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覇権国家計画  作者: 納豆
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第174話:世界大戦 その六十五


帝国東部巨大兵站拠点。


士官室へ戻った俺は、机上に置かれた西部諸国の観戦武官名簿を静かにめくっていた。紙面には各国の肩書きが整然と並び、その中に『霧宮王国』の名は当然のように存在しない。


「少佐。当然というか、霧宮は、やはり来ないのですね」



少佐は士官室の冷たい装甲壁に寄りかかり、手にした『霧宮王国』の新聞を読みながら淡々と答えた。


「大尉。霧宮の新聞によれば、観戦武官の打診を帝国が強く拒否したと報じられていますね」



その報道の文字列そのものは、事実だろう。『霧宮王国』は、これまでも他国に異世界人を派遣し、戦略指導や武器提供を行っている。


もっとも、霧宮が帝国に正式に宣戦布告したわけではなく、異世界人派遣も証言があるだけで状況証拠に過ぎない。だが、帝国は、霧宮を仮想敵ではなく明確な敵国として認識している。



そして霧宮の狙いは、むしろ『帝国に拒否されること』そのものだろう。


帝国がどれほど丁寧に「両国間には安全保障上の重大な懸念が存在するため、軍事施設への立ち入りを伴う観戦武官の受け入れは見送る」と説明したとしても、国際社会には“帝国が何もしていない霧宮王国を一方的に敵視している”ように映る。



霧宮はその構図を利用しているのだ。


そんなことを考えながら、俺は窓の外に目をやった。窓の外では、巨大兵站拠点特有の規則的な動きが続いていた。補給車両が一定の間隔で行き交い、兵士たちは淡々と荷を運び、戦争の巨大な流れがこの拠点を通過していく。


その流れの中で、観戦武官の扱いは政治的な意味を持っている。西部諸国は帝国鉄道に投資した。つまり彼らはすでに、帝国の勝利に自国の経済的利益を賭けている。



観戦武官が東部戦線を見た結果、「帝国は、この戦争に負ける」と評価されることは許されない。帝国の信用が落ちれば、鉄道投資そのものが揺らぎ、戦時国債も売れなくなる。


そして帝国が今一番必要としている外国資本が逃げる。つまり観戦武官は、軍事的な諜報であると同時に、帝国経済に対する信用調査員になっているのだ。



「少佐。観戦武官の視察先ですが、本当に最前線まで見せるのですか?列車砲は秘匿するべき問題です」


不気味な少佐の口元が愉悦に歪んだ。


「大丈夫ですよ、大尉。列車砲は、十キロメートル後方に配備され、そこから砲撃します。最前線からは見えません」


(全然、大丈夫じゃない。問題は、俺が最前線に案内することだ)



武官たちを危険から遠ざけすぎて後方の安全な指令室ばかりに引きこもらせてしまえば、「帝国は敗戦濃厚な戦況や不都合な人道犯罪を隠蔽している」と西部諸国の反発を招いて投資価値が暴落する。


かと言って、彼らを最前線へ近づけすぎれば、敵の赤旗国の物量の濁流に巻き込まれて、俺が危険だ。



つまり俺は、参謀本部から、「最前線で安全な特等席を作り出し、見せたいものだけを武官に見せてこい」という難題を押し付けられている。


「少佐。今更ですが、何で毎回俺なんですかね?」


「さぁ、もしかしたら、参謀本部はあなたの悪意に精通した知恵を期待しているかもしれませんね」



(相変わらず、酷い評価だ。どいつもこいつも、俺の行動をすべて“悪意ある企図”として処理する。俺はただ、自分の都合だけを基準に動いているだけだというのに。それを悪性と断定するのは、あまりに雑な評価だ)


だが、まてよ……。


明確に禁止されていないことや、大義名分があれば、俺の裁量で自由にして良いということか。



俺は執務机の上に分厚い東部前線の最新戦略地図を広げ、国境へ向けて泥を穿つように伸びる臨時鉄道の赤線を指先でゆっくりとなぞった。


地図の紙はごわごわと分厚く、兵站拠点特有の油の焦げた匂いがじっとりと染みついている。


線路は前線へ向かって細く頼りなげに伸び、二十キロメートルごとに設置した小規模な補給倉庫を経由しながら、最終的に『赤旗国』の物量が激突している泥濘の塹壕線の背後へと到達する仕様になっていた。



その一本、一本の細い路線こそが、現在押し潰されかけている帝国軍の絶対的な生命線であり、兵站輸送の同期が滞れば、前線は即座に崩壊を迎える。


特別監察官の大尉である俺に、戦闘部隊を戦術的に動かす権限はない。だが、物資を回す『補給部隊』であるならば「西側諸国の観戦武官の視察」という名目を盾にして、いくらでも割り込ませることが可能だ。



兵站ならば、流動的な前線の戦闘部隊とは異なり、その時々の資源配分に応じた極めて柔軟な運用が最初から求められている。


兵站輸送用の臨時鉄道は、線路自体が敵の遊撃部隊に爆破されないよう、強固な防衛戦力によって二重三重の防衛網で守られている。



線路沿いの泥野には、監視塔や固定砲台が一定の間隔で整然と建てられており、小規模の部隊では、直接攻撃される可能性は低い。


――ならば、そこに「安全な特等席」を作ってやればいい。


俺は、蒸気機関車の貨車へ分厚い装甲板を溶接し、臨時の銃眼を設け、さらに西部の貴賓室を思わせる座席を組み込んだ“装甲列車”の構想を頭の中で組み立てていく。



兵站用の車両を、観戦武官向けの特製装甲車両へと変換するのだ。


この特製装甲車両が、天を焦がすような黒煙を激しく巻き上げ、鋼鉄の鉄輪が悲鳴を上げて凍てついた鉄路を爆走前進する中、西部諸国の武官たちは、装甲の隙間から外を覗き込むだろう。



彼らの視界情報は極限まで制御され、“帝国が見せたい戦場”に限定される。


列車が走るすぐ傍らの空を、遥か後方の列車砲や要塞砲から放たれた巨弾が通過する。空気を引き裂く怪音が車体を震わせ、やがて前方数キロの敵陣地に、大地を揺るがす大爆発。予備砲撃の着弾が巻き起こる。



武官たちはその衝撃を体で受け止め、帝国の火力が十キロ後方からでも敵を粉砕できることを理解するだろう。


前線に到着後は、適当な頃合いで敵部隊の突入を理由に、中佐殿のいる第四要塞まで撤退する。


要塞は堅牢で、俺と観戦武官を安全に収容できる。彼らは前線の危険を体験したという満足感を得ながら、実際には何ひとつ重要な情報を得られないまま帰還するのだ。



帝国の鉄道は、兵や兵站を運ぶためだけのものではない。


十キロ後方の悪魔の火力を寸分の狂いもなく敵の頭上に送り届ける、帝国の軍事的優位性そのものを象徴する装置だ。その装置を、観戦武官の脳裏に焼き付ける。


この仕様なら、俺の安全を確保しつつ、前線視察も可能だろう。



ついでにもう一つ、西側の出資者たちへの宣伝を装甲列車の車内に仕組んでやるとしよう。


読んでくださり、ありがとうございました。

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