第156話:世界大戦 その四十七
比帆諸島、帝国領地(第89話)の島。
さすが、海軍が誇る最新鋭の高速連絡艇だ。揺れに耐えながら波を切り裂き、わずか三日の航程で東部の最果てから遥か北の『比帆諸島』まで俺を運んできてしまった。
あの時、東部の港を出航した直後の甲板で、少佐はいつも通りの張り付いた笑顔のまま「大尉、そろそろ『乗り換え』の時間ですよ」などと平然と言い放った。
海の上に隔離されている身で「乗り換え」などという意味不明な言葉に俺は、戸惑ったが、その視線の先にはこの高速艇が待機していた。
つまり少佐は、初めからすべてを知っていたということだ。首謀者の一人と言ってもいい。
輸送艦に詰め込まれた教導大隊の四百名とすべての重装備が、この軍港へ到着するには、計算上もうしばらくの時間がかかるはずだ。
俺は現場に放り込まれる前のわずかな猶予を利用して、この比帆諸島前線の最新の情報を少しでもかき集めておきたかった。
もちろん、下手に動けば上層部に「海上作戦に興味がある」と誤認されてより過酷な作戦に組み込まれる危険性はある。だが、敵の砲弾が届かない『想定安全地域』が、はたしてあるのか、その場所を把握しておくことこそが、俺の精神を安定させるのだ。
上陸前に高速艇の覗き窓から外を観察してはいたが、かつて割譲させたこの帝国領地の島は、今や文字通り島全体が丸ごと巨大な「鋼鉄の軍事基地」へと変貌を遂げていた。
軍港の周囲には、強力な夜間探照用のアルガン灯を備えた見張り台を兼ねる強固なコンクリート製灯台が最低でも三棟そびえ立ち、その足元には、水平線の彼方を睨みつける巨大な要塞砲が隙なく複数設置されている。
さらに、敵の小型船による強行接舷・上陸作戦を完璧に水際で阻止するため、遮蔽物の陰に隠れた状態からでも頭上から容赦なく銃弾の雨を叩き込む「連装式迫撃砲陣地」が、完璧な配置で構築されていた。
「大佐殿。この軍港の防衛設備は、感服いたしました」
俺は隣で腕を組んでいる艦型試験池の大佐殿に向けて、営業用の賛辞を贈った。
この大佐殿は、ある意味、狂科学者だ。自分の作った近代兵器の数値を他人に自慢し、認めてもらいたい性質を持っている。
ここは逃げ場のない海の前線だ。少しでもこの人の機嫌を良くして良好な利害関係を構築しておくことこそが、俺が五体満足で生き残るための最も合理的な防衛仕様なのだ。
「街道大尉。やはりお前は、話が分かるな。見ろ、あの防波堤の影に配備されている最新設備は、我が海軍の艦型試験池で極秘裏に開発を完了させた『圧縮空気式魚雷発射管』だ」
「なるほど、魚雷でありますか」
「ああ、放出される圧縮空気の気泡によって敵に軌道を発見されやすいという弱点はあるが、逆に『近づけば一撃で水底に沈められる』という絶対的な脅威が抑止力となり、敵の大型艦は近づくことができんのだよ」
大佐殿は自慢の愛馬を誇るかのように、不敵で爽やかな笑みを浮かべて魚雷発射管を指し示した。
「さすが大佐殿です。とこでお聞きしたいのですが、教導大隊は自前の船を持っておりませんし、なにより海上作戦の経験がありません。この戦線で貢献できることは、少ないと愚考いたします」
「街道大尉。詳しくは、まだ言えないがお前には、あるていどの活動はしてもらうことになる」
――活動、か。
大佐殿の口から出た、その不穏な単語の響きに俺の脳の演算回路が急速に計算を始めた。彼は「活躍」ではなく「活動」という言葉を使ってこちらの役割を指定してきたのだ。
その真意を導き出すため、俺は、さらに思考の歯車を高速回転させる。
俺には、陸上だろうと、海上であろうと基本的な戦術が分からない。部隊単位の実務的な行動にいたっては、すべて中隊長へ丸投げする仕様になっている。何より、俺自身の生身の肉体的な戦闘能力は、一般市民と何ら変わりはないのだ。
ならば、海軍が必要としているのは、俺自身の能力ではなく、『英雄・街道大尉』という、参謀本部が作り上げたプロパガンダの看板(商品)そのものだ。
少し前の東部戦線では、列車砲や自走砲による陸軍の一大反撃作戦の勝利が、帝都の新聞紙面を独占して華々しく大々的に報道された。一方で、海軍司令部はといえば、目立った戦果がほとんど報告されていない。
実際には、西の『平水共和国』最大の軍港を超長距離からの最新鋭艦砲射撃によってわずか三時間で消滅(第125話)させ、その一撃の過負荷によって三国同盟を内側から完全に崩壊に追い込むという大戦果をすでに挙げているというのに、だ。
だが、新聞は民衆へ分かりやすい勝利を伝える。地政学的なブロック経済の解体などという地味な数字よりも、分かりやすい視覚的な勝利を報道するのだ。
例えば、『帝国に攻め込んできた赤旗国軍を、誇り高き帝国陸軍が完璧に撃退した!』――といった分かりやすい英雄譚の構図だ。
つまり、今回の俺の拉致連行の真の本質は、陸海軍の間における『政治的な均衡』。
参謀本部は決して海軍を軽視しているわけではない。事実として、あの東部の兵站拠点は、陸軍の工兵と海軍の給食・浴槽艦が完璧に噛み合った陸海共同作戦のたまものだった。
――三日後。
この島で最も大きい都市にある海軍の庁舎。
大佐殿から、準備ができたので同行せよと命じられ、厳重な検問を抜けて巨大な会議室へと連れ出された。
会議室の扉を開けると、何故か大量の記者たちが集まっている。演台に立った海軍の報道官が、事務的な声で臨時の記者会見を始める。
「――現在、この比帆諸島海域に正体不明の海賊が発生しています。比帆諸島や帝国の民間商船に被害が出ました。海軍は民間人保護のため新たな警備隊を編成しました。その警備隊を指揮するのは、街道大尉です」
(……はっ?俺は事前に何も聞かされていないぞ。仮に軍規で言えなかったとしても会見まで本人に知らせないなんて信じられない)
俺は、すぐ隣で腕を組んでいる大佐殿を睨みつけ、全力で抗議を叩きつけたかった。だが、周囲に記者たちがいるこの状況下では、声一言すら発することはできない。
それどころか大佐殿は、これ見よがしに記者たちへ向かって「ここに居るのが、あの英雄・街道大尉だ」と存在を明らかにした。
次の瞬間、記者たちの貪欲な目線が、一斉にすべて俺一点へと集中した。
――「街道大尉。海賊退治のために、どのような人道支援を行われる予定ですか?」
――「街道大尉。海賊退治の作戦について、答えられる範囲でお願いします!」
――「街道大尉。新たな英雄『一閃』に、ついて一言お願いします!」
(……だから、その「一閃」の二つ名を持つ者は、誰なんだよ。俺は知らないよ。それに海賊を知ったのは、今この瞬間だ。意気込みも作戦もあるわけないだろ)
後ろにいる大佐殿が小さな声で囁いた。
「街道大尉、今ここで否定すれば海賊に怯えた英雄という記事になるぞ」
海軍が既成事実を作り、記者はそれを疑いもしない。結果、俺は否定できなくなる。そして報道された以上、それは事実となるのだ。
この浴槽艦の取材から始まった仕様書を書いたのは、海軍が秘匿する異世界人の誰かだろう。俺と話が合いそうだが、おそらく今後も会うことは無いのだろうな。
こうして、東部で後方任務に引きこもるという俺の人生設計は、海軍の記者会見という、たった数分の出来事で完全に書き換えられてしまった。
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