第163話:世界大戦 その五十四
小型快速指揮艦、特殊装甲士官室。
鼓膜を劈く警報音が、狭い室内で狂ったように鳴り響き続けている。本艦を含めた臨時警備隊の艦隊が、完全な戦闘態勢へと移行した明確な合図だった。
俺は、突然始まった戦闘に動揺を隠せなかった。
当初の計画では、砲艦と巡洋艦に守られた指揮艦に乗り込み安全な警備巡回だったのだ。
だが、目の前を見れば、大佐殿はまるで音楽でも聴いているかのように、椅子に深く腰掛けたまま落ち着き払っている。
この特殊装甲士官室には防御力強化のため、外を見るための窓が一切ない。外がどうなっているのか、状況の詳細はここからでは何一つ分からなかった。
ズウウウゥゥゥンッ!!!
その瞬間、空気を力ずくで引き裂くような凄まじい衝撃波の質量と共に、船体が大きく横へと傾いだ。
咄嗟に「直撃」の二文字が脳裏を過る。俺は本能的に机の下へと身を隠そうと、勢いよく椅子から立ち上がった――。
――が、運悪く椅子の脚に自分の足を引っ掛け、完全に体勢を崩した。
重力に従って盛大に滑走した俺の額は、寸分の狂いもなく、頑丈な鋼鉄製軍用机の角へと吸い込まれていく。
ゴンッ!!! と、士官室に虚しい鈍音が響き渡った。
「おふっ……!?」
声にならない悲鳴とともに目の前で火花が散り、激痛が突き抜ける。
俺が床に転がり、額を押さえて悶絶している間も、大佐殿は優雅に煙草の煙をくゆらせたまま、一歩も動かずにこちらを冷淡に見下ろしていた。
大佐殿は珈琲を一口飲んだ。
「街道大尉。安心しろ。この部屋は装甲区画だ」
「大佐殿。そういう問題ではありません!」
断続的な砲声が何度も響く。船体は右へ、左へと小刻みに揺れ、そのたびに天井の魔導灯が嫌な音を立てて軋みを上げる。
時計を見る余裕すらない、永遠にも感じられた時間の末、砲声は次第に遠のいていった。
しばらく続いた断続的な衝撃と鈍い遠雷のような砲声が完全に響き止むと、やがて嵐が去るように、士官室には元の無機質な静寂が戻ってきた。どうやら戦闘は終わったらしい。
駆け込んできた伝令兵の報告によれば、指揮艦の被害は軽微。しかし修理のために帝国領の島にある軍港へと進路を反転させていた。
下士官に応急処置をしてもらったが、額を軽く切っただけで命にかかわるような怪我ではないと言われた。強靭な肉体を誇る海軍の軍人ならば、そうであるのだろうが、俺は脆弱な一般人と変わらないのだ。
痛む頭を片手で必死に押さえながら甲板へと這い上がると、船体中央の装甲隙間から、まるで生き物のように激しく噴き出す真っ白な煙が目に飛び込んできた。
それは火災を告げる不吉な黒煙ではない。純白の、超高圧の「蒸気」だった。
「見たまえ、街道大尉。あれが我が海軍が誇る最新鋭の『蒸気圧式反応装甲』の成果だ」
いつの間にか隣に立っていた大佐殿が、ふっと胸を張って自慢げに顎をしゃくった。
「敵の砲弾が表面の外部甲板を貫通したその瞬間、内部に仕込まれた超高圧蒸気が上向きに噴出する。その強烈な圧力によって内部から装甲板を変形させ、侵入してきた砲弾の姿勢を崩す。そうして敵弾の活力を相殺し、威力を限界まで減衰させるのだよ!」
大佐殿は、嬉々として新しい煙草に火を付けると、聞いても居ない説明を続けた。
「これにより、船体の天井である主甲板が貫通されることは絶対にない!吹き飛んだ外装甲は区画ごと交換する設計にしている。軍港に戻ればわずか二日で前線へ復帰可能だ」
大佐殿は、兵器の話題になった途端、それまでの物静かさが嘘のように恐るべき早口で捲し立ててくるのだ。
「大佐殿。興味深い、お話ではあるのですが、本官は体調がすぐれないため医務室へ向かおうと思います」
技術的な理屈はよく分かるし、俺としても興味深いが、今の俺の肉体はそれどころではない。額の傷から流れる血が止まらない。一刻も早く医務室で治療を受け自室の安全な寝台に潜り込んで休みたかった。
――翌日。
海軍庁舎士官室。
俺は、頭に頑強な包帯を巻かれた姿で戦闘報告を精査していた。
結論から言えば、今回の戦闘において、この臨時警備隊全体で負傷したのは――机の角に自爆突撃した俺、ただ一人だけだった。
襲撃してきた敵は海賊船十五隻以上。合衆国艦隊に追い詰められ、なりふり構わず帝国の包囲網の「隙」を突いて強行突破を仕掛けてきたのだ。一時的に接近を許しはしたものの、戦闘そのものは帝国海軍の圧倒的な圧勝だった。
しかも、海軍は海賊船のうち三隻を無傷に近い状態で「拿捕」することに成功している。
帝国海軍があえて火器の威力を制限し、手加減をしてまで戦っていた理由。それは、この海賊たちが『赤旗国』の正規軍であるという、動かぬ物証を生け捕りにするためだったのだ。
捉えた自称海賊のうち、十名ほどが『赤旗国』の軍服を着たままだった。もちろん国籍隠蔽として、襟元の国旗や所属を示す章などは不自然に剥ぎ取られてはいたが、本物を見れば、一目瞭然だった。
――「海賊ならば、この場で死刑。国家に属する正規軍兵ならば捕虜として保護する」
軍の尋問官の、その問いに「我々は、どの国家にも属していない」と大声を上げた、政治将校は、その場で射殺された。
その無慈悲な光景を目の前で見せつけられた、後に残された末端の兵士たちは、自分たちは『赤旗国』の軍人であり、この海賊行為も上官の命令に従っていただけであると証言した。
兵の中には、いつか使う時があるだろうと、秘かに隠し持っていた司令部からの命令書を持っていた。
物証としては、十分だと思うが、海賊全体の規模は二千名にも及ぶ。軍のごく一部が独自行動をしただけと言い逃れが出来ないよう、全体を確認する必要がある。
なにより、当事者である『合衆国』は、すべての自称海賊を壊滅させるまで結論を出すことはないだろう。そして帝国が手に入れた物証は、非常に高価な『商品』として売れるはずだ。
読んでくださり、ありがとうございました。




