第178話:世界大戦 その六十九
第四超大型星型要塞、士官室。
観戦武官団の二週間にわたる視察は、大きな混乱もなく終了した。彼らを乗せた特別装甲列車は、昨日、海軍視察のために出発している。
「大尉。西側諸国の反応は、概ね良好だったようですね。問題も無く終わって安心しました」
少佐が机の上に、分厚い一冊の書類束を置いた。
「少佐。俺はてっきり、海軍の案内担当まで押し付けられると思っていましたよ」
だが、まだ油断はできない。参謀本部のことだ、俺を帝都に帰還させずに東部に留まらせているということは、また何か厄介な泥仕事を押し付けるつもりなのだろう。
俺は机の上に置かれた書類へ目を走らせた。表紙には『対「環山連邦」戦後賠償協定』と印字されている。
『環山連邦』か。事実上の終戦(第130話)から一年以上が経過し、ようやく妥結したらしい。交渉が難航していた理由は単純だ。連邦側は「金貨での金銭賠償」を、帝国側は「領土の一部割譲」を、互いに譲らなかったのだ。
「少佐。結局、どちらの案も通らなかったようですね」
俺は書類をめくりながら答えた。最終的な合意内容は、俺では想定できなかった第三の形に落ち着いていた。
――賠償は、役務賠償によって行われる。
『環山連邦』は、帝国東部に新設される大規模生産拠点に対し、資金、物資、そして大量の「人材」を提供する。これによって賠償責任は完全に履行されたものとみなす、という取り決めだった。
添付された建設予定地の地図と初期配置される工場群の一覧を見て、俺は思わず眉をひそめた。その規模は、とても「兵站拠点」などという言葉で収まるものではない。
蒸気機関式機動兵器の生産・整備工場。食料だけでなく、弾薬や軍需消耗品を量産する巨大生産区画。それらを支える広大な鉄道操車場。さらには労働者のための大規模宿舎、医療施設、娯楽区画まで予定されている。
もはや、巨大な軍需都市を一つ作り上げるようなものだった。
工期は三年。一万人規模が生活・労働する街を建設するなら、常時五千名以上の作業員は必要だろう。もちろん輸送は帝国の鉄道を使い、建設資材の搬入や基礎工事には帝国の蒸気建設機械を動員するのだから、人力よりは遥かに早い。
……当然、その蒸気機関の使用料や燃料費も、賠償の一環として連邦側へしっかり請求されるわけだが。
「少佐。もしかして参謀本部は、最初から東部に巨大な兵站都市を作るつもりで、その莫大な建設費と労働力を連邦に肩代わりさせたのではないですか?」
「大尉。私は上層部の高度な政治判断については、何も知りませんよ」
(普通に考えれば少佐が知っているはずもないのだが、この男の場合、裏で参謀本部と直接繋がっている可能性すらある。だからと言って、俺を不必要に危険な前線へ放り込むような真似はしないと思いたいが)
この協定により『環山連邦』の技術者や労働者は、現場で帝国式の蒸気工学を叩き込まれることになる。彼らは帰国後、自国でも蒸気産業を発展させるだろう。もちろん、高圧に耐える精密ボイラーの鋳造技術など、見ただけで模倣できるような代物ではない。
だが、帝国の蒸気技術や製品規格が西側へ広がることだけは確定する。つまり、西側全域の事実上の業界標準を帝国が根底から握るのだ。それこそが帝国の最終目的である『覇権国家計画』――経済と技術の相互依存による戦争抑止に繋がる。
なるほど、と俺は内心で感嘆した。
連邦にとっても、これは単なる屈辱的な贖罪ではない。自国の領土を失うことなく、金と物と人だけで賠償を終わらせられる。しかも、その対価として帝国の最先端技術と運用を学べるのだ。
彼らは「賠償金」という体裁を取りながら、帝国という巨大経済圏への入場券を買い、自国の未来へ投資しているに過ぎない。そして『西部諸国横断鉄道』が完成すれば、その莫大な富は連邦自身の経済とも直結する。
帝国もまた、自国の懐を痛めることなく、完璧な後方巨大拠点を手に入れられる。双方にとって、これ以上ない商談だった。
「少佐。参謀本部は、この新拠点にどれほどの実質的な効果があると思っているのですか?」
資料を見せられている以上、俺と俺の率いる教導大隊がこの新拠点の建設や運用に関わらされるのは確定だろう。まあ、砲弾が飛び交う殺伐とした前線に送られるよりは、建設現場の監督をしている方が遥かに安全で好都合だが。
「大尉。参謀本部の試算では――東部戦線をあと三年防衛しきれば、『赤旗国』は国力の限界を迎えます。そのための兵站基盤の完全自動化・内製化です」
――三年。
俺はその数字を、頭の中で静かに反芻した。
膨大な兵を無尽蔵に投入し続けているように見える『赤旗国』とて、無限の資源や人口を持っているわけではない。三年という期限は、彼らの国家としての「寿命」に対する帝国の弾き出した見立てなのだろう。
そして、その三年を耐え抜くために必要なのが、この東部の新しい軍需都市だ。前線から近すぎず遠すぎない絶妙な位置に、兵器、食料、医薬品のすべてを自給自足できる巨大な生産基盤を据える。
……だが、『赤旗国』は東部の包囲殲滅戦で主力三万五千を削られ、その後の泥沼の消耗戦で十万を超える兵を失ったはずだ。
それにもかかわらず、半年もしないうちに彼らは信じがたい規模の大部隊を、まるで地底から湧き出すように再編成してみせた(第170話)。
あの底なしの人的資源が、本当に「あと三年」で枯渇するのか。参謀本部の机上の計算がどこまで現実に即しているのか、俺には分からなかった。
もし『赤旗国』の狂気が帝国の想定を上回っていたなら……。
いや、帝国が負けるとは思えない。参謀本部は消耗戦が三年から四年、五年へと延びる可能性も織り込み済みで動いているはずだ。ならば俺にできることは、その期間を生き延びるための頑丈な街を作り上げることくらいか。
俺は椅子の背もたれに深く体を預け、天井の無機質なコンクリートを見上げた。
俺は、安全で快適な隠居生活しか求めていないと言うのに、どうして世界はこうも絶え間なく戦火に包まれるのか。
読んでくださり、ありがとうございました。




