第181話:世界大戦 その七十二
東部新都市建設予定地、仮設士官室。
問題を起こした第三班の当事者たちと班長は、すぐさま軍警察に拘束され、鉄格子付きの護送車へと連行された。
彼らは「帝国の財産に対する破壊工作、および再度の利敵行為」を、よりにもよって帝国軍が監視している目の前で行ったのだ。報告を受けた連邦の役人たちは、今頃血の気を引かせて大混乱に陥っていることだろう。
当然、単なる強制送還だけでは済まされないし、巨額の損害賠償金を支払わされることになる。
そして、「贖罪のために行っている賠償事業の現場で、環山連邦人が内輪揉めを起こして現地の帝国財産を壊し、軍に捕まった」などという醜聞は、何としても公にしないよう本国総力を挙げて揉み消し工作を図るはずだ。
まあ、その辺は泥臭い政治交渉の問題なので、俺が口を挟む筋合いのものではない。一介の現場監督官としては、実に些細な問題と言ってもいい。重大なのは、この不祥事によって工期がこれ以上遅れないことだけだ。
護送馬車が荒野に白い土煙を上げて去っていくのを見送っていると、背後から少佐が気配を消した猫のように顔を出した。
「大尉。まるでご自分は完全な第三者であるかのような言い方ですね。制度を提案した当事者として、少しは責任を感じないのですか?」
「少佐。経緯がどうであれ、帝国は明白な被害者であり、破壊工作を行った作業員はただの犯罪者です」
(……あくまでも帝国は被害者、そして俺はその被害者を代表する現場責任者だ。俺に一切の責任はないという前提のまま、最後まで押し通すしかない)
「では大尉。今回の制度の設計には、何ひとつ問題がなかったと?」
「いいえ少佐。相対評価という手法自体は、完全な失敗でした」
隣の班が事故を起こせば、相対的に自分たちの班の評価が上がる。ならば、自分たちが汗を流して努力するよりも、他人の足を引っ張る方が手っ取り早く高評価を得られる。
極限状態にある彼らにとって、他班への妨害工作こそが最も合理的な選択肢になってしまったのだ。結果は最悪だったが。
「大尉。では次はどう設計し直すおつもりですか?」
「『連帯責任制』へ切り替えます」
班単位の個別評価は直ちに廃止し、代わりに居住区画全体を一つの評価単位とする。
もし区画内のいずれかの班が他班への妨害工作――安全装置の解除や、意図的な事故の誘発を行った場合、加害者の所属する区画『全体』の特別配給と手紙の優先送達権を、三か月間、全面的に剥奪するのだ。
これまでの制度は「他人を蹴落とせば得をする」構造だった。ならば今度は、「身内に危険人物がいることそのものが、自分たち全体の破滅に直結する」構造に作り替えればいい。
軍が銃を突きつけて監視の目を光らせずとも、作業員たち自身が己の生活と権利を守るために、互いを血眼になって監視し合うように仕向ける。
今後、彼らは互いを疑い、互いを監視し、時には身内を密告する立場に置かれることになる。
集団内での密告は「卑劣な裏切り」ではなく、「自分の生活と権利を守るための当然の防衛策」へと意味合いが変わる。区画全体の連帯という重しを与えれば、彼らは自発的に、身内の中に潜む『危険人物』を徹底的に締め上げて排除しようとするはずだ。
そして、手紙の優先検閲・送達枠をさらに強化し、無事故を達成した区画には、帝国産の低等級魔導具や果実の瓶詰を「故郷への仕送り」として発送できるようにする。
単に賠償のために働かされているのではなく、「家族のために稼いでいる」という実感を持たせれば、現場の意識も根本から変わるだろう。
実際、帝国は機械工学だけでなく魔導具関連の技術・量産化においても他国を引き離している。小型の魔導ランプや保温容器などは輸出量が限られているため他国では高級品だが、帝国内の物資流通網に乗せれば庶民でも気軽に購入できる価格だ。
作業員たちは、日々の配給で帝国の果実や菓子の質の高さを身をもって知っている。仕事で正当に評価され、嗜好品を手に入れ、それを誇らしく故郷の家族へ小包で送ることができる――どんな立場であれ、己の労働が目に見える形で報われるのは嬉しいものだ。
人間というものは本来、そういう風にできているはずだ。一般的には、だが。
――数日後。
効果は絶大だった。危険な無断改造を企てようとした作業員が、施工前に同じ班の仲間に叩きのめされて憲兵に突き出された。相互監視機能は完璧に作動し、無駄な事故と暴動の芽は完全に摘み取られたのだ。
さらに、現場に簡易的な娯楽室と運動場を急造させたことで、過酷な労働による心労と抑圧も軽減されたようだ。実態は作業員たちの賭博場と化しているが、翌日の作業に支障が出ない範囲であれば、俺が口を挟む必要もない。
「大尉。帝国軍管轄下の施設において、未許可の賭博場を設置・運営させることは明確な法違反ですよ」
「少佐。俺は賭博を黙認しているわけではなく、現場でそのような事実が行われていることを『一切認知していない』だけです」
「……相変わらずの見事な言い訳ですね」
連邦の技術者や労働者たちが帝国式の工場運営と安全管理に完全に順応すれば、この巨大拠点での蒸気兵器の量産は一気に加速する。新型の機動兵器が次々と前線へ供給されれば、赤旗国の不気味な物量戦術も、いずれ徐々に通用しなくなるはずだ。
だが、順調すぎる建設現場の全景を高台から見下ろしながら、俺の胸には依然として一抹の暗雲が消えずに残っていた。
(……参謀本部は『あと三年防衛すれば赤旗国は国力の限界を迎える』と試算していたが、本当にそうだろうか?)
いくら工場が完成し、物理的な資源や弾薬を揃えたところで、『赤旗国』の政治思想や指導部の執念が変わらない限り、この戦争が自発的に終わることはあり得ない。
……俺の安全で快適な生活は、まだ遠いな。
俺は大きく溜め息をつき、“専用”野戦浴槽積載重車輌に火を入れた。
読んでくださり、ありがとうございました。




