第158話:世界大戦 その四十九
比帆諸島海域、その南方に広がる広大な沖合。
帝国海軍の臨時警備隊は、管轄海域を四つの管理区分へと分割し、厳格な海洋警備任務に当たっていた。
この海域で主力となるのは、俺が乗艦させられている最新鋭の小型快速指揮艦を筆頭とした、重武装の小型砲艦二隻、そして水面を滑るように爆走する機動性に優れた高速連絡艇三隻からなる混成戦隊である。
他の三つの警備海域にも、最低一隻の近代砲艦が直率として貼り付けられ、過剰な火力で警備に当たっている。
海賊たちとて、決して無能ではない。彼らの装備の詳細は不明だったが、少なくとも自分たちの足が脆弱な木造船である以上、軍艦が放つ大砲の一撃で木端微塵にされることくらいは熟知している。
ならば、重厚な灰色の船体とその砲塔は、ただそこに浮かんでいるという存在自体が絶対的な抑止力となるはずだった。軍艦が睨みを利かせる海域へ、わざわざ近づく愚者はいないだろう。
「街道大尉。お前が具申した作戦は順調のようだな」
大佐殿が甲板の上で煙草の煙を吹きながら、満足そうにこちらを振り返った。
「はっ、大佐殿。しかし、お言葉ですが本官は、数ある実務上の一つを可能性として提示しただけにすぎません。本作戦を立案し決定したのは、海軍司令部であります」
これ以上ないほどに慇懃にそう言い返した。
(危ない、危ない。もし作戦に不備があれば、作戦立案者にも責任が及ぶ、俺は作戦立案に関わっていないことは明確にしなくてはならないのだ)
帝国は、自国の民間船のみならず、比帆諸島海域を行き交う「すべての商船」を警備対象に掲げていた。しかし、広大な海に対して護衛艦の絶対数が圧倒的に足りず、すべての商船に個別の軍艦を随伴させることは物理的に不可能だった。
そのため帝国警備隊は、あらかじめ各国に「警備海路」と「巡航日時」を通告する方式をとっていた。『この日時の、この海路を使うならば、帝国海軍が安全を保障する』――いわば、『時刻表式の安全地帯』である。
自前で私兵や傭兵を雇える大商会ならいざ知らず、小さな交易船一隻で商いを行う零細商人たちにとって、帝国のこの方針は文字通り「渡りに船」の救済措置であった。彼らは帝国の掲げる時刻表に合わせ、隊列を組んで航行した。
これは、一見すると帝国海軍が、他国の小さな商人も見捨てないという人道的な支援活動と映るだろう。新聞でもそう報道されている。
――しかし、俺の本心は違う。
海軍がわざわざ安全地帯を提供してやったのだ。それを無視して勝手な海路を通り、結果として海賊被害に遭ったというのなら、それは完全な自己責任である。
帝国海軍には一切の非はないと、大手を振って言い切ることができる。不作為の責任を問われる筋合いはないのだ。
さらに言うのであれば、海賊という脅威が警備対象外(時刻表の外)へ誘導される限り、警備隊である俺のところへ襲いかかってくる海賊の数は相対的に減少する。
つまり、他国の商船が囮になってくれているおかげで、俺自身の身の安全がより強固に保障されるというわけだ。
事実、警備任務が開始されてから一週間、警備隊は一度も海賊と交戦していなかった。だが、それが「海賊被害皆無」を意味するわけではない。
西側諸国のほとんどの国家は、これを受け入れた。ただし明確な例外が二つ存在した。『霧宮王国』と『合衆国』だ。
帝国と『霧宮王国』は表向きには直接戦闘はしていないが互いを最大の潜在的脅威国と見なして冷戦状態にある。
また合衆国も、公式にはこの海域への参戦を否定しているが、亡命政府『自由比帆諸島』を影から資金・兵器の両面で支援しているのが公然の秘密だった。
――警備開始から十日後。
比帆諸島帝国領地、海軍庁舎士官室。
帝国の影響力を嫌い、その警備から意図的に外れて単独航行していた『合衆国』の民間船が海賊の襲撃を受けた――。
警備隊指揮官である俺の元に届けられたその最新の被害報告は、平穏に見えた比帆諸島の海に、俺の保身を脅かす不穏な影が忍び寄っていることを告げていた。
正面に座る大佐殿が、上質な煙草の紫煙をくゆらせながら、冷ややかな視線を俺に向けてくる。
「街道大尉。『合衆国』の民間船が海賊被害を受けたが、『霧宮王国』には被害が無い。お前にはどう見えている?」
「はい、大佐殿。私見でありますが――」
俺は机の上に比帆諸島周辺の地図を広げ、指先で両国の推定航路をなぞりながら、大佐殿への説明を淡々と続ける。
「単純に考えれば『霧宮王国』は単独で海賊に対する防衛力を有していると愚考いたします」
もし仮に、『霧宮王国』が比帆諸島領域へ警備上の名目であろうと、自国の海軍を展開すれば、この戦域の緊張は、一気に高まることになる。
『霧宮王国』の異世界人は、極めて優秀だ。偶発的な戦闘から発展し、自国がこの世界大戦に強制的に巻き込まれることを絶対に回避する。
彼らの究極の目的は『世界中で意図的に代理戦争を引き起こし、その戦争の泥沼化そのものを世界の均衡装置とする』帝国とは別の手段で行っている世界大戦の阻止(第50話など)だ。そのためにも彼らが軍の直接介入し当事者になるわけがない。
ならば、民間商船の腹を割って大砲を仕込み、船員として正規の海軍兵を乗せればいい。ただの武装民間商船ならば、国際法上の軍艦には当たらない。実際に海賊小舟で襲いかかったところで、霧宮ならば余裕で返り討ちにする。
「なるほど、辻褄は合うな」
大佐殿は短く頷いたが、その鋭い眼光はまだ俺を値踏みしている。
(……しかし、それだけでは『合衆国』の民間船ばかりが一方的に狙われている理由の半分しか説明がつかない。俺は、海賊の正体を亡命政府『自由比帆諸島』ではないかと踏んでいた)
(正面戦力で『比帆諸島』を支援している帝国海軍に勝てない彼らは、海賊に偽装し商船を襲い経済的な打撃を与える)
(……だが、それならなぜ、自分たちの最大の出資者であり、裏で資金や兵器を融通してくれている『合衆国』の船を襲う? 飼い犬が主人の手を噛むような真似をするはずがない)
海図に落とされた赤い印――『合衆国』の船の襲撃海域を見つめながら、俺の背中にじっとりとした嫌な汗が伝わった。
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