表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇権国家計画  作者: 納豆
PR
149/158

第149話:世界大戦 その四十


帝国東部、北の小さな漁村。


かつて『赤旗国』軍に武力占領されていた、その寂れた漁村の港は、敵の手により改修され巨大な桟橋が何本も不気味に設置されていた。


飢餓の包囲網を辛うじて突破した『赤旗国』軍は、彼らにとって唯一の港湾拠点であった、この小さな港から船へと雪崩れ込んで海路脱出を図ったのだ。


「大尉。そんなに警戒しなくても、周囲の安全は確保されていますよ」



小型装甲指揮車の小さな覗き窓から外を凝視している俺を見て、背後の少佐がいつも通りの抑揚のない声で語りかけてきた。


「少佐。戦場に絶対に安全な場所なんて、ありませんよ。俺は、それを身をもって学んでいます」


俺は痛む左足を軽くさすりながら言い返した。



野戦病院を退院した直後、敵の砲撃を喰らい、一撃で大破した軽量装甲指揮車の無惨な残骸を自らの目で検分していた。


車体の正面装甲には、人間の拳が丸ごと陥没するほどの凹みが刻まれており、その衝撃の凄まじさで装甲板全体が歪んでいたのだ。


現場の整備兵の評価によれば車体の中で最も分厚い「正面装甲」の角度で砲弾を受け止めていなければ、破片は間違いなく貫通していただろう、とのことだった。



つまり装甲車に乗り込み扉を閉めてた瞬間に、飛んできた敵の当てずっぽうの流れ弾(大砲)が、まったくの偶然によって正面装甲に命中した、ということだ。


これほどの確率を引き当てる俺の運は、果たして極限まで良いのか、それとも最悪に悪いのか。


俺は、信頼できる「大型重装甲指揮車」の再配備を要求したのだが、参謀本部経由で、別作戦で使用するため不可と断られてしまった。



それでも俺は、「英雄の看板」という職責により装甲車は必要ですと、食い下がった。俺自身から英雄を持ち出すのは、まったくもって不本意ではあったが、俺の肉体は一般人と変わらないほど脆弱なのだ。


その結果、同型規格の軽量装甲車が手配された。正直に言って装甲の薄さは不安でしかないが、それでも装甲馬車よりは物理的に頼りになるだろう。



この漁村において、教導大隊に下された新たな任務は、破損した桟橋の迅速な修理、および大型艦が接舷するための強化改修と、コンクリート製の強固な兵站倉庫群の建設だった。


今から二週間前、この狭隘きょうあいな小さな港に向けて、包囲網から逃れてきた『赤旗国』軍の兵士たち、実におよそ「八千名」の凄まじい質量が一点に集結したのだ。



だが、この港から実際に船に乗って脱出できた敵兵の数は、報告によれば、多く見積もっても「二千名程度」と予測されていた。


「大尉。海軍司令部は、あの時、一時的に海上封鎖を解いていました。理由は分かりますか?」


「少佐。あえて少数を脱出させるためでしょうね」


もし、海路が完全に封鎖され、絶対に脱出不可能であるならば、敵は包囲網東側から死に物狂いの強行突破を図っただろう。



だが、実際に海へ向かって出航していく数隻の脱出船を目の前で見た兵士たちは、『――あそこへ行けば、自分も助かるかもしれない』という、強烈な生存への希望を宿すことになる。


その希望が、我先にと狭い港への殺到を引き起こし、軍隊という機能的な組織を内側から自壊させたのだ。



「大尉。残酷だと思いますか?」


「少佐。合理的な観点から言えば、砲艦射撃で港ごと集まった敵を排除できたはずです。少数なら分かりますが、二千名も逃がした理由が分かりません」



この漁村の向かう道中、ありとあらゆる敵の軍事資材が、文字通り大量に放棄されているのを確認していた。


重い陸戦砲を泥の中に放棄していくのは理解できる。重量があるものは運べない。敗走中の彼らにとって炊飯道具や陣地用のシャベルなども必要ないだろう。



さらに港の水面を見渡せば、背嚢、弾薬箱だけではなく大量の木箱や、船の修理に使うはずの貴重な木材、防寒用の布地が無数に浮かんでいた。回収された木箱からは、鍋や工具、魔導ランプの他に軍旗までもが詰め込まれていた。


すでに水底に沈んでいるため確認はできないが、おそらく脱出船の積載重量を極限まで軽くするため、船内に積まれていたあらゆる物資を、彼らは自らの手で海へ廃棄した可能性が高い。



帝国軍からみれば、敵は逃げるために自ら武装解除しただけだ。


「大尉。そこまで推測できるなら、あと一歩ですね。海軍の作戦の続きを考えてみますか?」


少佐は、手帳を閉じると、獲物を見定めた肉食獣のような視線を向けてきた。


「いいえ!少佐!俺は全く知りたくないです!」



俺は全力で首を横に振り、声を大にして叫んだ。

(危ないところだった……!まるで最悪の誘導尋問だ、ここで興味があるようなことを口にすれば、次は海軍の作戦に組み込まれるに決まっている)



教導大隊の本体は、まもなくこの漁村の港で合流することになっている。大隊の新たな補充戦力として、今回は建設工兵小隊と、戦闘給食小隊が加わることになっていると聞いていた。


これまで、上申しても却下し続けてきたというのに、今回は、一言も要求していないにもかかわらず、向こうから一括補充してきたので嫌な予感がしていたのだ。



しかし、もし海軍司令部から参謀本部(陸軍)に対して、「洋上作戦のために街道大尉を貸し出せ」と要求されれば、俺はただの政治的な取引材料として、あっさりと差し出されることになるだろう。


そうなってしまえば、もう諦めて次の生存仕様書を書くしかない。


とりあえず今の俺にできるのは、与えられた目の前のインフラ構築任務を、最高効率で処理して自分の価値を上げるだけだ。



建設工兵小隊には、最新の『蒸気機関式大型杭打機』を手配して送り込んだ。


これを用いて地盤の奥深くへ頑強な鋼鉄の支柱を何本も叩き込めば、従来の木造とは比較にならぬほどの耐久荷重を誇る「鋼鉄製多機能桟橋」が構築可能となる。



さらに、桟橋の最先端部に、数台の兵站馬車が同時に展開して荷役を行えるだけの広大な待機場所も確保する。桟橋自体の道幅も、馬車同士の複線通行を許すだけの十分な幅を持たせる。


これにより、小さな漁村でありながら揚陸物資の搬入・搬出速度は文字通り「倍増」することとなる。



港全体の面積を広げても意味は薄い。補給戦において、常に致命的な遅延要因は臨海部における「出入口の狭隘きょうあいさ」に他ならない。


今回の強行的な改修工事の主眼も、港そのものの拡張ではなく、まさにその出入口を徹底的に広げ港湾全体の処理能力を底上げすることにあった。



俺は、桟橋の完成図面を手に持ちながら、二千名が脱出した不気味な水平線を見つめた。


読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ