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覇権国家計画  作者: 納豆
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第160話:世界大戦 その五十一


(回想)二週間前。


俺は多くの記者や従軍絵師たちを引き連れて、海賊の襲撃被害に遭った現地の商会を、これ以上ないほど丁重に公式訪問していた。


不意の被害に遭った乗組員とその家族へ向けて、神聖な面持ちで心のこもったお見舞いの言葉を贈り、さらに破損した民間船の修理に関しては、帝国の『広域犯罪被害給付制度』を特例で即座に適用することを説明した。



そして負傷した個人に対しては『重傷病給付金』の割り当てによって手厚く財政支援することを、その場で華々しく約束したのだ。


この異例ともいえる『英雄・街道大尉』の慈悲深い人道的な発言は、すぐさま新聞号外として刷り上げられ、帝都のみならず周辺各国を凄まじい速度で駆け巡ることとなる。



――帝国の英雄、人道的支援を開始!

――街道大尉は、自らの危険を顧みず商船を救った!

――合衆国の殺人兵器により、無垢な子供が殺される!


……とある新聞には、何故か頭に包帯を巻いて痛々しい姿をした俺が、子供に花束と菓子を渡している生々しい挿絵まで掲載されていた。隅の方に小さな文字で「参考図です」と書いてある。



まぁ、帝国が被害者に寄り添っているという趣旨であるならば、完全に嘘を並べ立てたわけではない。


事実、各国の大使館前では、平和を求める群衆が『侵略戦争のための武器提供を停止しろ』と連日激しい抗議の声を上げている。本国の世論を動かし、合衆国の外堀を埋めるのも時間の問題だろう。



――すべては、完璧な計算のはずだった。


(現在)比帆諸島帝国領地、海軍庁舎士官室。



少佐は、感情の抜け落ちた無言のまま鉄扉を開けて俺の前に立ち、一枚の血生臭い最新の緊急電報を机の上へと静かに滑らせた。


「大尉。『合衆国艦隊』が海賊に対して大規模な討伐作戦を開始しました。既に海賊船十隻以上を沈没させたとのことです」


「な……?」



少佐は、ただ無機質な結果だけを伝える冷徹な目のまま、俺の驚きを値踏みするように楽しんでいた。俺は突きつけられた書類へと素早く視線を走らせ、精査する。


「……少佐。『合衆国』の艦隊、そのすべてが外輪船だというのは事実なのですか?」


「ええ、間違いありませんよ、大尉」



合衆国の真の技術力がどれほどのものか、これまで正確には把握できていなかった。帝国であれば、実戦に耐えうる信頼性と量産性が揃うまで決して表には出さない技術だ。


ならば合衆国の技術水準は、最低でも『外輪船艦隊』を実戦配備し、運用可能な領域に達しているということになる。



(しかし、不可解だ。『比帆諸島』の二国政府が、自国領海に『合衆国』の軍艦をそう簡単に引き入れるとは思えない。少佐は事情を知っているはずだ。無駄足になるかもしれないが、俺の生命維持のためにも少しでも情報が欲しい)


「少佐。なぜ『合衆国艦隊』がこの海域で、これほど自由に活動可能なのですか?」


「大尉。『合衆国』は今、どの国家とも戦争状態にはありませんよ」



少佐はいつも肝心な部分で言葉を濁す。単なる軍機漏洩の防止なのか、それとも俺の能力や思想を試しているのか。どちらにせよ、この男は俺と同じだ。事実をすべて口にしないだけで、嘘はつかない。


――ならば、こういう仮説はどうだ?

帝国が『合衆国』の国務長官と密会し、水面下で「海路限定」「戦力の事前通知」を条件として、彼らを領内へと招き入れていたとしたら。



帝国海軍警備隊の時刻表包囲網により、海賊の活動範囲はすでに狭まっている。逆に言えば、海賊の潜伏海域は限定されているということだ。


どれほど強大な帝国海軍であっても、広大な海のすべてを常時警備するのは物理的に不可能。だからこそ、その警備の「隙間」を中立国を自称する『合衆国』に埋めさせる。



そうすれば『比帆諸島』の二国は、貴重な自軍の戦力を分散させることなく海賊を排除できる。そして、表向き「清廉潔白」を主張する『合衆国』側にとっても、自らの無実を証明する絶好の舞台となる。


筋は通る。大国同士の利害は完全に一致している。

だが、それならば、最大の疑問である「海賊の正体」の辻褄が合わなくなる。『合衆国』がここまで本気で、容赦なく殲滅しなければならない相手とは何者だ?



俺の脳内の演算装置が、焼き切れる寸前の超高速で回転し、導き出された一つの可能性を掴み取る。


「少佐。あの商船を襲っていたのは……本当に『海賊』なのですか?」


少佐は、にやりと不敵に口元を歪めた。そして、何も言わなかった。



――二日後。


海軍情報部より、『合衆国』の新聞記事や最新の政治動向をまとめた速報文書を受け取ることができた。


これまで何度も正式な手続きを踏んで要求しても通らなかった海軍の秘匿情報が、こうして突然あっさりと開示された。


その事実が意味する答えは一つしかない。陸軍大尉である俺に知られたところで何の影響もない段階まで、この作戦がすでに完了しているということだ。



もたらされた報告によれば、『合衆国』の国内世論は真っ二つに激しく割れていた。


――他国の侵略戦争に対する協力(武器供給)の即時停止。

――『合衆国』国民の保護、および苛烈なる報復。


そして、追い詰められた『合衆国』政府が下した最終声明は、「武器供給の事実に対する全面的な否定」と「海賊の完全なる殲滅」であった。



俺は、またしても人間の『感情』という不確定要素を読み切れていなかったのだ。


厳格な法治国家であるはずの『合衆国』が、法理や国際政治の損得を放り出し、沸騰した国民感情を最優先させて、ただ「報復」のためだけに最新鋭の艦隊を直ちに実戦投入するなどとは、微塵も思っていなかった。



海図の上に落ちた速報の紙を睨みつけながら、俺の背中を嫌な汗がじわりと濡らしていく。


国際世論を操って『合衆国』を追い詰めたはずの俺の作戦は、『合衆国』という巨大な獣の尾を、最悪の形で踏み抜いただけの結果に終わったのだった。


読んでくださり、ありがとうございました。

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