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覇権国家計画  作者: 納豆
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170/210

第170話:世界大戦 その六十一


帝都参謀本部、特別監察室。


俺が実質的に運営する『技術教導特務大隊』には、現在のところ上層部からの新たな作戦任務は下されておらず、日々の業務はすべて俺自身の裁量によって割り振られていた。



まだ戦場の経験が足りない新兵たちは、叩き上げの少尉をはじめとする有能な各中隊長の厳しい指導の下で実践的な戦闘訓練に励んでいる。


その他の主力部隊は、新たに大隊へと組み込まれた『建設工兵小隊』および『戦闘給食小隊』を引き連れて、帝都周辺の主要な馬車鉄道網の点検整備や補修作業に従事させている。



俺自身はといえば、軍の実験農場や魚の養殖場の視察に赴いたり、あるいは市内の救貧院に委託している(第19話)軍需用の麻袋の縫製状況、さらには携帯食の梱包生産量の確認など、戦地へ赴く前に行っていた細々とした、しかし確実に後方を支える内政仕事を見て回る日々を送っていた。


幸いなことに、これらの定常業務に関しては、俺が比帆諸島に拉致されている間も特別監察室の優秀な部下たちが完璧に回してくれていたため、今更俺が口を挟むような問題は何一つ存在しなかった。



そして今日、俺は実験農場での視察中に手に入れた、もぎたての新鮮な高級果実を、「現地における試食・耐久試験」という極めてもっともらしい名目で、遥か東部前線にいる中佐殿の元へ送るよう、軍の定期後方輸送便に手配を済ませたところだった。


「大尉。東部前線の指揮官たる中佐に、今から熱心な“賄賂”を贈るつもりですか?」



いつの間にか、猫のように気配を消して俺の真後ろに立っていた少佐が、不意に首を傾げて話しかけてきた。心臓に悪いから本当にやめてほしい。俺は平静を装い、厳かに首を振った。


「少佐。これはあくまで、過酷な前線の兵たちに不足しがちな微量栄養素や、甘味がもたらす精神的補助が、部隊の士気維持にどれほどの好影響を及ぼすかを検証するための厳正な実験です」


そう、これは決して賄賂などではない。



ただ、俺がこうして平和な帝都に居続ける限り、東部の中佐殿の元には定期的かつ独占的に、美味くて新鮮な果実が届き続けるという「動かしがたい事実」を提示しているだけだ。


だから頼むから、俺を再びあの地獄のような東部前線に呼び戻さないでくださいね、という切実な下心など、これっぽっちも断じて無いのである。



だが、そんな俺のささやかな保身の願いを嘲笑うかのように、手元の資料に記載された東部前線の最新情報は、冷酷な現実を突きつけていた。


開戦から現在にいたるまでの帝国の公式な戦死者は二万人以上。対する敵国『赤旗国』の戦死者は、軍の推定だけでも十万人以上に達している。


これは前線の凄惨な戦況から逆算して推測された最低の数字であり、情報部によれば、遮断された『赤旗国』国内の実数はこの倍、下手をすれば数十万規模に達している可能性すらあった。



帝国軍が東部で実行した、冷徹な『赤旗国』軍包囲殲滅戦(第146話)から、およそ七カ月。あの戦いで赤旗国は、精鋭たる主力三万五千名を一挙に失う致命傷を負ったはずだった。


帝国軍はその勝機を逃さず、主力を失って瓦解した敵の残存部隊を各地で各個撃破し、一時は前線を大きく押し戻すことに成功したのだ。



しかし、主力を含めて十万以上の人間をすり潰されたはずの『赤旗国』軍は、半年もしないうちに、まるで大地から無尽蔵に兵士が湧き出してきたかのように、再び信じがたい規模の大部隊を編成して防衛線へと進軍してきたのである。


彼らの持つ、国家としての異常なまでの『人的耐久性(動員力)』には、恐怖を通り越して戦慄すら覚える。



現在は『合衆国艦隊』が、偽装海賊(赤旗軍正規兵)への報復措置として海上へと大規模に展開し、敵の背後を脅かしている。


単純な兵器性能で見るならば、外輪船を持つ『合衆国艦隊』が圧倒的有利だ。


そして、赤旗国がその防衛のために『合衆国』への戦力割振りを強制されれば、陸上の東部前線に展開する『赤旗国』軍の補給や兵力運用にも、少なからぬ悪影響(過負荷)が出るはずだ。



さらに、『西部三国同盟』が事実上の完全崩壊(第127話)を迎えたことにより、帝国の西部前線には劇的な兵力の余裕が生まれていた。


参謀本部は現在、その西部から引き揚げた余剰兵力を東部前線へと回し、防衛線の再編成を急速に進めていると聞いている。



先日、個人的に『退役兵士再雇用支援局』の局長を務めるエルフ(第87話)に話を聞く機会があったが、彼女は疲れ切った顔で「退役兵たちをこれ以上東部へ再派遣するのは、制度的にも肉体的にもとうに限界よ」と漏らしていた。


南部諸国からはすでに一万人規模の「義勇兵(実態は各国の精鋭正規軍)」が帝国へ派兵されているが、それでも赤旗国の怒涛の進軍を押し留めるには至っていない。



帝国には多くの友好国や、実質的な保護国が存在する。しかし、血の同盟を結んだ真の意味での「軍事同盟国」はただの一国も存在しない。


このまま物量戦が長期化すれば、いずれ帝国は『赤旗国』軍が誇る圧倒的な兵力の濁流によって、物理的に押しつぶされてしまうだろう。


(……帝国の敗北が完全に決まったわけじゃない。だが、そろそろ本気で、俺個人のための安全な亡命先を探し始めなければならないかもしれないな)



窓の外の平和な街並みを眺めながら、俺は不穏な仕様書を脳内で走らせていた。だが、問題山積だ。いつも俺の影のように不気味に張り付いている少佐の鋭い目を盗んで、一体どうやって完璧な亡命計画を完遂しろというのか。


(仮に少佐の目を欺いて逃亡が可能だったとしても、帝国は絶対に『異世界人』の亡命など認めない。全力で俺を殺害しにくるだろう。ならば俺が今から必死に考えるべきは、生き残るための国家としての“正しい負け方”の模索かもしれない)



そんな、あまりにも早すぎる敗戦処理の妄想に耽っていた――わずか三日後のことだった。


俺と『技術教導特務大隊』に対し、参謀本部から最高機密に指定された「新たな極秘任務」の命令書が下されたのだ。


その封を切った瞬間、任務の内容を目にした俺は、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、しばらくその場から一歩も動くことができなくなった。



――任務内容:『豊浦王国』における、新型蒸気機関車鉄道の公式試乗会の即時準備、および現地敷設指揮。


命令書に添付されていた、信じがたいほど緻密に組み上げられた国家戦略の全貌を読み解きながら、俺は戦慄が走るのを禁じ得なかった。


帝国の参謀本部は、俺が想像していたよりも、遥かに、気の遠くなるほど優秀で、かつ怪物だった。



この俺ごときの凡庸な脳髄では、ここまでの悪魔的な経済政策を思いつくことなど逆立ちしても不可能だったし、何よりその計画を実現するための、国際社会への根回しなど絶対に出来なかっただろう。


そこに記載されていたのは、世界を震撼させる巨大な帝国の「次の一手」だった。



『――帝国鉄道株式会社の設立、および、西部諸国横断鉄道の建設を全世界へ同時に発表する』


読んでくださり、ありがとうございました。

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