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覇権国家計画  作者: 納豆
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第147話:世界大戦 その三十八


左足を焼けるような激痛が突き抜けた。意識を取り戻し反射的に目を開けると、白い天幕と消毒薬、そして鉄錆に似た血の臭いが鼻を突く


……安心した、野戦病院か。


「大尉。気が付いたようですね。安心してください、死ぬような怪我ではないですよ」


少佐は、分厚い戦況報告書の束を左手に持ちながら、右手には湯気が立ち昇る珈琲を優雅に携えていた。


「……少佐。やはり俺も、あの小型指揮車の評価試験など行わずに、旧型の重装甲指揮車に引きこもるべきでしたね」


俺は痛む体を寝台に預けたまま、忌々しげに吐き捨てた。仕様書を読んだ時点での最悪な予感は、見事なほどの精度で的中したのだ。



――西方陣地、仮設医療施設。


軽量化の代償として側面や後方を削ぎ落とした「薄皮の箱」。無煙木炭(白炭)のおかげで黒煙も火光も遮断でき、工兵のトラス仮設橋を渡れる機動性こそ評価できたが、やはり指揮車として前線に出せる代物ではなかった。


だからこそ、俺は密閉循環式ボイラーの導入を具申すると共に、敵陸戦砲の射程外――すなわち、想定安全地域への配属を祈った。


「少佐。祈りは通じたと思っていましたが」


「大尉。想定外というのは、いつも想定外のところから来るものです」


結論から言えば、俺の祈りは通じ、間違いなく想定安全地域に配属されたのだ。だが、その場所で想定外の物理的な攻撃により、俺はこうして配属初日に負傷した。



元の世界でも、安全対策というのは常に人間の「想定内」の範疇でしか行われない。そして想定外の被害が出て初めて、見直しが行われて新たな対策が施されるのだ。


だが、こと戦場という名の最悪の演算領域において、敵も味方も想定内で、すべてが綺麗に動いてくれることなど決してない。それを証明するように、俺の乗っていた軽量車両は、敵の不意の砲撃に耐えきれず初戦で鉄くずへと変わっていた。



少佐から、手渡された分厚い戦況報告書の束を受け取った。


「少佐。捕虜キャンプの設営は進んでいますか?」


「大尉。貴方がいなくても進んでいます」


「……そうですか」


幸いなことに骨折まではしていないようだが、まともに自分の足で歩けるようになるまでには、まだしばらくの時間を要するだろう。


少なくとも、今の全身に激痛が残る状態で、現場に立って捕虜キャンプの泥臭い設営監督の実務をこなすのは物理的に無理だった。


「少佐。……俺は、怪我の治療のために帝都へ後送されますか」



俺の切実な保身への問いかけに、少佐は手帳から一切目を離さず、あの壊れたおもちゃを楽しむかのような不気味な薄笑いを浮かべて答えた。


「大尉。英雄である貴方は、怪我などしていませんよ」


「は……?」


俺は思わず、寝台の上で素っ頓狂な声を上げてしまった。



何ということだ。参謀本部は、この期に及んで俺の『英雄・街道大尉』という看板を、戦意高揚のプロパガンダとして骨の髄まで使い潰すつもりだ。


つまり俺は、どれほど全身が痛もうとも帝都の監察室に戻ることは許されず、戦地においてどこまでも「五体満足な無傷の救世主」として盤面に君臨し続けなければならないのだ。



数日後の帝都の新聞の美しい紙面の見出しが、今から嫌というほど鮮明に想像できる。


『――慈悲深い我らが英雄は、投降した哀れな捕虜に対しても、自ら前線に立って人道的な最新鋭キャンプを設営した――』。


そのような、現場の泥臭さを完全に脱臭した美談になるはずだ。



「設計屋。貴様、敵の不意打ちで野戦病院に入院したと聞いていたが、ただの、かすり傷のようだな」


白い天幕を跳ね上げて、あの剃刀のような鋭い声が室内に響いた。中佐殿だった。


「いえ、中佐殿。指揮車は大破し俺も全身の痛みで、まだ起き上がることは……」


「西側陣地への砲撃は、鹵獲された帝国製の長距離陸戦砲だったぞ」



中佐殿は、俺の生々しい報告を完全に無視し、淡々と最新の戦況を語り始めた。


どうやら、叩き上げの軍人が定義する「軽傷」と、俺が知っている「軽傷」の概念との間には、修正不可能なほどの巨大な認識の齟齬が存在しているらしい。


「中佐殿。帝国の砲弾は独自設計です。鹵獲されたとしても補給が不可能な以上、長期の運用は出来ないと思っていましたが?」


「設計屋。参謀本部もそう見ていた。形状から見て、鹵獲されたのは『森の小国』に配備(107話)されていた陸戦砲だ」



……『森の小国』が『赤旗国』軍に占領されたのは、一年以上前だ。その時に鹵獲されたのだとしたら、決戦兵器として温存していたのだろう。しかし、この包囲網突破では指揮命令系統を失った。



その結果、指揮命令系統を失った砲兵隊は、正確な観測もなく、残存砲弾を各方向へ撃ち尽くした。その流れ弾の一つが、西側陣地へ落下した。


そして運悪く俺の乗る小型指揮車に命中したということか。いや、指揮車に乗り込んだ瞬間だったので運は良かったのかもしれない。



俺は再び天幕の天井を見上げた。戦場において、絶対の安全などというものは存在しない。それは知っていた。……だが、なぜかその「想定外」は、毎回きっちり俺のところへ飛んでくる。


読んでくださり、ありがとうございました。

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