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覇権国家計画  作者: 納豆
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172/210

第172話:世界大戦 その六十三


帝国の西に位置する『豊浦王国』。


かつての激しい戦災から未だ立ち直りきっていないはずのこの異国の地で、俺と『技術教導特務大隊』の面々は、間近に迫った新型蒸気機関車鉄道の「公式試乗会」に向け、連日泥にまみれて設営準備に追われていた。



この一大試乗会の会場となる一帯は、『豊浦王国』国内領土ではあるが、実際のところ、十年ほど前から帝国が実質的にすべてのインフラと地方行政を支配している、事実上の「稼働領域(第40話)」に他ならなかった。


もちろん、外交上の名目としては、十年前の不幸な戦争に対する「帝国の善意による復興支援が、十年間にわたって継続しているだけ」という建前になっている。



帝国は、この国を武力で侵略したわけでも、国際法に違反して不当に占領したわけでも決してない。当然、『豊浦王国』の法律も、税制も、独自の司法権もすべてが残っている。


ただ、この稼働領域内では帝国のインフラなしでは稼働できないという、実に見事な「平和的乗っ取り」の生々しい現場であった。



「大尉。豊浦の民は、この状況をどう思っているのでしょうね」


資材の搬入指示を出していた俺の隣に、いつの間にか少佐が立っていた。


「少佐。この地域は十年前から、この国の首都より豊かで死ににくいですよ。今の暮らしの方が良いと思っている者が多いのではないでしょうか」



帝国本土の境界線からこの稼働領域に向けては、すでに突貫で数条の「仮設線路」が地面を這うように敷設されており、黒煙を吐き出す貨物用の大型蒸気機関車によって、毎日大量の建設資材や重工業機械が本土から輸送されて運び込まれていた。


これほど大規模な物流を動かしている理由は、この豊浦王国の稼働領域内に新会社である『帝国鉄道株式会社』の直営となる「最新鋭の車両製造工場」を新設することであった。



先日、世界に向けて大々的に発表された『西部諸国横断鉄道』。


その広大な大動脈を疾走させることになる、最先端の新型旅客用蒸気機関車たちは、本国の工場ではなく、すべてこの地で組み立てられる計画になっているのだ。



他国から集めた投資金で、他国の領土に工場を建て、他国の労働力を使って機関車を作る。どこまでも徹底された冷徹な構造だった。


さらに、帝国の悪魔的な触手は、西側だけではなく、南方へも同時に、寸分の狂いもなく伸びようとしていた。


帝国の南部に隣接する『白綿共和国』。



この国でも今、まさに蒸気機関車による近代鉄道の稼働が始まろうとしていた。


なぜこれほど迅速に南方での鉄道導入が進んでいるのかといえば、種明かしは極めて単純だ。帝国本土から白綿共和国の北部、そして南部までを一気通貫で結ぶ通称「綿紡鉄道(第65話)」。


かつて俺も関わった、この既存「馬車鉄道用」の鉄路レール幅(軌間)は、帝国の採用している『標準軌』と同一規格で設計されている。



既存の馬車用レールを、蒸気機関車の凄まじい重量と振動に耐えられるよう、砂利(バラスト)を敷き詰めて枕木を強化する「改修工事」を施すだけで、『白綿共和国』の物流網は即座に帝国へと直結されることになる。


そして、この鉄道インフラの対価として『白綿共和国』から帝国へと支払われるのは「現金」ではない。



世界大戦の過負荷によって通貨の信用が揺らぐ中、『白綿共和国』から帝国への支払いは、現金の代わりに、現在の帝国内で致命的に不足している「現物物資」の物々交換形式の貿易という形で行われる契約になっていた。


あえて現金を介さないことによって、帝国内の市場に流通する生活物資の絶対量を爆発的に激増させる。



これによって、長引く戦争と戦時国債の乱発、通貨の過剰発行によって起きかけていた帝国内の悪質なインフレを、物量で押し潰すのが帝国政府の狙いだったのだ。


帝国市民の生活が物資の充足によって安定すれば、本土の巨大な生産工場たちは、余計な民生品の製造に人的資源を割く必要がなくなる。



結果として、帝国内のすべての重工業工場は、何一つ憂慮することなく「東部前線で使用する大量の銃弾、砲弾、軍需物資の生産」だけに、その出力を集中させることが可能になるのである。


結局のところ、国家が狂った総力戦を戦い抜く上で、本当に必要なものは「お金を刷る印刷機」ではない。



どんなに戦況が泥沼化しようとも、絶対に枯渇することのない「物を生み出し続ける頑強な工場」、「それを維持するための莫大な資源」、そして、それらを最前線へと送り届けるための「強固な輸送ルート」なのだ。


読んでくださり、ありがとうございました。

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