第164話:世界大戦 その五十五
『比帆諸島共和国』、帝国軍平和条約守備隊基地。
その幾重もの防壁で囲まれた堅牢な要塞基地の奥深くでは、帝国、『比帆諸島共和国』、そして海の向こうの工業大国『合衆国』の三か国による緊急の外相会談が、非公開で執り行われていた。
臨時警備隊は、今後の国家の運命を決める会談の物理的な安全を確保するため、周辺海域に物々しい臨戦警戒態勢を敷いた上で、艦隊を軍港に待機させていた。
実際のところ、この華々しい三か国外相会談の席上で、新たに議論されて決定する事柄は存在しないだろう。会談後に、あらかじめ用意された綺麗な合意事項を世界に向けて公表して終わるだけの政治的な儀式に過ぎない。
会談の数日前から、水面下では「外交官の戦い」とも呼ばれる血の滲むような緻密な事前調整が三か国の間ですでに始まっており、機密保持の厳格な取り決めから共同声明の細かな文言の原案にいたるまで、全ての事柄の落としどころは完璧に決まっているのだ。
表向きに国際社会へ公表された会談の開催理由は、「比帆諸島海域における、海賊対策のさらなる多国間連携」である。
だが、そんなものはただの建前に過ぎない。
この巨大な外交劇の真の議題は、我が帝国の包囲網によって後ろ盾を完全に失いつつある、亡命政府『自由比帆諸島』の最終処分――すなわち、大国間の冷酷な利害計算に基づく政治的取引(損切り)であった。
会談の席上、『合衆国』の外相は帝国と『共和国』に対し、明確な国家の意思を以てこう宣言する。
――我が『合衆国』は、亡命政府『自由比帆諸島』とは一切無関係であり、今後も彼らの活動に関与することは断じてない、と。
「過去の隠密な軍事支援については、これ以上追及しない。その代わり、今この瞬間を限りに、あいつら(自由比帆諸島)から完全に手を引け」
それが、帝国側が『合衆国』に突きつけ、『合衆国』が呑んだ妥協の境界線だった。
情報部から渡された書類を精査すれば、帝国が水面下で行った“提案”の内容を想像するのは難しくない。
――我々は、海賊の正体が『赤旗国』正規軍である物的証拠を持っている。この物証が公表されれば、『合衆国』が『赤旗国』に武器を提供し、偽装海賊を使って比帆諸島経済に深刻な損害を与えていたと判断する者がいるだろう。
結果として『合衆国』は帝国から『商品』を買い取ったのだ。
外相会談終了直後、『合衆国』政府は、自ら拿捕した船の物証を突きつけ、これまで商船を襲っていた海賊の正体が『赤旗国』の正規軍による卑劣な偽装工作であったと公式に断定。
国家の名誉にかけて、赤旗国への苛烈なる「報復」を世界へ向けて宣言した。
そして、海賊が使用していた『合衆国製の大砲』は、合衆国の軍事産業に属する商会が、正当な取引で運搬していた大砲を偽装海賊(赤旗国軍)によって不法に強奪されたものである――。
という、極めて都合の良い物語が、大国間の合意のもとで「事実」として上書きされたのである。
――小型快速指揮艦、特殊装甲士官室。
「街道大尉。そんなに警戒しなくても、ここの安全は確保してある。心配するな」
大佐殿は、いつもの愛用の煙草をこれ見よがしに吹かせながら、静かにそう語りかけてきた。
「はっ、大佐殿。ご配慮、誠にありがとうございます」
確かに、これだけ警備が厳重なのだから、海賊(赤旗国軍)が襲撃してくることは無いだろう。仮に警備網を強行突破されたとしても、軍港に配備されている連装式迫撃砲などの防衛設備なら上陸されることはない。
俺は、教導大隊の装備が陸上装備であることを理由に、平和条約守備隊基地周辺の警備が適切と具申したが目の前の大佐殿から、「お前は臨時警備隊の責任者だろう」という、これ以上ない正論で却下されてしまった。
ただ、警備隊の旗艦である小型快速指揮艦は、不測の事態に備えて沖合ではなく軍港で待機しているので、妥協案として十分だろう。
『合衆国艦隊』の容赦ない猛砲撃により、正体不明とされていた武装海賊(赤旗国軍敗残兵)はすでにほぼ壊滅状態に陥っていた。
問題は、海賊が壊滅した後だ。
大国の思惑によって完全に孤立無援となった亡命政府『自由比帆諸島』の拠点に対して大規模攻撃が始まるのは、間違いないだろう。
海賊騒動の収束に伴う海軍臨時警備隊の正式解散をもって、俺の任務は終了する。帝都に戻れるのか、再び東部に派遣されるのか。考えたくない最悪として、このまま海軍の作戦に組み込まれるのか。
世界を巻き込む大戦の縮図は、帝国の描いた『設計図』の通りに、次の冷徹な一手へと無機質に進んでいく。
読んでくださり、ありがとうございました。




