第16話:贋金
PAで贋金が使用されている。その報告に、俺は驚愕した。
帝都から最も遠いPA。定期馬車の受付で、日によって枚数は違うが一枚や二枚ではない。組織的な犯行か、それとも大胆不敵な個人の仕業か。帝国において通貨の偽造・使用は問答無用で死罪だ。
先人の異世界人から「金貨を削る」手口とその対策は伝わっており、帝国金貨の淵には細かいギザ(溝)が掘られている。それを突破してくる以上、相手はそれなりの「技術」を持っている。
PAでの客単価を上げるため、宿泊込みのパッケージツアーや工芸品の抱き合わせ販売など、現代的な販促を仕掛けたのが裏目に出たか。朝の出発前、販売所が混雑してチェックが粗雑になる「隙」を突かれたのだ。
犯人の目星はついている。取り潰された貴族の生き残りなど、参謀本部が残しておくはずがない。ならば他国からの持ち込み――それも旅人を装った「商人」だ。
商人ならば数日滞在し、仕入れのために金貨を使っても不自然ではない。こちらが気づく頃にはとっくに出国し、代わりに別の商人が現れる。特定のPAでしか使われていないのは、逃走ルートを確保し、こちらを撹乱するためだろう。
中尉が、処理の終わりを待ち望むような、効率的な笑みで俺に問いかけた。
「少尉。帝都では二週間後に感謝祭があります。それまでに対処してください」
感謝祭。他国からも人が集まるこの時期に、軍営馬車の信頼性に傷がつくような噂を流されては堪らない。俺は販売所と警備を増強し、他国の商人を軍による“強制任意同行”で徹底的に洗い出した。
相手も馬鹿ではない。チェック体制が確立されれば撤退するだろう。感謝祭まで二週間、時間との戦いだ。
電車オタクから「感謝祭の増強便」に関する予算申請が上がってきたので、即座に承認した。お祭りの日に増強便を出すという「最適解」を、彼は初めから知っている。やはり使える外注先だ。
感謝祭まで、あと五日。
PAで使用される贋金は確実に減り、ここ数日は一枚も発見されていない。
中尉は、すでに知っている答えを促すように言った。
「ここはもう稼げない。そう判断して、彼らは撤退したのでしょうか」
「その可能性は高い。……ただ、相手が『馬鹿』ではない場合は別です」
俺は手元の資料から目を離さずに答えた。
「俺なら、感謝祭が終わった後の、警備が解かれた隙を突きます」
それなら逆に罠を仕掛けて、のこのこやってきた犯人を捕まえるだけだ。そう考えていた。
しかし、相手の真意は、通貨偽造による利得といった卑近な次元を遥かに超越していたのだ。
感謝祭まで、あと二日。
電車オタクが、顔面蒼白で特別監察室に飛び込んできた。
「……ダイヤが、完全に崩壊しています」
昨日の最終便から乱れ始め、今日は昼から各PAで馬車の遅れが拡大。このままでは全土の物流がマヒする。馬車が予定通りにPAに到着しなければ、折り返しの便も出せない。
明日の朝、馬車が「あるべき場所」にいないという事態は、帝国の物流という名の血管に血栓ができることを意味していた。
「このままでは大幅に減便するか、最悪、定期馬車を一時停止するしかありません……!」
電車オタクが対処できない。それは、システムそのものが「攻撃」を受けている証拠だ。
俺は即座にPAの情報を集約させた。
やっていることは単純だった。各PAの始発便から、いつもの倍以上の「客」が集中したのだ。
初めは小さな遅れだった。だが各PAで発生したその数分のノイズが、合流地点で増幅され、次の便を遅らせ、さらにその次の客を滞留させる。バタフライエフェクトのごとく、システム全体を機能不全へ追い込んでいく。
報告書を叩きつけ、俺は椅子を蹴って立ち上がった。
「……この相手は、異世界人だ」
中尉の目が、観察を終えた子供が獲物を潰す喜びに爛々と輝くように変わった。
「少尉。……異世界人である、根拠を」
「あの贋金は、単なる小銭稼ぎではなく、デコイ兼、軍がどの程度の『イレギュラー』に反応するかをテストしていたに過ぎなかったんです。」
俺は震える指先で、マヒしたダイヤグラムを指し示した
「相手の狙いは、物理的な破壊ではありません。『過負荷による論理的自壊(DoS攻撃)』です」
俺たちが誇る「高密度なダイヤグラム」は、すべてが正常に動くことを前提とした精密機械だ。
情報の同期が遅いこの世界では、一度崩れた「時間」を修正する術はない。奴は、軍営馬車の構造を知り尽くした上で、最も安上がりで、最も効果的な方法を選んだ。
「この世界には存在しない『定期馬車』。これを確実に止める方法を知っている。そんな知識を持っているのは、異世界人しかいない」
感謝祭を楽しみにしていた民衆の「期待」が、そのままシステムを破壊する武器に転用されたのだ。
俺は、合理的に処理したはずの不快な鉄の味が、今までで最も色濃く喉を焼くのを感じていた。
相手が異世界人だろうと、“俺の”覇権国家計画の邪魔はさせない。
結局、相手の尻尾はつかめないまま、感謝祭は終了した。定期馬車は一時的に予約制を導入し、臨時の乗り合い馬車で急場を凌ぐことになった。
だが、そこに新たな崩壊を予感させる報告が届く。
新PA予定地での「投資詐欺」。この世界には存在しないはずの概念が、俺の積み上げてきた「信頼」を食い荒らし始めていた。
将来必ず建設される、だが今は優先順位を下げていた街道。参謀本部の命により優先順位を引き上げ、新興貴族と組んで進めていたプロジェクト。俺が帝都周辺で積み上げた実績と信頼により、工事は極めて順調だった。
手口は巧妙だった。まず、「来月より第一期工区の着工を決定した」という、帝国の公印が押された偽の布告が広場に貼り出された。さらに、街道沿いには見覚えのある「帝国軍公式」の測量標が打ち込まれ、夜陰に乗じてどこからか本物そっくりの偽装工事資材が次々と運び込まれていく。
それらはすべて、俺が構築した「標準規格」という名のシステムを、皮肉にもそのまま模倣したものだった。
「すでに、莫大な額の金が動いています。噂を聞きつけた商人が資材を買い占め、人を集めるため投資に全財産を投げ打っている者も少なくありません」
中尉の報告は、事務的な冷徹さを保っていたが、現地の状況はもはや凄惨ですらあった。
「公式発表」を信じて全財産を投じた被害者たちは、いつまでも始まらない工事に焦り、怒りの矛先を現場の作業員や地元領民へと向け始めている。
それだけではない。土地の所有権や資材の優先権を巡り、商人同士が雇った用心棒による武力衝突まで発生していた。
「……偽りの『信頼』を与え、民衆同士を争わせる。実に効率的な破壊工作だ」
俺が帝都周辺で積み上げてきた実績が、ここでは「騙されるための根拠」として悪用されていた。領民の怒りは限界に達し、新道建設を支えていた新興貴族への信用は、砂の城のように崩れつつある。
中尉が、計算を完了させる最後の手順として俺に問いかけた。
「相手の真の狙いは、システムの信用を破壊し、結果として『街道』を潰すことですね」
なぜ、この街道なのか。
街道の先には、小国がある。帝国の軍事拡大を支える潤滑油や火薬の原料、その供給源の多くが、その小国を経由しているのだ。
「……ブロック経済ですか」
俺は短く答えた。
輸入量は小国が操作できる。それが帝国の許容範囲を超えた時、参謀本部が下す判断は占領か属国化だ。いずれにせよ、道がなければ侵攻は遅れる。
相手の異世界人は、戦争を止めるために「道」を塞ごうとした。
対して俺の目的は、安全な隠居生活。戦争抑止はそのための手段に過ぎない。
俺には何もできない。できないはずだ……。
二ヶ月後。
中尉の言葉は、静寂を切り裂く残酷な一閃だった。
「少尉。参謀本部は『人質ごと誘拐犯の家を焼き払う』ことを選択しました」
その後のことは、よく覚えていない。参謀本部の作戦会議――いや、趣旨説明か。少尉である俺に発言権などなく、ただそこに居合わせただけだ。
だが、俺を特別監察官に任命したあの戦務参謀次長の言葉だけは、耳にこびりついている。
「小国が他国の異世界人と手を組み、この資源供給を止めることは、帝国全土の物流を人質に取ることに等しい。これは経済的宣戦布告である」
俺が引いた街道が、火の通り道になる。
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