第143話:世界大戦 その三十四
帝国東部、第四超大型星型要塞。
『技術教導特務大隊』が、この要塞へと帰還してから、すでに二週間もの期間が経過していた。
現在、大隊には公式な「待機命令」が出されている。実質的な特別休暇だ。
名目としては、東部戦線において未発見だった赤旗国軍の師団(三千名)を発見し、兵の損害を最小限に抑えながら完璧な誘導に成功した、という輝かしい大成果に対する恩給ということになっていた。
ただし、これは俺がこの要塞に転がり込むと同時に、帝都の参謀本部へ向けて最速で送りつけておいた、『上申書』の効果が発揮された可能性もある。
俺が書き上げた上申書の内容は、――『現在の大隊の消耗率は、投下された育成費用に比して極めて非効率である。新兵という高価な軍事資産を現段階で喪失することは、国家の防衛投資における致命的な損失を意味する。最大効率での運用を担保するため、一時的な休養と前線離脱を要求する』だ。
さすがに安全な帝都の後方任務への配置転換までは叶わなかった。だが、その代わりにこれ以上の過酷な突撃任務も一切下されておらず、新兵たちを要塞の奥で安全に寝かせておくことには成功した。
新兵たちの中には、休養を命じられているにもかかわらず、木箱を運ぶ者や射撃訓練を続ける者がいる、眠れないのだろう。
ただ、唯一想定外の被害、いや予想はしていた事ではあるが、俺、自身の社会的尊厳は、またしても傷つけられることとなった。
たとえ、ここが前線の要塞であろうとも、帝国内の領土であることには変わりがない。週に数回は、帝都から臨時の新聞が定期馬車鉄道で律儀に届くのだ。
【続報】帝国東部軍、またも大勝利!
――前線の生ける伝説、街道大尉。新たな新兵を率いて大活躍――
『……帝国が誇る英雄、街道大尉は、未熟な新兵二百名を引き連れ、わずか四百名に満たない小部隊でありながら、赤旗国軍の師団規模部隊三千名を圧倒、これを退けることに成功した』
『その高潔極まる人道精神の持ち主である大尉は、自身の戦果よりも、未来ある新兵の命を最優先し、彼らを救うために栄誉ある前線からの戦略的離脱を選択したのだという――』
……概ね嘘である。
この美談の中で、事実として正しいのは「新兵が二百名いた」という初期設定の部分だけだ。
この記事に掲載されている挿絵。帝都総合軍病院で「街道大尉殿のおかげで命を拾いました」と涙ながらに語っている新兵は、果たして本当に実在する人間なのかどうか、俺には強く疑う権利があった。
だが、まあいい。参謀本部が、未だに俺の『英雄』という商品(プロパガンダの看板)に対して市場価値があると判断し、広告塔として投資を続けてくれているというのなら。
俺もまた、その商品価値を保つために、前線でも英雄の衣装を着て振る舞い続ける必要があるのだ。
俺は、嘘だらけの新聞を無造作に折りたたみ、机の隅へと追いやった。
「――大隊長殿。第四要塞司令官、中佐殿が、至急指令室までお越しになるよう大尉殿をお呼びです」
教導大隊の頼れる中隊長である少尉が、靴音を響かせて規則正しい敬礼とともに伝えてきた。
「了解した、少尉。ただちに向かおう」
新兵たちの心身の過負荷を少しでも和らげるため、この中隊長みずからがわざわざ雑用の伝令役を買って出ていたらしい。
軍の厳格な規律としてはいささか甘くて不適切な仕様な気もするが、部隊内の細かい運用に関しては、現場の叩き上げにすべて任せておいた方が結果的に上手く回るものだ。
――要塞指令室。
防弾扉を開けて中へ足を踏み入れた俺を、中佐殿はやはり面白くなさそうな眼差しで迎えた。
「……来たか、設計屋。相変わらず帝都では、貴様は神聖な英雄様らしいな」
「はい、中佐殿。それも本官の任務だと愚考いたします」
「……フン、貴様の英雄伝は嘘だらけだが、一定の成果をあげていることは認めてやる」
中佐殿が、鼻で笑って書類をめくる。
(……この人は、俺が要塞に戻ってきた直後には『これ以上ない成果』と絶賛してくれていたというのに。わずか十日程度で、俺への印象がいつもの冷ややかな悪魔を見る目へと綺麗に元に戻ってしまったな……)
中佐殿はそれ以上の雑談を切り捨てると、机の上に広げられた巨大な東部前線の最新作戦地図を叩いた。
「これより、この東部おける作戦は、次の段階へと突入する。設計屋、貴様も参加しろ」
「はっ、中佐殿。お言葉ですが教導大隊は現在、待機命令を受けております」
俺は、これ以上ない正確な言葉を伝えた。だが、中佐殿の次の言葉が、俺の防壁をあっさりと貫通してきた。
「その通り大隊は待機中だ。なので貴様は『特別監察室室長』として、最新兵器の『技術実査(現場監察)』が、今回下される具体的な任務となる。公式な命令書は、本日の夕刻の定期便でここに届く予定だ』
「……なるほど。恐縮であります」
実に酷い無理矢理な言い訳だ。確かに俺の本来の所属は、参謀本部直轄の『特別監察室』である。教導大隊の副官という肩書きは、現場の部隊を動かすために臨時に兼任させられている記号に過ぎない(第114話)。
大隊が待機中で動かせないのなら、今度は『特別監察官』の単体を最前線へ投入する。理論としては、完璧に穴のない見事な仕様変更だった。
しかも恐ろしいことに、本物の公式命令書が帝都から物理的に届くよりも前に、前線の指揮官であるこの中佐殿の口から、すでに詳細な任務の説明が始まっているのだ。
実直な武人の塊であるこの中佐殿が、自ら進んでこんな役人のような泥臭い搦め手の工作を思いつくとは到底考えられない。
間違いなく、俺の背後でいつも通り壁の背景と完全に同化して気配を消している、参謀本部の影と揶揄される少佐が、裏で中佐殿に最悪の入れ知恵をしたに違いない。
読んでくださり、ありがとうございました。




