↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇権国家計画  作者: 納豆
PR
177/210

第177話:世界大戦 その六十八


東部第四超大型星型要塞、士官室。


俺は、「観戦武官団・動向分析報告書」を精査していた。


簡潔にまとめるなら、観戦武官たちの帝国に対する評価は「絶対的な軍事力と技術的優位を確信し、帝国が最終的に敗北する可能性は極めて低い」というものだ。



現状は赤旗国軍の異常な「物量」と遊撃戦術により膠着状態にあるが、帝国の勝利を早期に確定させることが自国の利益に繋がると判断した……というところか。


参謀本部の狙いである「西側諸国に対し、帝国と友好的な関係を結ぶことを推進させる」という目的は、概ね成功と言えるだろう。――しかし。



底知れない光を宿した目でこちらを凝視している少佐が、静かに問いかけてきた。


「大尉。皇帝陛下へ献上される最高級品の葡萄酒を、横領していたのですか?」


「少佐。あの葡萄酒は正式な献上品ではなく、実験農場から出荷される前の試作品です」


これは横流しではない。



あの葡萄酒は、まだ皇帝陛下へ献上される「予定」の最高級品に過ぎない。献上品として正式に出荷されたわけではないのだ。それに、何をもって最高級品とするのか、その基準自体がまだ正式には定められていない。


今回は観戦武官への外交的効果を確認するための試飲実験であり、実験農場を管理する特別監察室の責任者として、試作品を適切な被験者へ提供しただけに過ぎない。



「大尉。つまり、試作品の実験を行った……と?」


「そ、その通りです。実験の結果、報告書にある通り、葡萄そのものではなく“それを生産できる技術力”を示す効果があることが証明されました」


少佐の口元が、わずかに歪んだ。



「……大尉。あなた、自分でも苦しい言い訳だと思っていませんか?」


「まったく」


俺は即答した。



少佐はしばらく俺の顔を無言で見つめたあと、呆れたようにため息をついた。


「分かりました。では報告書には『試作品の外交的試食実験』と記載しておきましょう」


「お願いします」


(……勢いで乗り切ったか? いや、この男相手に油断は禁物だ。下手に追求すれば『では宮殿の監査官の前でも同じ説明をお願いします』と笑いながら言い出しかねない。いくら少佐でも、宮殿の内部にまで人脈はないと思いたいが……)



少佐との不毛な責任回避交渉を終えた俺は、次の視察日程の確認へと意識を切り替えた。


参謀本部、そして俺がこの泥沼の戦場で喉から手が出るほど欲しているもの。それは「人的資源」だ。


どれほど優れた蒸気兵器や自動化設備を並べようが、陣地を維持し、膨大な補給物資を運搬し、泥に塗れて引き金を引くのは結局のところ「人間」でしかない。



『赤旗国』の強みは、人間の命をただの消費財として投入してくる圧倒的な「物量」にある。それに対抗するための兵数が、帝国には決定的に不足していた。


かといって、西側諸国に「兵を出してくれ」と直接要請することなど不可能だ。

彼らは同盟国ではない。他国の戦争のために自国民の血を流すような真似をするはずもないのだ。



この戦争は彼らにとっても手段であり、目的ではない。南部諸国の義勇兵(という名の正規軍)にしても、あくまで自国の利益のために帝国へ協力しているに過ぎないのだ。


観戦武官の次の視察先には、後方の兵站工場が含まれている。参謀本部は、帝国の『人手不足』をあえて彼らに見せようとしているのだろう。



――翌日。俺は観戦武官たちを連れ、最前線から少し引いた兵站拠点と後方造兵廠の視察へと向かった。


最初に案内したのは、最新の自動化給炭設備や蒸気式荷揚げ機が設置された大規模な物流施設だ。



無数の機械が咆哮を上げ、巨大な物資が整然と積み上げられていく。一見すれば帝国の圧倒的な工業力を誇示する光景だが、目が肥えた武官なら別の事実に気付くだろう。


「……大尉殿。これほど広大な兵站総廠(へいたんそうしょう)でありながら、警戒にあたっている兵の数が妙に少ないように見えますが?」



観戦武官の一人が、探るような視線をこちらに向けてきた。


「ええ。後方の安全は確保できておりますので、警備や補給作業に配備する兵員は極限まで削り、浮いた兵力はすべて東部前線へと投入しております」



俺はあえて少し言葉を濁し、困惑を滲ませるように付け加えた。


「ただ……比帆諸島や南部友好国への人道的な支援、ならびに西側国境の警備も並行しておりますので、部隊によっては兵たちの後方休養を回すのに少々苦慮しているのが現状です」



武官たちは納得したように深く頷き、互いに目配せを交わした。


――俺は西側諸国に何も要求していない。


参謀本部が決めた視察日程に従って案内し、質問されても見たらわかる程度の差し障りのない事実を答えただけだ。



観戦武官たちが「帝国に足りないのは物理的な『人の頭数』だけだ」と判断し、直接戦闘以外の部分、例えば帝国の物流や土木労務といった『民間の後方支援』を引き受けたり、『赤旗国』へ外交的な停戦圧力をかけたりといった自発的な動きを見せてくれればそれでいい。


どれほどの支援であれば自国の世論を納得させられ、自国の将来的な利益に繋がるか。彼らが勝手にその計算を始めてくれれば大成功だ。



(参謀本部の真意など俺には分からない。そもそも一介の大尉に国家戦略のすべてが知らされるはずもないのだ。だが俺なら、人手不足を解決するために外部委託を使う。軍事機密に関わらない部分は外注先を作ればいいのだ)


少なくとも隣の少佐が俺を止めないのだから、俺の立ち回りは大きく間違っていないはずだ。



西側が勝手に後方を支えてくれれば、帝国はその分、浮いた兵力を東部前線に集中できる。結果として帝国軍の兵員密度は上がり、泥沼の戦局は改善へ向かうはずだ。


そして、前線が安定すれば、俺がこんな泥臭い場所に呼び出される回数も減るというものだ。



すべては、俺の快適で安全な生活を守るために。


読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。