾本も立ち並び、真っ白な蒸気を空高く吹き上げている。



四方から絶え間なく聞こえる蒸気機械の稼働音、頑丈な石造りの巨大倉庫群、整然と区画整理された通り。そこには帝国産の魔導灯が一定間隔で灯り、夜になっても明るい光を街路に投げかけていた。


現在の新都市の人口は、環山連邦からの作業員が約三千名、そして帝国から流入してきた商人と住民が約二千名。合わせて五千人規模の都市へと急成長を遂げている。



帝国商人が暖簾を掲げた店舗や活気のある食堂、過酷な労働を終えた男たちが集う酒場や宿屋が立ち並び、住居区画には生活の匂いが漂い始めていた。


このまま問題なく順調に工事が進めば、参謀本部の予定通り、三年後には一万人規模の巨大な総合兵站・工場都市が完成するだろう。



都市の急速な発展に伴い、最近では西側諸国の商人たちも頻繁に出入りするようになっていた。もちろん、その優雅な身なりをした商人たちの何割かは、帝国の最先端技術を探りにきた「産業密偵」であることは疑う余地もない。


だが、そんな世界情勢の移り変わりや政治の暗闘など、いまの俺にはどうでもよかった。


「ふう……。やっと、文化的な生活ができるようになったな……」



俺は、試作実験兵舎の隣に特別につくらせた管理監室の奥で、深々と溜め息をついた。


ここには、俺が特別監察室の大尉という権限を最大に活用して手配させた、念願の「専用浴槽」が設置されている。蒸気ボイラーから引いた熱湯と冷水を自在に混ぜ合わせ、常に適温を保てる最新式の給湯システムだ。


さらに、室内には帝国製の最新型蒸気・魔導複合暖房が備え付けられ、帝都の実験農場から仕入れさせた上質な紅茶や果物の瓶詰、さらには地下に葡萄酒倉庫まで蓄えられている。



後は、淡水養殖場が完成すれば新鮮な魚も入手可能になる。『求めよ、さらば与えられん』だったか。熱心に求めれば、必ず良い結果や答えが得られると言うのは本当だな。


防弾仕様の極厚な壁に囲まれたこの部屋は、過酷な東部戦線において、俺が死守すべき唯一の「安全で快適な保身の聖域」であった。



ここで温かい湯に浸かり、美味いものを食い、前線の悲鳴を遠くに聞きながら安全な後方で、書類に判を押すだけの生活を送る。これこそが、俺の目指す究極の軍人生活なのだ。


湯上がりの火照った体に冷やした果汁を流し込んでいると、部屋の扉が無造作に開いた。



悪魔のような微笑を浮かべて少佐が入ってきた。


「大尉。随分と優雅なことですね」


「少佐。これは、戦傷病を負った将兵の長期療養、ならびに休息や娯楽のための施設として適切に機能するか否か、その先行試験です」


これは、決して私欲のために贅沢を尽くして作った設備ではない。少なくとも書類上は、そうなっているのだから、何も不備はないのだ。



俺が澄ました顔で言い返すと、少佐は事務的な笑みのまま、一枚の書類を差し出してきた


少佐が差し出してきた書類を覗き込むと、そこには憲兵隊によって拘束された連邦作業員と、西側諸国の「商人」を名乗る男の取調調書が記されていた。


「西側の産業密偵ですか」


「ええ。西側諸国の商会が送り込んだ工作員です」



調書によれば、連邦作業員に接触し『帝国の最新型ボイラーの基本設計図を盗み出せば、多額の金貨と西側への亡命を約束する』と持ちかけたとある。


しかし、接触された作業員は金を受け取るどころか、速攻で同じ区画の仲間に報告し、全員でその産業密偵を叩きのめして憲兵に突き出したのだ。


相互監視機能は、俺が想定していたよりも完璧に機能していた。


一人が余計な欲を出して工作や嫌がらせに加担し、それが発覚すれば、その区画全体の配給と故郷への仕送り権が『三カ月間全剥奪』される。



作業員たちにとってみれば、見知らぬ産業密偵の金貨などよりも、今目の前にある自分たちの煙草や果実、家族への手紙の方が遥かに価値があるのだ。


「西側の熟達した諜報員すら、現場の作業員たちの『配給を守りたい』という生々しい執念の前に敗北しましたね。大尉、あなたの制度設計の狡猾さには、本当に感服いたしますよ」


(……相変わらず、酷い評価だ。せめて狡猾ではなく、合理的と言って欲しいものだ)



この制度設計なら事故も無く工事は順調に進み、さらに密偵対策も万全。俺の快適な隠居生活を脅かす要素は、完全に排除されたはずだった。


――しかし。



「大尉。密偵の取り調べに伴う現場査察の過程で、連邦作業員の事故が隠蔽されている可能性が判明しました」


読んでくださり、ありがとうございました。

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