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覇権国家計画  作者: 納豆
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第171話:世界大戦 その六十二


帝都参謀本部、特別監察室。


『――帝国鉄道株式会社の設立、および、西部諸国横断鉄道の建設を全世界へ同時に発表する』


設立が発表される『帝国鉄道』は、国家の軍組織ではなく、あくまで法的には「民間」の形をとった組織である。



しかし、その実態は、帝国政府と関連企業がその巨大な鉄道会社の筆頭株主として君臨し、国家としての絶対的な支配権と拒否権を握る、事実上の国策会社に他ならなかった。


中立国や友好国を含むすべての「西部諸国」の王族、大富豪、そして有力貴族たちに対し、破格の将来利権を約束された「創業者株」や「特別鉄道債券」を大規模に公開・販売する、というのだ。



この計画の恐ろしいところは、『霧宮王国』が「そこそこの性能のポンプの作り方」を無償でばら撒いて小国たちの野心を刺激し、世界同時多発的な軍拡を誘っているそのすぐ隣で、帝国があなたの国に莫大な富をもたらす最新の鉄道網を敷きます。


しかも、あなた自身がその鉄道会社の株主になれるのですよと、西側の特権階級たちの財布の紐を直接、かつ合法的に握りにいく点にある。



これならば、長引く戦争によって枯渇しかけていた軍事資金を、帝国の民衆に増税を強いることなく、他国の特権階級の財布から「投資」という名目で一挙に調達できる。


そればかりか、自国の莫大な資産を帝国の鉄道に投資してしまった西部諸国の王侯貴族たちは、もはや「帝国が赤旗国に敗北して鉄道利権が紙屑になること」を絶対に容認できなくなるのだ。



彼らは自らの財産と利権を守るため、誰に命令されるでもなく、否応なしに帝国を全力で経済的・軍事的に支援せざるを得なくなる。


国庫に金がないなら他国の金を巻き込み、同盟国がいないなら利権の鎖で世界を縛り付けて「運命共同体」にしてしまえばいい。


俺が以前、半ば投げやりに口にした「鉄道インフラによる上書き」という机上の空論を、参謀本部は、さらに最悪で完璧な『集金・集兵システム』へと昇華させ、すでに実戦投入の段階へと移していた。



そして、その記念すべき世界騙しの第一歩である『豊浦王国での試乗会』という、極めて重要で大舞台の神輿(プロパガンダ)として、英雄・街道大尉である俺が必要だったのだ。


――西部諸国横断鉄道。


それは文字通り、広大な西部諸国を一本の鋼のレールで繋ぐことになる大計画だ。



単なる「物資の通り道」などではない。人、富、そして最新の情報が四六時中絶え間なく循環し続ける「西側諸国における巨大な経済大動脈」そのものとなる。


当然、この壮大な鉄道計画に参加するかしないかは、各国の完全な自由とされた。



西側諸国をすべて網羅する鉄道網が完成するのは、十年後か、あるいは二十年後か。ただ一つ確実に言えることは、今この瞬間に投資して参加しなければ、その国家は将来の富の循環から永遠に弾かれ、没落するということだ。


「少佐。参謀本部、いえ帝国政府は実に合理的ですね。実に素晴らしいです」


命令書を机の上に置き、俺は感嘆混じりの溜息をついた。少佐は手帳から顔を上げ、瞳を静かに細める。



「大尉。あなたが気に入った点は、どこですか?」


「もちろん、“永続的な覇権”を握れる点ですよ」


通常の戦争は、他国から領土や物資を暴力で『奪う』ため、あるいは思想の押し付けのために武力による実力行使を行う。



それは当然、周囲の国々から激しく警戒され、無数の敵を作ることになる。しかし、この作戦は他国に対して『一緒に豊かになろう』と微笑みかける共同事業だ。


さらに、戦費調達の手段が国内への増税や国債の発行でないことも大きい。これならば、自国の民衆の反発を一切受けることなく、無限に資金調達が可能となる。


これらの莫大な資金集めや国際世論の味方化は、あくまで前提に過ぎない。



本当に恐ろしいのはその先だ。他国に線路を敷かせ、駅を作らせて『一見、対等な共同事業』だと思わせておきながら、その心臓部である『機関車の製造技術』と『ダイヤの運行管理システム』の二点だけは、帝国(の民間企業)が完全に独占している。


戦後、西部諸国がどれだけ目覚ましい経済発展を遂げようとも、帝国の胸一つで自国内の機関車が止められれば、その瞬間にその国の経済も物流もすべて完全に停止することとなるのだ。



武力を用いて軍事的に威嚇することなど、もはや必要すらない。「機関車の供給と部品の輸出を止めるぞ」という、事務方の一言だけの通告によって、大陸全体の政治と経済の生殺与奪の権を永続的に握り続けられるのだ。


極めて単純でありながら、これ以上なく冷徹な覇権システムが、この『帝国鉄道株式会社』という民間企業の皮を被って構築されようとしていた。



さらに付け加えるなら、この西部諸国横断鉄道計画に、自国の主権を優先して「参加しない」という選択をした国家には、今回、鋼のレールが敷かれることは無い。


それは、大陸全体の急速な近代化の波から完全に置き去りにされる、破滅的な経済的孤立を意味していた。



隣国が鉄道によって莫大な富を循環させ、国力を何倍にも膨れ上がらせていく横で、自国だけが馬車と徒歩の時代に縛り付けられるのだ。そんな地獄のような未来を突きつけられて、拒否できる国家など存在するはずがなかった。


そこまで思考を進めた瞬間、俺の脳裏に、これまでずっと抱いていた「ある奇妙な違和感」の正体が、雷に打たれたかのように鮮明に浮かび上がってきた。



帝国が海外に向けて発行している『戦時国債』。長期化する世界大戦の最中であるにもかかわらず、その金利は不自然なほどの「超低金利」に設定されていた。


俺はこれまで、それを「世界大戦下にあっても帝国の財政は極めて健全であり、絶対に揺るがない」という、対外的な強い意志表明(プロパガンダ)の類いだと思い込んでいた。



だが、違ったのだ。もしかしたら、この参謀本部は、世界大戦が始まる遥か前、国家の超長期的な安全保障戦略を策定した段階において、すでにここまで計算し尽くしていたのではないだろうか。


帝国の戦時国債を多く所有している国家から順番に、優先的に最先端の鉄道網を敷設していく。



そんな噂がひとたび国際社会の裏に流れれば、西側諸国はそれこそなりふり構わず、国家の命運を賭けて競うように帝国の国債を爆買いし始めるだろう。


超低金利など、彼らにとってはもはやどうでもいいのだ。国債とは、未来の富を約束する鉄道網を自国へ引き込むための、最優先の優先交渉権に化けるのだ。



そして、この罠の最も悪魔的な部分は、一度その国債を大量に買い込んでしまった国家は、もはや「帝国を負けさせるわけにはいかなくなる」という点にある。


読んでくださり、ありがとうございました。

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