第159話:世界大戦 その五十
比帆諸島帝国領地、海軍庁舎士官室。
『合衆国』の民間船が海賊の襲撃を最初に受けてから、二週間が経過していた。
連日のように海図を赤く染めていた襲撃報告は、ここ数日間はぴたりと収まりを見せている。
だが、それは決して海賊が盤面から消え去ったからではなかった。拿捕を恐れた『合衆国』の民間船が、北の『比帆諸島連邦』の商港に停泊したまま、海へ出られなくなってしまったのだ。
出航を控える理由は明確だった。海賊船の武装が急遽強化されたためである。
本来、小火器しか保有していないはずの海賊たちが、大砲を使い始めたのだ。商船の乗組員も自衛用の魔導銃くらいは携帯しているが、しかし大砲で威嚇されては手も足も出ない。
「街道大尉。“お前が指揮”する海上警備隊は、単純な問題ではなくなったな」
対面に座る大佐殿が、いつもの煙草を吹かしながら低く告げる。
「はい、大佐殿。真に深刻な問題は別です」
海賊を拿捕した『比帆諸島連邦』の海軍が、調査結果を諸外国に向けて公表したのだ。海賊が使用していた大砲は、あろうことか『合衆国』製であった、と。
比帆諸島の勢力均衡は、複雑怪奇に絡み合っている。
元々は一つの国家であった『比帆諸島連邦』は、現在は連邦政府と、帝国への編入を望む『比帆諸島共和国』の二つに分裂している。
現在の連邦政府内では反帝国派が影を潜めており、帝国からODA(政府開発援助)を受けるなど、軍事・経済の両面で帝国の協力を必要としている。明確に帝国の敵ではない。
そして反帝国最大派閥の連邦海軍は、武力蜂起に失敗し亡命政府『自由比帆諸島』の成立を宣言。そして秘密裏に『合衆国』の支援を受けている。
今回の連邦政府の発表は、要約すれば諸外国への次のような告発であった。
――「合衆国は自ら海賊に武器を流し、軍事介入の口実を自作自演したのではないか。そして、亡命政府『自由比帆諸島』を裏で支援し、我が国への侵略戦争を目論んでいるのではないか」という、痛烈な疑惑の提示である。
「街道大尉。海上警備隊責任者として、この状況をどう対処するつもりだ?」
大佐殿の鋭い眼光は、俺の拒否権を奪い去るようだった。
(……強力な戦艦に守られて商船に付いていくだけの安全で簡単な任務だったはずなのに、どうしてこうなったのだ。しかも当初は、警備だけだったのに、いつの間にか暗に問題を解決しろと言われている)
「はっ、大佐殿。『合衆国』は、自ら海賊に武器を流していたことが、例え事実であったとしても認めることはできません。これを好機として定義するならば、『合衆国』をこの海域から追い出すことも可能かと愚考いたします」
「なるほどな、街道大尉。つまり『合衆国』に対して、本当に清廉潔白なら海賊掃討作戦に協力し、亡命政府への一切の支援を今すぐ停止しろ。と、迫るわけだな」
大佐殿は、煙草を大きく吸い込んだ。
「はい、大佐殿。ですが『比帆諸島連邦』と『比帆諸島共和国』の両国が、『合衆国』の軍隊を自国領に入れるはずがありません」
俺は、比帆諸島周辺の地図を広げ、航路をなぞりながら、大佐殿への説明を淡々と続ける。
「『合衆国』の協力は、せいぜい商船の全面的な荷物検査に同意する程度に留まるでしょう。ですが結果として、それだけで『自由比帆諸島』への武器供給は完全に遮断されます」
海賊の正体など、無関係だ。事実として海賊が『合衆国』製の大砲を使用している。全くもって不本意だが、記者たちを連れて『英雄・街道大尉』が、海賊に襲撃された民間船の乗組員や家族たちを見舞うだけでいい。
そして新聞の見出しが『合衆国の大砲が子供たちの命を脅かす』に変われば、商人や諜報部を通じて、海の向こうの『合衆国』に大量に配布するのだ。
いずれ『合衆国』国内の反戦派や人権団体が勝手に「我が国の政府は何をしているんだ」と自国政府を批判する。世論を動かす最大の原動力は、理屈ではなく『感情』なのだ。
『比帆諸島』の二国が、亡命政府『自由比帆諸島』への全面攻勢に出られないのは、その後ろに『合衆国』という巨人が控えているからだ。そして『合衆国』側も、国際社会の目で侵略者の烙印を押されるわけにはいかない。
手駒である『自由比帆諸島』を陰から支援し、彼らに比帆諸島の政権を握らせた後、何食わぬ顔で経済的支配者として君臨する。
『合衆国』さえ、抑えることが出来れば、この警備任務も終わったも同然だ。
――すべては、完璧な計算のはずだった。
『合衆国艦隊』が戦闘を開始するまでは。
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